第5話:日常回
「まさか、外に出たいと言って普通に出してもらえるとは思わなかった……」
休日のカフェテリアの一角。
怪人になったはずの俺は、穏やかな空気に戸惑いながらそこに居た。
夢かと思うが、ブラックコーヒーの苦みがそれを真実だと告げる。
因みに、今の姿はフォルムチェンジで人間の姿になっている。
「いやいや、あたし達だって生きてるんだから、外にぐらい出るよ。オメガっち」
「……今の俺の名前は
そんな俺の呟きを聞いていたのか、俺の目の前で銀髪の美少女がにゃははと笑う。
彼女の名前は
怪人としての名前は
幼い印象の残る顔立ちに月のようにまん丸の金の瞳と、銀髪のツインテール。
好奇心旺盛そうな金の目も合わさって子供のように思えるが、かなり背が高い。
流石は怪人といった所だろうか。
「えぇー、オメガっち、可愛いのにー」
「万が一バレたらどうする? というか、その変な呼び方は気にいらん」
「んー……じゃあ、
「……もう、それでいい」
マイペースなのか天然なのか、コロコロと笑いながら俺の名前を決める
こんな奴でも悪の組織に属する怪人なのだから、世の中分からないものだ。
「あ、このパンケーキ美味しそう!」
「さっき、ショートケーキとチョコレートパフェを食べたばかりだろう」
「いいもん、いいもん。甘いものは別腹ーって言うよねぇ?」
「別腹も何もさっきから甘いものしか食べていないだろう……」
さて、そもそもなぜ俺が白蓮とカフェに来ているのかといえばだ。
アジトに居るのも嫌だったので、ダメもとで気分転換で外に出たいと言ったら、意外にもOKされたからだ。
まあ、土地勘がないだろうという理由で白蓮が付き添いになったのだが。
要するに彼女は俺の監視役だろう。こんなのでも怪人だ。
俺が怪しい動きを見せたら、即座に殺しにきかねない。油断は出来ないだろう。
「それで、
ほらみろ、早速俺の動きに探りを入れて来た。
これからというのは、おそらくは今後の身の振り方だろう。
ちゃんと悪の組織デビルズイースターに、忠誠を誓うかを疑っているのだ。
ドクター・ゲスから起動直後の俺の反抗は聞いているはずだからな。
「俺はこの街について何も知らない。だから、
俺は何食わぬ顔で、今日の予定を告げることで彼女の質問をかわす。
この手の質問はとぼけて真意を悟らせないのが一番だ。
だからと言って、嘘をついているわけでもない。
本音を言えば、今日の外出はいざという時の逃走経路と隠れ場所がないかを探しに来たのだ。
だが、当然のことながらそんなことは言えないので、散策が目的だと答える。
「そっかぁ……じゃあ! 今日は
(くっ、そう来たか!)
思わず内心で舌打ちをしてしまう。
やはり、可愛らしい顔で胸を張っていても白蓮は悪の組織の怪人。
俺の思考を読んで、俺の目的を潰しに来た。
「んーと、どこに行こっかぁ……ゲーセン、カラオケ、おすすめのケーキ屋、服も
挙げられる場所は、どう考えても隠れ場所になりそうな所ではない。
逃走経路に含もうにも室内を中心に動かれたら、参考に出来そうにない。
「ねぇ、
ニマッと無邪気な笑みが向けられる。
しかし、俺にとってはその笑みは威嚇のようにしか見えない。
下手なことをするな? まるで、そう言っているようだ。
だからと言って、俺の未来のために俺は引くわけにはいかない。
「……そうだな、少し体を動かせる場所も知りたいな」
「じゃあ、ボウリングでも行く? あ、それより、スポッチャとかで色んなスポーツをやれる方がいいかな?」
公園などの辺りを見渡せる場所に行きたかったのだが、やはり、提示されるのは室内ばかり。
俺にこの街の地形などを把握させるつもりはないのだろう。
「ああ、それでいい」
しかし、ここで焦って無理を言っても余計に怪しまれるだけだ。
ここは焦らずに、待ちの姿勢でいくべきだろう。
大丈夫だ、チャンスはまだある。
「わかった! それじゃあ、まずは」
「待て、さっき注文したパンケーキが来るぞ」
勢いよく立ち上がった白蓮を制止しつつ、俺はコーヒーを口に運ぶ。
そもそも、体内の爆弾をどうにかしないことには逃げられないのだ。
今日は白蓮の、いや怪人デスウィンドの観察に留めるとしよう。
日常生活中で何か弱点が見つかるのかもしれないのだから。
「あ、そっかぁ。じゃあ食べ終わったら行こうね!」
「……ああ」
さあ、デスウィンド! お前の化けの皮を剥いでやる!!
「今日はいっぱい遊べて楽しかったねぇ!」
「ああ……そうだな」
何も……つかめなかった…ッ。
白蓮はまるで普通の少女のように今日1日遊び通していた。
その天真爛漫さは、とても悪の組織の人間のものとは思えず、俺も困惑するしかない。
「ねぇねぇ! 遊んだらお腹が減ったし何か食べようよ!」
「……そろそろ帰る時間じゃないのか?」
「あ、そっかぁ。じゃあ、帰りながら食べられるものにしよっか」
思わず、俺の方からのアジトに戻ることを提案してしまう程に彼女は遊ぶことに夢中だった。
まるで、小さな子供のように。
(俺の記憶が無いと言った時の反応から考えて、怪人に改造されたら記憶が無くなる可能性が高い。そうなると、白蓮は精神年齢はまだ子供の可能性がある)
あり得ない話ではない。
彼女は見た目よりも、精神年齢が低いように感じられる。
怪人としての誕生から時がそれ程経っていないのなら、十分考えられる話だ。
(……そうなると、俺の監視でつけられたというのは勘違いで、俺はこの子に子守りをされていたのか?)
いや、まさか。弟みたいに接されたとしても、流石にそれは。
いくら何でも、反抗の意思を見せた俺のことを信用し過ぎじゃないのか。
(待てよ……今まで俺は、自分が前世持ちの人間という前提で考えていた。だが、組織の人間はそんなことを知るはずがない。むしろ、白蓮が俺と同じ製造方法なら、白蓮と同じような感じだと思われるんじゃないのか?)
そう言えば、今日の白蓮の様子は、まるで小さな子がお姉ちゃんとして張り切っているような感じだった。白蓮が先に作られて、俺が次に作られたのならある意味で
(はぁ……こんなことなら、普通に街の散策を提案して逃走経路とかを把握しておけばよかった)
自分の心配が徒労だった可能性に気づくと、どっと疲れが押し寄せて来る。
しかし、それを表に出すことはしない。
「白蓮、買い食いは程々にしておけよ」
確かに白蓮が無害な可能性は高い。だが、可能性が高いだけだ。
100%でないのなら、変わらず用心はしておくべきだろう。
「……白蓮?」
さっきまでそこに居たはずの白蓮に声をかけるが返事がない。
顔を上げるが、どこかに消えている。
まさか、逃走のチャンスが到来したのか! と期待しつつ辺りを見渡す。
だが、残念なことにすぐに白蓮の姿は見つかったので、内心で肩を落として諦める。
まあ、どうせ今逃げても自爆させられるから別にいいんだが。
「白蓮、急にはぐれるな」
「あ、うん、ごめんねぇ。でも、この子が迷子になってたから」
俺から離れた場所でしゃがみ込んでいた白蓮がクルリと振り返る。
その腕の中には一匹の柴犬が抱かれていた。
(なんかこうして見ると、白蓮って犬に似てるな……)
「首輪はしてあるから、誰かの飼い犬だと思うんだけど」
俺がどうでもいいことを考えている中、白蓮はキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし、今の所人影は俺らぐらいしかない。
散歩中の脱走か、家から自由への逃避行をしたのかは分からないが、確かにこの犬は迷子なのだろう。
「どうしよっか」
「警察に届けるか?」
俺1人の時なら100%見て見ぬフリをしていただろうが、白蓮の手前それは出来ない。
なので、国家公務員に丸投げするスタイルを提案する。
「え? でも、あたし達って悪の組織だよ」
「いや、まあ……それは……そう…なんだが」
だが、その提案は予想外にしない方向からの言葉に砕かれる。
捕まえられちゃうと呟く白蓮に、一応悪の組織の自覚があったんだなと遠い目をする。
正直、警察を恐れるぐらいなら世界征服なんて目指すなよと思うが。
「あ、待って! よく見たら、この子の首輪に飼い主の名前が書いてある!」
「
白蓮は納得しないかもしれないが警察に届ければ、まあ名前から割り出せるだろう。
悪の組織が警察を使って大丈夫なのか?
別に悪党が警察を頼ったらいけない理由はないから大丈夫だろう。
「よーし、田中幸さんだねぇ。あ、人だ! すいませーん! 田中幸さんですか?」
「あ、コラ、待て!」
そんなことを考えていると、通りがかった通行人に白蓮が犬を抱えたまま突撃していく。
犬が2匹いる。
そんなことを考えながら、俺は黒髪で眼鏡をかけた高校生ぐらいの少女に突進する白蓮を止めに走る。
「へ? い、いや、私は
「そっかぁ、この子の飼い主じゃないね」
へー、赤井茜さんかぁ。最近身近になってしまった名前だなぁ。
でも髪色は赤くないし……いや、よく見たらあれウィッグだ。
それに眼鏡の下の目は見覚えのあるオレンジ色。
「え、えっと、その子の飼い主を探してるんですか?」
「うん。さっき迷子になってるのを拾ったんだよねぇ」
「よかったら、私も手伝いましょうか?」
「ホント!? ありがとう!」
そして、前世から聞き覚えのある特徴のあるハスキーボイス。
……うん。メタ的に考えて、この世界で主人公の同姓同名が居るわけないよね。
というか、あの状態からどうやって生還したんだこの人。
主人公補正というやつだろうか?
「千石ちゃーん! 茜ちゃんも手伝ってくれるって!」
「その……なんというか、すまない」
「いえいえ、私も犬は好きなんで大丈夫ですよ」
変装では隠し切れない美少女スマイルで笑う赤井茜、もといビューティーレッド。
俺はこれどういう風に動いたらいいんだろうと考えながら、現実逃避する。
というか、これあれだ。
「3人揃ったら、まんじゅうの知恵! すぐに飼い主さんを見つけてあげるからね!」
「あはは、
絶対、主人公が日常で敵と出会っていた的な回だ。
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