第4話:ボス


「ドクター・ゲス、今回の失敗の説明はしていただけるのでしょうね?」

「も、申し訳ありません、ボス」


 シンと静まり返った暗い空間。

 その中でポツリと浮かぶように松明に照らし出された玉座が、闇の中に浮かぶ。


「ビューティーレンジャーに多くの怪人を討ち取られたばかりか、研究所まで破棄する羽目になり、おまけに私の許可なくオメガを起動するなど……」

「し、しかしながら、ビューティーレンジャーは今は瓦礫の下に生き埋めですぞ。それに研究所が無くなったとはいえ、そこでの研究データはすべて儂の脳内に入っております故、いくらでも再起は可能です」


 玉座の上には長く黒い髪に、豊満な体を喪服のようなドレスに包んだ美女。

 姿勢を崩して気だるげに座り、幽鬼のような表情でドクター・ゲスを見つめる。


「オメガの起動はどう説明するのですか? は私のものだと言ったはずです」

「恐れながら申し上げますが、あの状況では起動しなければ儂は捕まっておりましたし、研究所も奴らの手に落ちていた。何より、ビューティーレンジャーがオメガを見つけてそのまま放置するとは思えませぬ。必ずや、廃棄したでしょう」


 そんな美女をボスと呼び、ドクター・ゲスは頭を下げ続ける。

 あのプライドの高いドクター・ゲスが頭を下げるのは忠誠心からではない。

 2人の間には隔絶した実力差があり、その気になればいつでも殺せる関係なのだ。


「機械ベースの怪人であれば、同じものを幾らでも生み出せます! ですが、儂が居なければ怪人を作るノウハウが消滅してしまいます。どうか、儂に再起のチャンスを!」


 だからこそ、ドクター・ゲスは自分の有用性のアピールや、仕方なかったというアピールを欠かさない。せっかく逃げ出せたのだから、こんな所で死ぬわけにはいかないのだとどこまでも自分の都合しか考えないままに。


「ボス、俺からもドクター・ゲス様に寛大な判断をお願いしたい」

「おお! オメガよ、中々に話が分かるではないか!」

「……が擁護しますか」


 そんな吐き気のする邪悪だったが、不思議なことにそんな彼を援護する存在が居る。

 そう、オメガである。


(爺の好感度なんて上げても気持ち悪いが、ここはグッと我慢だ。この程度の発言なら、俺には罰は来ないだろうし、裏切ることになったとしても油断を誘いやすい)


 こちらも、邪悪。とまではいかないが自分の都合だけで言葉を発する。

 誰だって信頼している相手には、油断するのでいざ背中を刺すとなった時の確実性を高めるためだ。


(それに上手くいけば、爆弾を除去してもらえるほどに信頼してもらえるかもしれないからな。まあ……このゲス爺の性格だと人の恩を何とも思わなそうだが)


 そして、もう1つは体内に取り付けられた爆弾除去のため。

 そもそも、この爆弾がなかったら今すぐにでもドクター・ゲスを殺して逃げているのだ。

 故に、爆弾を除去する方法を探さなければならない。


(分かりやすく、爆発スイッチでも持っていてくれたらそれを奪えばいいんだが。とにかく、自爆の仕組みが分からないうちは下手には動けない)


 だからこそ、オメガは内心の殺意を抑えてドクター・ゲスの傍に居ることにしたのだ。

 全ては自らの2度目の死から逃れるために。


「……いいでしょう。今回の件はあなたの今までの功績に免じて不問としましょう」

「おお! 感謝いたします!」


 そして、オメガのそんな内心が知られぬまま話は進み、ドクター・ゲスの無罪が決まる。

 その自己弁護力の高さだけは、裁判にかけられることになったら真似させてもらおうと内心で思う、オメガ。


「ですが、オメガは私に引き渡してもらいます」

(え?)


 そして、ボスの発言に目を白黒させる。


「ボ、ボス。失礼ながらオメガはまだ調整中の身、まだ不安定な所が見受けられまして。何分で作っているので、どうなることか……」

「言ったはずです、オメガは私の物だと。それに不具合が見受けられれば、あなたに点検させます。これなら問題はないはずですが?」

「し、しかし……」


 オメガを渡せ。

 その指示に対して、やたらと渋る様子を見せるドクター・ゲス。

 だが、先程と違い今回は自己弁護すら許されない。


「それとも何か? ―――自分の戦力を離すのが惜しいとでも? オメガに対して」

「め、滅相もございません!」


 、黒いオーラの圧力に負けてドクター・ゲスがすぐに頭を下げる。

 これ以上口を開くなら、殺す。

 そう端的に告げられたからだ。


「では、報告が終わったならもう下がりなさい」

(どういうことだ? なぜ、俺に対してそこまでの執着を? いや、それよりもドクター・ゲスと離れたら爆弾解除の方法を知るすべがなくなる。取りあえず、下がれって言ってるし、この場から離れて考えるか)


 そんな自分への異常な執着を見せるボスに対して、内心で疑問符を浮かべまくるオメガだが、情報が足りないので一度落ち着ける場所に行こうとする。



「オメガ、どこに行くのですか? あなたは私の物だと言ったはずですよ」



 だが、その足は凍えるような声で床に釘づけにされる。


(あ、これ逆らったら殺される奴だ)


 一瞬で上下関係を悟ったオメガは、これ以上相手の怒りを買わないように跪く。

 もちろん、前世で騎士だった経験などないので不格好だが、しないよりはマシだろう。


「硬くならなくても結構ですよ。私達はですので」

「家族…?」

「それと、鎧も解除して構いません。私にあなたの顔を見せてください」

(あ、この身体、人間形態とかになれるんだ)


 しかし、それも不評だったらしくボスは唇を尖らせてしまう。

 そのような硬い関係は家族には相応しくないと。


(しかし家族だと? アットホームな職場という意味で言った訳じゃないのなら、俺とボスには血縁関係があるのか? この体が無からの機械ベースではなく、人間を使った生体ベースという前提なら、可能性はある)


 鎧を解除して、黒髪黒目の顔を出しつつオメガは考える。

 この体はボスの家族の物。そして、ボスは家族を明らかに特別視している。

 そこまで認識したところで、オメガの全身から嫌な汗が流れる。


(ま、不味い。転生、いや憑依した俺にはボスの記憶なんてあるわけもない。そうなると、俺はボスの家族を殺したも同然だ。バレたら絶対にヤバい)


 先程のドクター・ゲスとのやり取りを見ても、ボスは家族オメガに強い思い入れを抱いていることは間違いない。そんな相手に、『実はこの体の主の精神を乗っ取ってるんです』等と言えば、どうなるかは想像に難くない。


(どうする? 記憶がない以上は真似も出来ない。下手に真似しようものなら余計に怒りを買いかねない。こうなったら――)


 故にオメガは考える。

 家族であることを忘れていた都合の良い設定を。そう。


「……申し訳ありません、ボス。家族と言われても、過去の記憶が思い出せないのです」


 ―――記憶喪失設定である。


「記憶喪失……と言うのでしょうか? ボスに家族と呼ばれても、悲しいことに思い当たる記憶がないのです。ドクター・ゲスの改造のせいか、不完全な起動のせいかは分かりませんが、過去の自分が分からないのです」


 取りあえず、ドクター・ゲスに責任をなすりつけつつ、ボスに自分が記憶喪失であると勘違いしてもらう方向でいく。


 これで、記憶を戻すために今の精神を消去するとか言われたらたまったものではないが、今この場で殺されるよりはマシである。


「……やはり、そうですか。彼の技術をもってしても記憶の転写はまだ無理でしたか」

(納得してくれたか? しかし、そこまで驚いているふうでもないな。……そう言えば、イエローが怪人は基本は記憶を消してるって言ってたな。心配して損した。それに記憶の転写ということは、家族と言っても本人の可能性は低いな。この体はクローンとか死体の物かもしれないな)


 割とあっさり記憶がないことに納得したボスに安堵しながら、オメガは改めてボスの姿を見る。

 喪服のはずなのに、やたらと扇情的な格好をしているが、その豊満な体はどう見ても未成年ではない。

 それに顔も大人の色気がある顔だ。


 アニメのキャラなので相当若作りしていることを考えると、30後半から40代かもしれない。

 そして、自分の身体から出てくる低くはあるが、子供と大人の中間ぐらいの若い声。

 そこから考えられる可能性は。


(おそらくは、死んだの身体で作った怪人と言った所か)


 オメガは自分の身体は、死んだ息子の身体で作った怪人だとする。

 予想通りなら、そりゃあ執着するよなという設定だ。

 原作でもボスは、悲しい過去を持った敵という役割だったのだろう。

 そんな悲しい女性の過去に対して、オメガは。


(じゃあ、敵対した時は『お母さん、助けて』って悲壮感を込めて言えば、何とかなるな。スター〇ォーズでも、何とかなってたし)


 いざという時の切り札に使えるなと考えていた。


(この手の悪役は大体、情が捨てきれない。それに改心とかしやすい立場だ。正直、ストーリーはそこまで詳しくないから分からないが、味方になってもおかしくない設定だ。好感度を稼いでおいて損はないだろう)


 保険は多い方がいい。

 正義の味方が勝った時のために、ビューティーレンジャーの好感度を。

 悪の組織が勝った時のために、ドクター・ゲスの好感度を。

 悪の組織に属して負けた時のために、味方化しそうなキャラの好感度を。


 上げて上げて、とにかく自分の生存率を上げるのだ。


「オメガ、例え記憶が無くとも私はあなたを家族と思っています。敬語も使わなくていいわよ」

「……分かった、そうする」

「ええ、それでよろしい」


 ニコリと寒気のする程、色気のある笑みを見せるボス。

 その反応に、対応は間違っていなかったと胸を撫で下ろすオメガ。


「じゃあ、今日は疲れたでしょうし、もう下がって休みなさい」

「分かった」


 そして、ボスの部屋から出てオメガは一息つく。

 こうして、オメガの悪の組織1日目が終わるのだった。




「……あれ? 下がるってどこに行けばいいんだ?」


 終わるのだった。

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