第9話:ヒロイン
燃え盛る業火、溢れ出す流水、迸る雷。
それら全てを抑えつける暗黒の重力。
この空間にあるのはそんな地獄のような光景。
そして、その地獄の中で生きているのは4人。
ビューティーレッド。
ビューティーブルー。
ビューティーイエロー。
そして、怪人オメガだ。
「我慢比べだと? 笑わせるな。俺はお前達をここで殺せばいいだけの話。ほんの少し重力を上げるだけでお前らは死ぬ」
「じゃあ、やってみなよ。君にそれが出来るのならの話だけど」
「…………」
戦況は拮抗している。
重力で場を制すオメガに対して、ビューティーレンジャーは酸素量において場を制する。
だが、その均衡はオメガが一気にビューティーレンジャー達を重力で潰してしまえば、すぐに終わる。
しかし、それは行われない。
「君って殺人童貞でしょ?」
「ど、どう……コホン、いや何お前達以外と交戦していないだけだ」
「いいや、きっと君はこれからも誰も殺せない。だって君は優しいから」
「フン、勘違いだな」
オメガは3人をいつでも殺せると言いながら、いつまで経っても殺そうとしない。
それをレッドは優しさからだと言い、オメガは勘違いだと返す。
しかし、現状から見ればそれはオメガの強がりにしか見えない。
悪の組織の怪人である以上、ビューティーレンジャーを殺すことには何の支障もない。
故にオメガの事情を知らぬビューティーレンジャーは優しさからだと判断する。
まあ、実際の所は。
(このまま殺したら恨まれる。というか、そもそも主人公補正相手に勝てる気がしない。どうせ、ピンチになったら覚醒するか助けが入るんだろ? 俺は詳しいんだ)
オメガの言うとおりに勘違いなのだが。
(だが、このままでは酸素が無くなって俺が倒れる方が早いだろう。そうなったら、まあ、動けないビューティーレンジャーとまとめて自爆だろうな。そうなると、負けるのは論外。勝つにしても、殺さずに気絶程度で終わらせるのも難しい)
基本的にオメガの脳内にあるのは自分の事だけである。
彼女達が主人公勢でなければ、俺は仕方なくやったと自己弁護しながら殺すだろう。
だが、彼女達は主人公だ。殺すと後が怖いし、追い詰めると『まだだ!』と覚醒してきかねない。
(だが、やるしかない……)
主人公を殺すのは不安だが、主人公補正で何とかなるだろうと祈る。
「……重力20倍」
「くぅ…!」
「今までの重力は10倍だったが……これはその倍だ。さあ、諦めて降伏しろ」
「誰が……諦めるものでござるか…!」
取りあえず、重力を20倍にして脅しをかける。
しかし、その程度で諦めるのならはなからここには来ていない。
「今は戦闘服で耐えられるかもしれないが、そもそも人間が耐えられる限界は10倍程度だ。このまま放置するだけでお前らは死ぬ。諦めるのなら早いうちにだ」
「……のんびりしていていいのですか? レッドさんの炎が酸素を奪っているというのに」
「生憎、お前達と違ってここは俺達のアジトだ。気絶したところで、すぐに仲間が来る。お前達の方こそ、ここで勝ってもボロボロではすぐに次の敵に負けるだろう」
イエローが挑発するように言ってくるが、それにオメガは冷静に返す。
ここでビューティーレンジャーが勝ったところで、ボスの元へはたどり着けないと。
「それもそうか……イエローちゃん、お願い」
「分かりましたわ。2人とも歯を食いしばってください」
「何をするつもりだ?」
それが分かったのか、レッドはイエローに指示を出す。
今更何をするのかと、見つめるオメガをよそにイエローはその手に電気を溜める。
「MAX1億ボルト……」
「今更雷だと? 俺にその程度の攻撃が――」
この身体ならその程度の電気は効かない。
そう言おうとして、オメガは気づく。
イエローの目が自分ではなく、足元に溜まる水を見ていることに。
「……さっきはブラフだと言っただろ」
「それはさっきまでの話ですわ。今はこちらが本命です」
「自爆なんぞ正気の人間がやる行為じゃない。やめろ…!」
「こういうのを窮鼠猫を嚙むと言うんでしたかね」
水を電気分解したら、酸素と水素に分かれる。
そして生み出された酸素と水素に火がつけば――
「―――放電」
「馬鹿! よせ――」
―――大爆発を引き起こす。
「…………生きてる。生きてるな、俺」
瓦礫の中で意識を取り戻した俺は、恐る恐る体を動かして自らの生存を確認する。
爆発で吹き飛ばされた時は、もうダメかと思ったがこの体はほぼ無傷で耐えきった。
いや、ドクター・ゲスって本当に科学者としては優秀だな。
「しかし、自爆とはな……どうなるんだ、これ?」
俺が直接手を下していないので、恨みは少ないかもしれないがそれでも良い印象は持たれないだろう。いや、そもそも本当に死んだのか? 自爆をブラフに酸素を奪い、劣勢と見るやブラフだった自爆を即座に行った奴らだぞ? 更なる策を仕込んでいてもおかしくない。
「……気が進まんが死亡確認をするべきか」
もし死んでいたら、木っ端みじんの肉塊になっているのでグロイこと間違いないが、仕方がない。
今後の身の振り方を考える上でも必要だろうしな。
俺はそう結論付け、かつて部屋だった砕け散った瓦礫の上を進んで行く。
そして、ある違和感に気づく。
「こんなに水があったか…?」
水の量が増えているのだ。
初めは瓦礫が落ちて
(ブルーが水を放出した? じゃあ、まだ生きているのか。しかし、何のために)
俺を攻撃しようとしていたのなら、俺の記憶にないのはおかしい。
ならば、何か別の理由で水を放出したのだろう。
(これだけ大量の水を出して何を? 俺の重力で身動きできない状態で、これだけの量を出したら溺れるだろうに)
そこまで、考えてハタと脚を止める。
(溺れる。つまりは、水の中に入るということだ。そして、水の中に居れば衝撃を緩和することが出来る!)
奴らはまだ生きている。そう確信をもって、俺は周囲に気を配る。
これが現実なら、水に入った程度で爆発の衝撃を完全に殺せるわけがない。
だが、この世界はアニメの世界だ。
崖の上から落ちても、下が水なら生存できるように物理法則が現実とは違いかねない。
そう考えれば、主人公達が生きている可能性は限りなく高い。
主人公補正さまさまだ。
「……フッ、気のせいか。まあ、自爆をして生き残れるわけがないか」
だが、俺は生きている確信とは正反対の言葉を出す。
彼女達が生きているのが分かれば、後は逃げてもらうだけである。
前の時と同じでこっちは、相手が死んだと思って引いたと勘違いして貰えればいい。
そうすれば、ビューティーレンジャーも俺も困らない。
これがWINWINと言う奴だな。
(さーて、帰って寝るか)
ミッション完了と俺は内心で鼻歌を歌いながら、戻ろうとする。が。
「オメガよ、憎っくきビューティーレンジャーは屠ったかのう」
「………ドクター・ゲス、奴らなら俺に敵わないとみるや、自爆しました。恐らくは死体も残っていないでしょう」
なんか今更ノコノコと現れたドクター・ゲスに気分をぶち壊される。
何しに来たんだよ、このクソ爺。
お前さえいなけりゃ、土下座してビューティーレンジャーに投降してたのに。
「自爆じゃと? ……なるほど、水を電気分解して炎で爆破させたのか」
俺の報告にチラッと現場を確認するだけで、何があったかを理解するドクター・ゲス。
こういうさり気ない頭いいアピールが俺をイラつかせる。
「………じゃが、妙じゃな」
「妙?」
ドクター・ゲスの目が鋭く辺りを見渡す。
ジトッと嫌な汗が俺の背中をつたう。
「この爆発の規模から計算すれば、こうも水は要らん。それに奴らが爆発で死んどるのなら、空気中に散った油で唇がべたつくはずじゃ」
冷静に、冷酷に、読み取れる現状から事実を読み解いていくドクター・ゲス。
舐めていた。こいつは糞ジジイだが、同時にこの世界最高の知能を持つ男だ。
僅かな情報があれば、必ず真実に辿り着く。
「オメガよ、奴らを探せ。奴らはまだ―――生きておるはずじゃ」
「……承知しました」
俺はそれに対して首を垂れることしか出来ない。
ここまで気づかれた以上は、探すしかない。
俺に出来るのは、今の間にさっさと遠くまで逃げていることを祈ることだけだ。
だが。
「このアジトに居る警備の怪人は皆やられてしもうたが、もうじき別のアジトから援軍が到着する。そいつらに外に出る者を全員抑えさせれば逃げ場はなかろう」
その可能性すら想定し、ドクター・ゲスは先手を打っている。
(どうする? 何とか、先に彼女達を見つけて俺が外まで誘導……いや、そもそも俺まだこのアジトに来て1日ぐらいしか経ってないから、構造とか分からんしな。というか、そこまでやったら流石に裏切り認定されて自爆させられる)
それに対して、何とかしたい気持ちはあるが俺にはできることがない。
あくまでも俺は自分の命ファーストだ。
悪いが、彼女達には自力で脱出してもらうしかない。
そう、思っていた時だった。
「ドクター・ゲス! お覚悟!!」
「やはり生きておったか! だが、馬鹿な奴じゃ。わざわざ声を出して場所を教えてくれるとはのう! オメガ!」
「了解しました」
瓦礫の陰からブルーの声が聞こえてくる。
確かに、ドクター・ゲスの言うように声を出したら奇襲にならないので下策だ。
そのため、戦闘ド素人の俺でも余裕をもってブルーの方を見ることが出来――
「アーマーパージッ!!」
「「……は?」」
そして、現れたブルーの姿を見て、
「今だよ! イエローちゃん! ドクター・ゲスを!」
「はい! レッドさんはオメガの方を!」
そして、今度は真横から現れたレッドとイエローの方を見て、再度硬直する。
「しまっ――」
「電気で意識を刈り取るだけですわ。眠ってください。眠りなさい、眠れ!」
硬直し身動きのできない一瞬の隙をつき、ドクター・ゲスの意識を容赦なく刈り取るイエロー。
そして、レッドはというと。
「動かないで。ドクター・ゲスは眠ってるから、君が自爆させられることはないよ」
「なんで、なんで――」
俺を押し倒し、馬乗りの状態で俺の喉に籠手を突き付けている。
俺の力なら簡単に押しのけられるだろう。そもそも、籠手など脅しにもならない。
だが、レッドの姿のせいで俺は彼女の肌に触れることも見ることも、躊躇していた。
そう、彼女は。彼女達の今の姿は。
「―――全裸なんだよッ!?」
武器以外身に着けていない、
しっかりと自己主張するおっぱいを見ないように目を瞑りつつ、俺はあらん限りの声で叫ぶ。
「お色気の術でござる!」
「いや、君って童貞ぽいし、かなり効きそうだなって」
「………お父様、お母様、わたくしはもうお嫁にいけません」
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