第3章
第11話
記者会見を終えたナオミは、その足でバイト先にコンビニに向かい、退職を申し出た。店長も「よく分からないけれど頑張ってね」と送り出してくれたが、アレは絶対本気で「よく分かっていない」人の顔だったなと、ナオミは感じていた。
事態が急転したのは、その翌日のことだった。
「ナオミさん、大変です!」
朝一番、事務局のスズキが青ざめた顔でオフィスに飛び込んできた。その手には、朝刊が握りしめられていた。
「なんか、あったんですか?」
「これ、見てください!」
一面を大きく飾る記事。『「タナカ連合」結成を宣言─ヤマダ統一化への対抗運動、始まる─』
「はぁ!?」
ナオミは思わず声を上げた。記事によると、大手商社の元副社長、タナカ・ゴロウを代表として、「タナカ姓による対抗組織」が結成されたという。
「なんでやねん……」
携帯が鳴る。タロウからだ。
『ナオミ、見たか?』
「うん……なんか、えらいこと始まってもうた」
『イトウ先生も大騒ぎや。こんな展開、誰も予想してへんかった』
その時、カナコが慌ただしく入ってきた。
「ナオミちゃん! タナカ連合が記者会見を開くみたい。しかも、今から1時間後よ」
「えぇ……もう、そんな……」
会議室のテレビには、タナカ・ゴロウの姿が映し出された。威厳のある体格の男性が、整然と並んだマイクの前に立っている。
「我々タナカ連合は、この度の『ヤマダ化』に断固反対を表明いたします」
ナオミたちが見守る中、タナカの声が響く。
「名字の多様性こそが、日本の文化を形作ってきた根幹です。これを一つの姓に統一することは、文化的アイデンティティの破壊に他なりません」
会見場からは、次々と質問が飛ぶ。
「具体的な活動は?」
「法的措置も検討するのですか?」
「ヤマダ化推進協会との対話は?」
タナカは、一つ一つに丁寧に答えていく。その姿は、素人集団のヤマダ化推進協会とは明らかに異なる貫禄を感じさせた。
「あかん、なんかめっちゃ強そうな敵出てきた……」
ナオミの弱々しい呟きに、カナコが力強く応える。
「大丈夫よ。私たちには、イトウ先生の理論も、キタガワさんの支援も、そして何より、ナオミちゃんの純粋な理想がある」
「でも……」
その時、タロウが飛び込んできた。
「おい、もっと大変なことになってるで!」
スマートフォンの画面を見せる。そこには『サトウ同盟、結成へ─「第三勢力」として独自路線を表明─』という速報が踊っていた。
「なんで、みんなそんな簡単に組織作んねん……」
ナオミの声が震える。タロウは、しかし、意外な表情を浮かべていた。
「いや、これはむしろチャンスかもしれへん」
「はぁ?」
「考えてみいや。タナカ連合は伝統を守る保守派。サトウ同盟は中立派。そして、ウチらが革新派。まさに、日本の縮図やないか」
カナコも目を輝かせる。
「確かに! これ、社会実験としては理想的な構図かも」
「ちょっと待って! なんで、そんな喜んでんの!?」
混乱するナオミをよそに、タロウは既に携帯でイトウ教授と連絡を取り始めていた。カナコは記者会見の準備を指示している。
「あれ? なんか、みんなテンション上がってない?」
ちょっぴり、いや、かなり置いてけぼり感を覚えるナオミだった。
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