第13話

「コンビニのバイト、やっぱり辞めへんかった方がよかったんかな……」


 深夜のオフィスで、ナオミは独り言を呟いていた。タナカ連合との対立が深まる中、なぜか妙に懐かしく思えてきた夜勤の時間。


「あ、そうや。なんか食べ物買ってこよ」


 近所のコンビニに向かうナオミ。久しぶりに店に入ると、懐かしい蛍光灯の光。そして──。


「いらっしゃいませ」


「あ……」


 レジの後ろに立っていたのは、タナカ連合の幹部、タナカ・ケイスケだった。スーツ姿の彼が、コンビニのユニフォーム姿でレジを打っている。


「タナカさん……ですよね?」


「ヤマダさん!?」


 二人は思わず目を見開く。タナカ・ケイスケと言えば、タナカ連合で実質的な作戦立案を担う人物。昼間は激しく対立する相手が、まさかコンビニのアルバイトとは。


「あの、これは……」


 タナカが言いよどむ。


「私、実は大学院の学費のために……」


 ナオミは思わず吹き出しそうになった。毎日テレビで見る凄んでいる表情からは想像もつかない、申し訳なさそうな様子。


「私も、一ヶ月前までバイトしてたんです。このコンビニじゃないですけど」


「えっ?」


「だから、分かります。夜勤って、なんか色々考えること多いですよね」


 タナカの表情が、少しずつ和らいでいく。


「そうなんです。昼間は会社で必死に反対運動の段取りしてるんですけど、夜になると、ふと考えるんです。これ、本当に正しいのかなって」


「……」


「僕らが『伝統を守れ』って叫んでるけど、その伝統のために苦しんでる人もいるんだって」


 深夜のコンビニ。時折、自動ドアの開く音だけが響く。二人は、レジカウンターを挟んで向き合ったまま。


「実は、私も最近すっごく悩んでて……」


 ナオミは自分の気持ちを話し始めた。コンビニでの深夜勤務中に思いついた突拨なアイデアのこと。それが思いもよらず大きな運動になってしまったこと。


「分かります」


 タナカの声が、不思議と優しい。


「僕も、最初は単なる反対意見のつもりが、気づいたら運動の中心にいて。でも今、ヤマダさんの話を聞いて、なんだか肩の力が抜けたというか……」


 コンビニの自動ドアが開く。深夜の客が二人、三人。タナカはレジ打ちをしながら、ナオミと話を続ける。


「そうだ、ヤマダさん」


「はい?」


「明日、うちの代表のタナカ・ゴロウと話してみませんか? 僕、仲介しますから」


「えっ?」


「対立じゃなくて、対話。それが必要なんだって、今、すごく感じるんです」


 ナオミは、思わず大きく頷いていた。


 翌朝。


「はぁ!? コンビニで!?」


 タロウが目を見開く。


「なんていうか……偶然っていうのは、すごいなって」


 カナコも驚いた表情を見せる。


「でも、これはチャンスかも。タナカ・ゴロウさんとの直接対話ですよ?」


 イトウ教授は、むしろ喜んでいた。


「これこそ、真の社会実験の醍醐味だ。思いもよらない場所での、思いもよらない出会いが、新しい展開を生む」


 その日の午後、タナカ・ゴロウとの面会が実現した。


「お会いできて光栄です」


「こちらこそ」


 タナカ・ゴロウの第一声は、意外なものだった。


「ケイスケから話は聞きました。深夜のコンビニで生まれた発想とは、なんとも粋な」


「えっ?」


「私も若い頃は、よく新商品のアイデアを考えていましてね。深夜の店舗で、ぼんやりとね」


 話は意外な方向に進んでいく。対立するはずの相手と、不思議と打ち解けた雰囲気で。


(なんか、えらい人も、案外普通の人なんやな……)

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