第10話:撤退
「お色気の術って……ふざけているのか?」
「大真面目でござる。戦闘の最中に全裸の異性が目の前に現れれば、誰だって固まる。その隙に攻撃するのがお色気の術の真骨頂! とある漫画のラスボスにも通用した術でござる」
「確かに訳が分からなくなったが…なったが…! もっと、こう! あるだろ!!」
俺は出来る限り彼女達の肌を見ないように目を瞑りながら、ブルーの主張に抗議する。
「そう? 実力じゃ勝てないなら不意を打つしかないよね」
「だとしても…だとしても……他になかったのか?」
「現状出来る中で探したら、これが一番効率よかったし。現に君は裸の私達に指一本触れられてない」
恥ずかしさなどまるで感じさせない冷静な声で、俺に馬乗りになっているレッドが説明してくる。
何なのこの子? 花も恥じらう乙女だよね?
こんなことして何で平然としていられるの?
それとも何? セクハラで訴えて、俺を社会的に殺すつもりなの?
現代社会における男の立場の弱さを舐めるなよ。
「馬鹿が。俺は指一本動かさずとも重力でお前らを潰せるのを忘れたか!」
「今の状態でやると、私が君に胸とか太ももを押し付けることになるんだけど、それでもいいの?」
俺は…俺は…何でこんな意味不明な脅しを受けているんだ?
訳が分からない。俺だって、男だ。人並みにスケベ心はあるが、こんなのは予想外過ぎる。
どういう行動を取れば良いか分からずに、叫ぶしか出来ない。
「お前達はもっと自分の身体を大切にしろ!! 女の子が簡単に異性に肌を見せるんじゃない! これじゃあ、まるっきり痴女だッ!!」
「ゴフッ…! ち、痴女……」
そして、運の良いことにその叫びはイエローには突き刺さったらしく、崩れ落ちる音が聞こえて来る。
流石の俺も本気で悪かったと思う。
ごめん、ちょっと言い過ぎた。
「人を欺くにはまずは自分から。それがしは、ただ痴女のフリをしてるだけでござる」
「死ぬぐらいなら、裸ぐらい幾らでも見せるよ。減るもんじゃないし」
「お願いだから服を着てください。お願いします」
「やだよ。服着たら、君は普通に戦えるようになるからね」
だが、ブルーとレッドはどこ吹く風だ。
お前らはイエローさんの羞恥心を少しでも分けてもらえ。
「さあ、オメガ。降伏してもらおうか。でないと、このまま私は全裸のままで風邪をひくよ」
「今まで聞いてきた中で最も意味不明な脅しだな」
余りにも堂々とした言い分に、思わず呆れが出る。
だが、よくよく考えればこれはチャンスだ。
ドクター・ゲスの意識がない状態なら自爆させられる恐れはない。
ここで、投降すれば晴れて俺は正義の組織に保護されることになる。
理由が全裸に負けたというのは非常に不本意だが。
「………分かった、投降しよ――」
「―――オメガっちから離れて!」
俺が投降しようとした瞬間。
聞こえて来たのは白蓮の声と2発の銃声。
「くっ、援軍!?」
そして、俺の身体の上からレッドの柔らかい感触が消える。
良かった、退いてくれたみたいだ。
いつ、俺の下半身が反応してしまうか不安だったが、何とかなった
「
「よしよし、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
声のした方を向いて目を開けると、そこには魔法使いのような白いローブに身を包み、二丁拳銃を構える白蓮が居た。その姿からは普段のポワポワとした空気は消え、歴戦の戦士の風格が漂っていた。
「デスウィンド……みんな、戦闘服を着て。女の子相手じゃ全裸は効果が薄い」
「分かったでござる」
「やっと、服を着れるのですね……」
そして、白蓮ことデスウィンドの登場に、ビューティーレンジャーも戦闘服に変身する。
そのことが、本当に先程までの全裸は策以外の何物でもなかったことが強調される。
「裸だったり、服を着たり、変態なの?」
「グホッ!?」
「落ち着いてイエローちゃん。多分、相手は悪気はないから」
「悪気がないからこそ……余計に心に響くのです……」
白蓮の純粋な言葉にイエローが胸を抑えてうずくまる。
まあ、子供の無邪気な言葉って下手な悪口より効くからな。
「あ、チャンス」
そして、その隙を逃すことなく白蓮がイエローを二丁拳銃で狙い撃つ。
しかし、銃声はしているというのに弾丸は見えない。
どういうことだと俺が首をひねっていると、突如としてイエローの肩から血が噴き出す。
「痛ッ! 今のはどこから!?」
「どこも何もここからだよ♪」
そして、白蓮はそのまま笑いながら止めを刺そうと銃を連射する。
「そうはさせぬ!」
だが、二度目の攻撃は当たりはしないと、負傷したイエローを庇うようにブルーが前に出る。
「荒れすさぶ海よ! 我が身を守る盾となれ!」
ブルーが刀を回すように大きく振ると、水の壁が生まれ彼女達を包み込む。
次の瞬間、水の壁が何かに撃たれたように泡立つ。
「銃弾を止めたはずなのに、銃弾が見えない?」
銃撃は防いだ。
だというのに、肝心の銃弾は見つからない。
受け止めたというのなら、水の中に浮いていなければおかしいというのに。
「フフーん。分っかるかなぁ?」
得意げな顔で手品を見せる子供のような顔をする白蓮。
一応は仲間である俺にもタネが分からないのだ。
きっと、ビューティーレンジャーもさぞ困るだろう。
「……風だ。あの子は風を弾丸にしてるから見えないんだ」
「うえぇ! もう、気づいちゃったの!?」
だが、我らがビューティーレッドはあっさりと言い当ててみせた。
ここまで僅か3秒半。
マジで、何なのこの子。戦闘の天才なの? それとも編集の都合で巻き展開に入ってるの?
「で、でも、風を撃ってるのが分かっても、見えないものは見えないよ!」
しかし、震えながらも白蓮が主張するように、不可視の弾丸はその正体が分かっても見えないことこそが最大の利点だ。相手だって、ずっと防ぎ続けるわけにもいかない。故に相手を防戦一方に出来るのが、白蓮の風の能力の強みだろう。
「ブルーちゃん、霧隠れの術いくよ!」
「任せるでござる! 霧隠れの術!」
ブルーが水を出し、レッドがそれを蒸発させて蒸気を発生させる。
そうすることで、彼女達の周りは霧のような蒸気に包まれ、姿が見えなくなる。
更に、周りを蒸気にすることで風の動きが分かるようにしているのだ。
「隠れたつもり? そんな霧ぐらい、すぐに吹き飛ばしちゃうもんね!」
だが、所詮は霧だ。
嵐が吹き荒れれば、跡形もなく消え去るものに過ぎない。
「嵐よ! ぜーんぶ吹き飛ばしちゃえ!」
しかし、忘れてはいけない。
嵐には必ずと言っていい程――
「水遁の術!!」
水害が伴うことを。
「ふぇッ!?」
「白蓮! こっちに来い!」
自らが生み出した嵐に大量の水が乗ることで、それは容易く濁流へと姿を変える。
そうだ。この嵐を使わせるためにあいつらは霧を生み出したのだ。
「嵐には雷もお忘れなく」
さらに、そこに追い打ちをかけるように雷だ。
完全に自分のコントロールを離れたマジ物の嵐に、慌てふためく白蓮を脇に抱えて俺は出来るだけ遠くへと逃げる。これは攻撃ではない。ビューティーレンジャーだって、コントロール出来ない嵐だ。恐らく狙いは、この場からの逃走のためだろう。それが分かったので、俺は白蓮を助けるという名目で戦場を後にする。逃げてくれた方が俺にとって都合が良いからな
「ふぅ……何とか抜け出せたが、全くあいつらの発想には毎度驚かされる」
「ありがとうね、オメガっち」
「気にするな、俺の都合だ」
礼を言う白蓮をよそに、俺は改めて主人公勢の恐ろしさを感じる。
さっきまで優勢だったのに、自分達が不利とみるや即座に撤退するビューティーレンジャー。
一体どこの戦国時代の名将だろうか?
現代人の考え方じゃない。
「あー、逃げられちゃったぁ……」
「ドクター・ゲスが別のアジトから援軍が来るって言ってたから、大丈夫じゃないか?」
「ドクター・ゲス? 居たの?」
逃げられたと呟く白蓮に、援軍が抑えてくれるだろうと気休めを言う。
しかし、白蓮はそこではなくドクター・ゲスの存在に注目するのだった。
「ああ、俺と一緒にビューティーレンジャーの
そこまで言って俺は黙り込む。
そして、ゆっくりと振り返って嵐を見やる。
気絶したドクター・ゲスが居るであろう場所を。
「もしかして……」
恐る恐ると言った様子で、尋ねて来る白蓮に俺は静かに頷く。
そう、この状況は――
「ここで待って居ろ、白蓮。俺が探してくる」
―――ドクター・ゲスを確実にぶっ殺すチャンスだ!
「え、でも、あの嵐の中は危ないよ」
「大丈夫だ。俺は他ならぬドクター・ゲスの最高傑作だ。あの程度じゃ死なない」
入ったら死ぬかもしれない嵐に、気絶したまま取り残されたかもしれない糞爺もとい老人。
運が良ければ、そのまま死んでくれているだろう。
だが、運悪く生き残っていたのなら――
(俺が息の根を止めても、戦闘に巻き込まれて死んだと言い訳できる)
俺がこの手で始末してやればいい。
そうすれば、確実に自爆の危険を排除できる。
(いや、生きているのなら手足をもいで動けなくして、爆弾の除去方法を聞き出すのが一番か?)
しかし、オート自爆だった場合が怖いので、解除方法を直接聞きだすのが一番かもしれない。
まあ、全てはドクター・ゲスが生きているかどうかだが。
探し出すのが少し手間だが、安心には代えられない。
俺はそう結論付けて、嵐の中に足を踏み込もうとして。
「オメガ、別に放っておいても構わないわ」
「ボス…!」
現れたボスに止められる。
「……いいのか? 死にかねないぞ」
「ええ。ドクター・ゲスはもう要らないわ。彼は十分働いてくれました」
「しかし……」
絶好のせっかくの暗殺チャンスを逃すものかと、俺はボスに食い下がる。
頼む。俺が枕を高くして寝るためには、やつの首が必要なんだ。
俺の輝かしい投降ライフのために、ドクター・ゲスには死んでもらわないと困る。
だが。
「あなたは昔から優しい人ね」
「か、母さん……」
そっと頬を撫でられて止められてしまう。
俺ではない、誰かを見つめる、悲しげな瞳で。
「
「あ、いや……別の呼び方が良かったか?」
そして、俺の母さん呼びに一瞬眉をひそめる。
しまった。多分この体の生前は、ママとかお袋とかそういう呼び方だったんだろう。
迂闊だった。
「いいえ、その呼び方で構わないわ、新鮮だもの」
しかし、すぐに微笑んで首を振り、手を離す。
そして、次に白蓮の方を向いて柔らかい声で指示を出す。
「白蓮、アジトを移すわよ。計画は最終段階、もうここに用はないわ」
「はーい! それじゃあ、お菓子を持ってくるね」
「良く分からないが……ついてけばいいんだな」
「ええ、あなたと白蓮が居れば、後は何も要らない」
アジトの変更。科学者キャラの退場。
明らかに物語のクライマックスっぽい空気に自然と力が入る。
「それで……どこに行くんだ?」
「……着いたら話すわ。ただ、そうね。例えるなら」
物語の最終決戦の舞台、それは――
「あの世とこの世の狭間かしら」
―――なんか急にファンタジー設定出てきたな。
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