第3話:計画変更
「まったく、緊急脱出装置を作動させたから良かったものの……危うく、儂まで生き埋めになる所だったわい」
俺はドクター・ゲスの小言を右から左に聞き流しながら、呆然と崩壊した施設の跡地を見つめる。
今はドクター・ゲスの緊急脱出装置で地上に出ているが、ビューティーレンジャー達は当然脱出できていない。
「じゃが、これで憎っくきビューティーレンジャー共は生き埋めに出来た! 今はミミズと仲良くおねんねしておる頃じゃろう。ここは、よくやったと褒めておこうかのう」
つまりは彼女達は今は瓦礫の下に生き埋めだ。
生き埋めだ。原作的に日本の、ひいては世界の平和のために戦う主人公達が。
要するに俺は世界の希望を殺してしまったのだ。
(ダメだ、これ……未来の脅威に抗う主人公が居なくなった。とか言ってる場合じゃない! 3人も殺したら普通に死刑になりかねないぞ!? そもそも、殺したら正義の組織に仇討とかで狙われる! 仮に死刑にならなくても絶対一生刑務所の中じゃん!? お、俺の平穏な将来設計がこんな所で)
ここまで来たら、もう許されないだろう。
そもそも、主人公達が死んだら原作はどうなるんだ?
詳しくは思い出せないが、主人公達が悪の組織を倒す王道的なストーリーだったはず。
その根幹が崩れたのだ。
下手をしたら、悪の組織が本当に世界征服なんてことに。
(ん? それなら、悪の組織に居る今の俺の立ち位置は問題ないんじゃないか?)
ふと、気づく。
今まで俺は悪の組織は必ず負けると思って動いていた。
だが、はからずも主人公たちの死という原作ブレイクで流れは大きく変わった。
悪の組織に勝ち目が出て来たのである。
「さて、ビューティーレンジャー共の墓に小便でもひっかけてやりたい気分じゃが、他の追っ手が来るやもしれん。一度、ボスの下に戻るとしよう。オメガ、貴様は道中に敵の追手が来ないか儂の警護をしろ」
ならば、今のうちに全力で尻尾を振るしかない。
「はい、ドクター・ゲス様」
「ほぉ……ようやく、上下関係が分かって来たか? それとも能力を使ったことで精神プログラムが安定してきたか? まあ、よい。まずはここを離れてからじゃ」
「承知いたしました」
正直、内心で吐き気がするが背に腹は代えられない。
餌さえもらえるなら誰にでも懐く犬のように、俺は尻尾を振る。
ビューティーレンジャー? あれは悲しい事故だった。いいね?
「全てはドクター・ゲス様の
「ククク、その通りじゃ」
と言っても、保険をかけるのは忘れない。
悪の組織が負けた時に裁判で、全部指示されてやったことですと言うための言質取りを行う。
どっちつかず? 処世術と呼んでくれ。
「では、行こうかのう、ボスの下へ」
そうして俺は悪の組織の犬になったのだった。
「……ブルーちゃん、イエローちゃん、生きてる?」
「何とか……」
「わたくしも……何とか無事ですわ」
崩壊し、崩れ去った研究施設の地下。
瓦礫に埋もれ、真っ暗闇の空間となったそこに、3人の少女達は居た。
「レッド殿、能力で火をつけてくださらんか? 真っ暗で何も見えぬ」
「うーん……でも、密閉空間で火を使うと酸素の消費が激しいし」
「それなら、問題ないかと思いますわ。どういうわけか、風の流れを感じますもの」
「風? ……そっか、ドクター・ゲスとオメガが逃げたのならどこかに脱出経路があるんだ」
脱出経路が存在する。その事実に安堵を抱きつつ、レッドは籠手の能力で火を灯す。
そして、あらわになる自分達の現状。
「え? これって……」
「なるほど……それがし達が不自然に助かったのは、そういうことでござるか」
崩壊した施設の地下空間。
常識的に考えれば、そこに居た人間はみんなペチャンコだ。
だが、そうはならなかったのは。
「わたくし達のいる場所にだけ瓦礫がありませんわね……まるで、落ちるのを途中で止められたように」
落ちてくる瓦礫を浮かせて3人が潰れないようにしたからだ。
「……オメガが途中で止めてくれたんだ」
「やはり、あの御仁には、まだ正義の心が残っておられる」
「おそらくは。そうでなければ私達3人共に生きていられる訳がありません」
3人の予想通りにオメガは瓦礫の崩壊を止めた。
いや、正確には止めようとしたというのが正しい。
「あのままだと、戦うしかなかった。だから、研究所を崩壊して私達を生き埋めにしたように見せかけて……」
「見逃してもらったという訳ですな」
「自分の命がドクター・ゲスに握られているというのに、なんとお優しい方なのでしょうか」
3人は自分達を助けるために、崩壊を止めたのだと思っているが実際は違う。
オメガは確かに
しかし、それは人助けのためではない。
手で蛇口を捻ったら水がヤバい程に出て来たので、慌てて元に戻しただけである。
そして、蛇口を戻したのに
それが真実、つまり―――偶然である。
「それなのに……そんな優しい人をドクター・ゲスは…!」
「地獄に落ちてもまだ生ぬるい所業……生かしてはおけん!」
「ええ……そうですね。今回ばかりは全面的にブルーさんに同意です」
だが、奇跡的に助かった3人はそれが全くの偶然だとは思わない、思えない。
人間は何にでも理由をつけたがる生き物が故に、偶然を必然に変えたがる。
「待ってて、必ず助けてみせるから」
そして、少女たちは誓う。
あの心優しい怪人を何とか救ってみせると。
なお、当人は現在、絶賛悪の組織に尻尾を振っている真っ最中だが。
「そうと決まれば、早くここを脱出して本部に戻りましょう」
「うむ。
さて、こうして現状の把握(勘違い)がすんだので後は脱出するだけだと気合を入れるブルーとイエロー。
しかし。
「……待って、私に考えがあるんだけど」
そこにレッドが待ったをかける。
「レッド殿? どうしたのでござるか」
「報告をするのは勿論だけど……敵は私達が死んだと勘違いしている。この状況って不意打ちに使えない?」
「それは、オメガさんには通用しないですわ」
「いや、オメガが助けてくれたのなら、私達の生存は言わないはずだよ」
レッド提案の死んだと見せかけて不意を打とうという作戦。
イエローはオメガにはバレていると告げるが、すぐにそれは否定される。
オメガは3人を助けた。なら、わざわざそれを告げる可能性は低い。
まあ、実際の所は、オメガも本当に3人は死んだものと勘違いしているのだが。
「仮にオメガが無理やり報告させられたとしても、私達を瓦礫から庇った所までしか分からない。司令には私達の救出作業をするフリをしてもらえば、それだけで敵の油断を誘える。そして、私達が動けないと勘違いしている所に背後から奇襲をかけたら、かなり
活動的な見た目とは反対に冷静で的確な作戦を提示するレッドに、ブルーとイエローは思わず顔を見合わせる。
「死んだフリをして、背後から襲うとは……まるで拙者のような忍者でござるな!」
「ブルーさん……あなたは実家から『お前は忍べないから忍者は諦めろ』と言われたのでしょう」
実家が由緒ある忍びの末裔であるブルー。
由緒正しい高貴な家柄であるイエロー。
どういうわけか、一般家庭で育ったのにこういった策や戦闘が一番得意なレッド。
こんな感じで彼女達のバランスは取れていた。
「しかし……正義の味方が敵とはいえ騙し討ちなど……」
「騙し討ち? ううん、違うよイエローちゃん。私達はたまたま脱出したのを誰にも知られなくて、司令はたまたま瓦礫の撤去作業をしてるだけで、勝手に敵が私達が動けないって
イエローの懸念にニコッと可愛らしい笑顔を浮かべるレッド。
その表情にイエローは思わず顔が引きつってしまうが、策が有効なのは分かるので何も言わない。
いや、別にレッドに反論するのが怖くなったわけではない。ないったら、ないのだ。
「じゃあ、決まりだね。コッソリここを脱出してどこかに潜んでいよう」
「おお! 何だか、忍びらしくなってきたでござるなぁ!」
「ええ、その方針で構いません。場所は私の実家の伝手で裏から手を回して用意させましょう」
そして、方針の固まった少女達は手を取り合って、地上を目指す。
「待ってて、オメガ。助けてもらったお礼は―――君を救うことで必ず返すから」
自分達はオメガに助けてもらったと盛大に勘違いしながら。
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