第8話:主人公


 拝啓、前世で俺を育ててくれた両親へ。


 お元気でしょうか?

 俺はこちらに転生か憑依か分かりませんが、異世界転生してきてまだ慣れておりません。

 そして、親不孝にも1度ならず、2度までも貴方方より先に死んでしまいそうです。


 助けてください。


「さっきぶりだね、オメガ……」

(あ、やっぱりバレてたんだ)


 ボスの部屋に続く場所で待ち構えていた俺(ドクター・ゲスに言われて無理やり)。

 そこに、ビューティーレッドことあかねが声をかけて来る。


「何のことだ?」


 それに対して俺は取りあえずとぼける。

 理由としてはいくつかあるが、一番は組織の人間に茜と会っていたことがバレないためにだ。


 当然敵と会っていたなら、何で戦っていないのかと聞かれるだろう。

 そこで見逃した、怖くて逃げた、など言おうものなら厳罰は免れない。

 故にここは全力で知らないフリをする。


(大丈夫だ。変装に気づかなかった体でいけば何とかなるはずだ! 白蓮も気づいてなかったからあまり責められないだろう)


 幸いにも一緒に居た白蓮も証言してくれれば、俺が嘘は言っていないことが分かるだろう。

 これで護身完成だ。


「……うん、そうだね。たぶん、私の勘違いだ」

「デスウィンドも居ると思っていましたが……あなた1人ですか」

「オメガ殿、そなたに恨みはありませぬが、邪魔立てするのなら戦うしかありますまい」


 まあ、護身できるのは立場だけだ。

 身の危険からは欠片も逃げられていない。

 正直泣きそうだ。


「3対1だけど卑怯とは言わないよね?」

「出来れば戦いは避けて、貴方には降伏してもらいたいのですが……それが出来ぬ理由も存じ上げています」

「故に、痛めつけずに速攻で決めさせてもらうでござる」


 だが、諦めてはいけない。

 彼女達は今の発言からして、俺が爆弾で仕方なく従っていると思っている。

 きっと、彼女達に負けたからと言っても殺されることはないだろう。

 だが、殺されずとも敗北が死に繋がることには変わりない。


「悪いが、負けるつもりはない。俺も命は惜しいんでね」


 負けたら絶対自爆させられる。

 しかも、この部屋は密閉空間。

 いい感じに負けて、崖に落ちて消えるとかは出来ない。詰みである。


「勇ましいのですね、3対1でも臆さないとは」


 いいえ、めっちゃ臆してます。桜花おうかさん。手加減してください。


「このなら、それがしの水からの逃げ場はないでござるよ」


 うるせえ、あおい。こっちはお前らが居ても居なくても、逃げ場はないんだよ。


「油断しないで、2人とも。オメガはわざわざこの場所で1人で待っていた。自信があるか、何か隠しているかもしれない」


 茜さん、何でそんなに鋭いんですか?

 あなた元一般人ですよね? あれか、逸般人という奴か?


「フ、勘が良いな。そうだ、お前達はおびき出されたんだ。俺のホームグランドにな」

「ホームグランド?」

「もう、分かっているだろうが俺は重力を操る能力を持っている。だが、お前らも良く知っているように、細かい制御は難しくてな。建物ごと潰しかねない」


 ゆっくりと、如何にもこっちの方が有利だと言うように説明していく。

 因みにだが、これは断じて油断ではない。


「まあ、俺はそれでも構わんのだが……工事業者を毎回呼ぶのも忍びない。そこでだ。ボスはこの空間を作ってくださった。俺の全力を振るえる部屋をな」

「つまり、ここは何倍もの重力に耐えられる部屋?」

「その通りだ、ビューティーレッド。この部屋は100倍の重力まで耐えられる」


 ペラペラと漫画の悪役のように、自分の能力を誇示していく。

 油断? いいえ、この能力を相手に攻略してもらうためです。

 漫画における敵が自分の能力を喋る展開。


 その理由付けとして俺は、完勝してしまうと後が怖いので適度に攻略して欲しい、という理由で喋っているのだ!


 届け! この謀反の想い!!


「―――やられる前にやる」

「レッド殿!?」


 判断が早い!


 重力で潰されたら勝ち目が無いと即座に判断したレッドが、容赦なく炎の籠手で殴りかかってくる。この展開には、攻略して欲しいと思っていた俺も泡を吹くしかない。何なの? あなた? ナチュラルボーンウォーリアーなの?


「しばらく眠ってて」


 炎の拳が眼前に迫る。

 ついでに、すぐ後ろから水を纏った刀と、雷の槍が見える。

 あ、これ終わったわ。


 走馬灯が頭をよぎる――ほど、今世の記憶はないのですぐに終わり、3つの衝撃が俺を襲う。


「うそ……」

「無傷…!?」

「これが、怪人を超えた怪神…ッ」


 だが、俺の意識はどういう訳かハッキリしている。

 思わず、自分の身体をマジマジと見つめてしまう。


「……どうやら、今のお前らでは俺の体は少しばかり硬いらしいな」


 的確に顎を打ちぬいたはずの拳。

 機動力を奪うために足の健を狙った刀。

 みぞおちに正確に突き立てられた槍。


 いや、殺意高すぎ!?

 口では殺す気無いとか言ってたけど、本当は生き埋めにした件でブチギレてるでしょ!


「クッ、やけに動きが遅いと思っていましたが、私達の攻撃など防ぐ必要もないということですか!」

「舐めた真似を!」


 いや、純粋にあなた達の動きについていけないだけです。

 いくら、体が最強でも中身は前世一般人なんです。

 当たり前のように戦える茜さんがおかしいんです。


 というか、こんだけ高性能な怪人を作れるんなら、糞爺ももっと作れよ。

 主人公3人を相手に圧勝できるとか、普通じゃない。


「………どうやら、俺が直接手を出すまでもないらしいな」

「…ッ」


 取りあえず、それっぽいことを言って場をごまかす。

 こうしておけば、格闘系の攻撃をしなくても怪しまれないだろう。

 後は、適度に能力を使って彼女達を捕まえよう。


超重力圧縮能力オメガ・グラビティ!!』

「急にそれがしの体が重く…!」

「部屋全体の重力を高めているんだ!」

「クッ、ですが! いくら重力と言えど雷までは止められないでしょう!」


 取りあえず、部屋の重力を上げるとビューティーイエローが最後の足掻きとして、雷を俺にはなってくる。当然、雷速の攻撃に俺が対応できるはずもなく直撃する。が、この体には傷1つつかない。あのゲス爺、性格はクソだがマジで技術は凄いな。


「無駄だ。重力は万物を逃さない、それは光とて例外ではない」

「ドクター・ゲス……これ程の力を……何故、悪の道に!」


 床に倒れ伏す3人を見下ろして、なんかそれっぽいことを言って、場を繋いでおく。

 さて、これからどうしよう。

 これ普通に勝てそうだけど、勝ったら悪の組織大勝利エンドだしなぁ。


「……水が床に?」


 そんなことを考えていると、ふと自分の足が水に浸かっていることに気づく。


「ビューティーブルー、お前か?」


 水を出せるのはここにはブルーしかいない。

 そう思って、目を向けると今度はレッドが手当たり次第に炎を出しているのを見つける。


「ビューティーレッド?」


 一体何を、と思った所で今度はイエローが電気を水に流し始める。

 おいおい、自分達にも感電しかねないぞ。


「お前らは一体何を……」

「水を電気分解したら、酸素と水素に分かれるのはご存じですか?」


 イエローが優雅に笑って俺に声をかける。

 何倍もの重力に晒されているのに、気丈なものだ。


「………まさか、酸素と水素を生み出して爆発を引き起こす気か? 馬鹿な、そんなものはアニメや漫画の世界での都合の良い――」


 そう簡単にできるものかと笑おうとし、俺は背筋を凍り付かせる。

 そうだ、この世界は―――

 何より、彼女達には主人公補正がある。


「……待て、そんなことをすればお前らの方が真っ先に死ぬぞ。俺の身体の頑丈さは分かっているだろう」

「ですが、このままでは勝てないのです。ならば、最後の可能性に賭けるのも悪くありませんわ」

「切腹よりも派手な死に方ならそれがしも満足でござる」


 こいつら、本気で自爆する気か? 

 俺が全身全霊をもって避けようとしている自爆を。

 この俺の目の前でする気か?

 覚悟ガン決まり過ぎんだろ。


「やめろ! 命を粗末にするな!! そうだ、こちらへ寝返るというのなら助けてやるぞ? 何も無為に命を捨てることはない!!」


 お前達がこんな死に方したら、どう考えても俺に恨みが向くだろうが!

 死ぬんなら俺以外と戦った時に死んでくれ!!


「……やっぱり、あなたはお優しいのですね」

「何を言って……」


 見当違いなイエローの言葉に素で、何言ってんだこいつという声を出してしまう。

 しかし、極限状態の彼女達は気づかない。


「そもそも、爆発が嫌ならそれがし達を殺せばよい」

「……ッ」


 だから、恨まれたくないんだよ。


「それをしないのは、あなたが――」

「黙れ!! これ以上口開くのなら、二度と口をきけなくしてやるぞ!!」


 待って! 待って! それボスとかドクター・ゲスに聞かれたら、裏切りを疑われるから。

 お願いだから、それ以上俺が良い人なんですアピールはやめて。


「いいだろうッ!! このまま重力を上げてお前らを床の染みに変えて――」


 そうやって、叫び続けていたら不意に眩暈が襲ってくる。

 なんだ? 脳がうまく働かない。叫び続けて、疲れたのか?

 まるで、酸素が――


「―――まさか」


 バッと先程から黙っていたレッドの方を向く。

 彼女は相も変わらず炎を出し続けていた。

 この、


「知ってる? 火事の時は酸素が低い方に溜まるから、しゃがまないといけないんだよ?」


 レッドは俺の重力で頭を床に抑えつけられた状態で、笑う。

 そう、この部屋で位置で。


「チィッ!」


 慌てて、膝を折りしゃがみ込む。

 すると、少しだけ呼吸が楽になる。

 レッドの奴、これが最初から狙いか!


「爆発は囮で、本命はお前の炎か…ッ」

「そ、密閉空間で炎を燃やし続けたら当然、酸素が無くなる。機械じゃなくて人間の身体がベースの君にはきついでしょ?」


 ニコリとこの場に不釣り合いな綺麗な笑みを浮かべて、レッドが笑う。


(これが…これが主人公! ダメだ、やっぱり主人公に勝つなんて出来ない! 主人公補正でいくらでも逆転してくる!!)


 その笑みに背筋を凍らせながら、俺は誓う。

 絶対に主人公と敵対してはならないと。

 この世界の理に背いてはならないと。


(俺を怒らせて叫ばせて、酸素を消費させたのも……自分達は床に伏せている不利な状況を、酸素というアドバンテージで立場を逆転させたのも……全てはレッドの計算通り。しかも、炎を使う性質上、本人は酸素が少ない状態にも耐性がある)


 もはや、笑うことも出来ない。

 格が違う。これが物語の、いや、この世界の主人公。

 赤井あかいあかね


「さ、どっちが長く耐えきれるか……我慢比べしよっか?」


 そう言って、茜は艶のある笑みで笑うのだった。


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