第6話:生存

「ご主人様が見つかってよかったねぇ」

「もう、勝手にどこかに行かないようにね」


 迷子になっていた柴犬を飼い主の下に送り届けて、手を振る白蓮びゃくれんあかね

 誰が見たって、2人が正義のヒーローと怪人だとは思わない。

 そんな光景をオメガこと千石せんごくは静かに見つめる。


(あり得ない……生き埋めの状況からどうやって生還した!? 仮に生きていたとしても救助作業が終わったなんて聞いてない。どうやって抜け出して来た!?)


 もっとも、内心は静かとは程遠く、荒れに荒れていたが。


(地下施設だぞ? 最奥部だぞ? それが完全に崩壊したのに生き残って、尚且つ無傷だと? あり得ない……もしや主人公は不死身か?)


 茜達はオメガこと千石せんごくに助けられたと思っているが、千石せんごく自身はそんなことなど露知らない。

 むしろ、完全に殺したと思っていたし、どう考えても恨まれていると思っている。

 だって、自分なら死んでも呪うから。


 なので、ここでバレたらあの時の恨みと言われて、殺されかねないと思い込んでいる。

 まさか感謝されているなど都合の良い考えは出来ない

 故に先程から冷汗が止まらない。


(いや、考え方を変えろ? 主人公だぞ? 常人が死にかける事件に平然と首を突っ込んでいくのが主人公だ。むしろ、あの程度で死ぬわけがないんだ。主人公補正のある異能生存体と思った方がいい)


 だから、千石は可能な限り気配を殺す。

 話しかけられない限りは、決してこちらからは話しかけない。

 しかし、飼い主の捜索には全力を尽くす善人アピールは欠かさなかった。

 これで、少しでも彼女の手が鈍ってくれれば御の字だ。


「茜ちゃんもありがとーね」

「ううん、私が手伝いたいから手伝っただけだし。それにここ数日はうちの犬に会えてなかったから、楽しかったよ」


 そんな内心でヒヤヒヤする千石をよそに、白蓮と茜はニコニコと会話を交わす。

 もはや親友の距離感である。

 正直、茜の方はともかく、白蓮お前は気づけと千石は思うが白蓮は笑うばかりで、千石の思いに気づかない。


「あたしも楽しかったよ! あ、ほら、千石ちゃんもお礼言わないと」


 お前、本当に悪の怪人か?

 思わず、そうツッコみたくなる礼儀正しさを見せる白蓮に、千石は物申したい気分で一杯だったが、これ以上茜からの印象を下げるわけにはいかない。怪人状態から顔見せすれば、そう言えばあの時のと思い出される程度には好感度を溜めておきたい。


 敵意を向けられたら? 全力で命乞いをするだけである。


「ああ……わざわざ手間を取らせて悪かった。何かお礼でもしたいのだが」

「あはは、いいですよ、別に。私が助けたくて助けただけですし」

「しかし……」


 流石は正義の味方。ニコリと笑うだけでお礼の品などいらないと告げる。

 だが、それでは困るのが千石の方だ。

 取りあえず、手っ取り早く好感度を上げておきたいのだ。

 次に怪人の姿で会った時に生存率を高めるために。


(どうする? このまま何か奢るとでも言えばいいか? だが、それだとナンパっぽいし逆に警戒されるか? ここは引くべきか)


 だが、強引な押し付けは女性相手には有効ではないと、理性が待ったをかける。

 それに今の千石が持っているものと言えば、現金ぐらいしかない。

 いくら何でも、現金をそのまま女性に渡すのは見栄えがよろしくない。


「じゃあ! じゃあ! あたしがおまじないしてあげる!」

「おまじない?」


 笑顔で茜の手を取り、両手で握る白蓮。

 その行動に思わず、ビクッとするが子犬の様な白蓮を警戒はしていないのか抵抗はしない。

 千石も茜が拒絶しないならと、注意はしない。


「じゃあ、いくよー」


 ぬるりと生暖かい風が吹く。

 それは日常の中では感じ取ることが出来ない、異端の風。

 ぬるいはずなのに、どこか寒々しく感じてしまうそれに、茜は僅かにたじろぐ。



「冥府を吹きすさぶ風よ」



 白蓮の纏う空気が変わる。

 何かが起こる。そう思った茜が距離を離そうとするが、手を掴まれているために動けない。


「亡者が纏いし白き衣を」


 白蓮の瞳がジッと茜を見つめる。

 まるで、空に浮かぶ月を映すかのような金色の瞳が、彼女の太陽の瞳を射貫く。


「剥ぎ取りたま――」




「―――白蓮」




 重く、低い。地獄の亡者のような声が白蓮を遮る。


「もう帰る時間だ」


 千石が静かに白蓮を咎める。

 一瞬怯えたようにビクリと白蓮が肩を震わせる。

 そして、茜の手と千石の顔を見つめた後に、パッと手を離す。


「にゃはは、ごめんねぇ。おまじないはまたの機会にしよっか」

「え……うん」


 バクバクと音を立てる心臓をごまかす様に、茜は静かに頷く。

 間違いない。白蓮は自分に対して、何かを発動しようとしていた。

 そう確信するが、それが何かまでは分からない。

 しかし、1つだけ分かることがあった。


「今日は本当に助かった。また、会うことがあればその時は何か力になろう」

「……ありがとう」


 何かをしようとした白蓮を千石が止めたということ。

 そして、その時に出した声は。


「あ、ところでさ、ちょっと気になったんだけど」

「ん、なんだ?

「千石君ってどこかであったことあったっけ?」


 オメガの声を思わせるものだったということ。


「……ナンパは嬉しいが、今は連れが居るんでな」

「え! い、いや、そういう意味じゃなくて」

「おー、茜ちゃんも隅に置けないねぇ」


 しかし、聞かれた千石は薄く笑い軽口で返す。

 まるで、本当に何にも気づいていないように。

 と、言っても内心の方は。


(え! バレた!? 何故だ? まさか声で? ま、まずい、何とかしてごまかさないと!)


 バレたかもしれないとあたふたしているのだが。

 中々動かない表情筋に感謝しろ。


「分かっている、冗談だ。それから少なくとも、俺は君のようなの子を見るのは初めてだ」

「黒髪? …! あ、いや、そ、そうだよね」


 そもそも、千石は白蓮が何かを発動しようとしていたことに気づいていない。

 声が怖いのもそもそも、そういう風に作られた怪人なのだから仕様だ。

 ただ単に、茜が逃げ出そうとしていたのを嫌がっていると判断して、子供を叱るようにちょっと低い声を出して白蓮を叱っただけ。


 白蓮の雰囲気が変わっていた? 中身一般人に分かるわけがないだろう。


(嘘は言ってない、嘘は言ってないからセーフ! 変装した赤井茜の顔なんて見たことないんだから、今日初めて会いましたでも別に嘘じゃない)


 内心で言い訳しながら、千石は平静を装う。

 もう、胃の中のものを吐き出しそうになるぐらい緊張しているので、一刻も早くここから離れたい。

 そのせいで、変装している黒髪のことをわざとらしく指摘されたと思って、逆に疑われていることに気づいていない。


「すまないが、もう遅い。俺達は帰らせてもらうよ。重ね重ね、今日はありがとう」

「……うん、こっちこそ」


 最後にあくまでも友好的に振舞い、手を差し出して握手を求める。

 茜の方もここは乗ってくれるのか素直に握手をする。


「じゃあ、君も帰ってくれ」

「うん! それじゃあ、まったねー!」


 如何にも何も気づいてませんよという風に、無防備に背を向ける千石。

 そして、同じように白蓮も無防備に背中を向ける。


(よし! 何とか乗り切ったぞ!)


 もっとも、怪しんでいる茜からすればそれは圧倒的強者の余裕に見えて、むしろ警戒心が上がっているのだが。

 特に戦闘経験のない前世一般人の男は気づかない。




「……見逃された…? でも、どうしよう……今ので白蓮ちゃんの方には完全にバレたよね」


 1人取り残された茜は警戒を途切れさせぬままに、辺りを見渡し尾行がついていないか確認する。そして、自分が完全に1人だと確信してから携帯を取り出し仲間に連絡を取る。


『もしもし、茜さんですか? 買い物にしては随分と時間が経ったように思うのですが、何かありましたか?』

「ごめん、たぶん敵に私が生きてるのがバレた」

『は? だ、大丈夫ですか?』

「戦闘はない。尾行や監視も居ないとは思うけど、念のため誰もついてこれないように帰るから遅くなる。それじゃ」

『あ、ちょっと、お待ちくださ――』


 電話越しの黄瀬きせ桜花おうかに一方的に告げ、電話を切る。

 後で叱られるだろうが、仲間を危険に晒さないためだ。仕方がない。

 マナーモードに切り替えて、携帯が鳴らないようにしつつ、もう一度オメガ達が去って行った方角を見て、ポツリと呟く。



「また……助けられちゃったな」



 全くの思い違いを。


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