命がけのチェス

 ナナが電波塔に攻め込むまであと1日。


 私は、波動を完全にコントロールしていた。


 私は、波動を全身に巡らせることで鎧を着たような防御力を獲得した。


 ブローディアはエアガンで射撃の練習を毎日していた。


 作戦は基本的に私が練っている。


 ....お腹すいたな。


 腹が減った私は空き家を出た。


「...流石に一週間何もしない訳ないよねー。」


 そこには、ナナと、歳をとった男が一人立っていた。


「来ちゃった♡」


 ナナはそう言って、屈服の無い笑顔を見せた。


「会えて良かった。でも今回戦うのは私じゃなくてこの人だよ。明日戦いたいからくれぐれも負けないようにね。」


「ナナさん、残念なことにこのナツキとか言う子は私が倒します。」


「ふふふ、油断しちゃ駄目だよ。じゃ、ナツキちゃん、また明日。」


 そう言って彼女はどこかへ瞬間移動した。


 暇してたしちょっとやってくか。


「で、どこで戦うの?」


「俺と戦うんですね?じゃあ、どこかカフェでも行きますか。」


 ....?


 ナナも今はあんまり目立つことは出来ないはず。


 取りあえず近くのカフェまで行った。




ーカフェー




「俺の能力は簡単に説明すれば、勝負を仕掛け、勝つことで相手の命を奪う能力だ。片方が提案した勝負内容に両方が承諾した時点で、ゲームは始まる。負けた方は強制的に命を落とす。たとえ、それが『Undeadー不死ー』の能力者でも。それが俺の『Ganblerー賭博師ー』の能力だ。」


 なるほどー。


 そして、実はパソコンには付箋が2つあったのだ。


 もう一枚はナナの能力の詳細が書かれていた。


 その中に、死んでから3日以内の死体に触れることで能力を手に入れることができると、書いてあった。


 つまりナナは私の死体が目的だ。


 まあ、勝てば問題はない。


「じゃあ、勝負の内容は?」


「なんでもいい。」


「じゃあ、チェスはやったことある?」


 チェス。


 キングを倒せば勝つというシンプルなルールだが、奥が深いもの。


「チェスか。いいのか?俺の最も得意なゲームだぜ。」


 私より強い自信があるのかな。


「俺は一応パソコンを2つ持ってきた。それでやるということでいいか?」


「うん。」


 そう言って彼はパソコンを2つ取り出した。




ー2分後ー




「よし、勝負は三回だけだ。負けたほうが死ぬ。それでいいな?」


「嗚呼。」


 命がけチェスの始まりだ!


 チェスという遊びで自分の生死が決まってしまうこの状況、日本で普通の高校生をやってたら味わない感覚だ。


 幸せ〜。


 先攻は私。


 キングの前のポーンを2マス進める。


「ちなみに言っておくがもう中断はできないからな。もう負けたら、死ぬしかないんだ。」


「ごめん。私、チェスで負けるだなんて想像出来ない。」


「ほおー?随分と余裕だな。」


「まあね。」


 私達は会話しながらゲームを進めていた。


 彼も中々強いが、私よりチェスで強いやつなんて日本にいないはずだ。


 ゲームを進めていく中で、彼の実力が分かってきた。


 この程度の実力で私に挑んだのか。


「弱いね。その程度実力で私に挑んだの?」


 私の言葉にも動じない。


 ....!?


 今の手、今までのこいつが打つ手じゃない。


 コンピューターでも使ったのか?


 ....本気出そ。


「そっちがコンピューター使うなら本気出すよ。」


「気づくのか...」


 相手のコンピューターは思ったほど強くないな。


 勝てる。


 まあ一応負けたときのことも考えておいたし。


「チェック!」


「マジかよ!このコンピューター一応日本トップレベルだぞ。」


「だから言ったでしょ、私よりチェスで強いやつなんて日本に居ないって。」


 あ、次の手でチェックメイトだ。


「チェックメイト。」


 勝った。


 まず一勝。


 だが、二戦目も今のようにはいかないかもしれない。


「よし、じゃあ早く次にしよう。」


「嗚呼、分かった。」


 相手は顔を引きつらせながら私に答えた。


「じゃあ俺から始めるぞ。」


 彼は最初はナイトをF3に移動させた。


 結構珍しいな。


「今回は負けない。今のところ、日本で最も強いコンピューターだ。」


 そんなもので勝てるのか?


 とりあえずいつも通りに駒を進める。


 やはりさっきとパターンが違う。


 というかイカサマはありなのか?


「ねえ、イカサマありなの?」


 私の言葉に、彼はゆっくりと顔を上げ、答えた。


「ゲームを直接、物理的に邪魔しなければ大丈夫だ。」


 なるほどー、物理的じゃなければいいのか。


 まあ、それは最終手段だ。


「私はちなみにそのコンピューター知ってるよ。中一の時に動画投稿サイトで観た。数年前のコンピューターじゃ私と互角に渡り合えるのが限界じゃない?」


 あのコンピューターが何回か勝負をしているところを観たことがあるが、滅茶苦茶強いというわけではない。


 もちろん、そこら辺の自称プロなんかよりは断然強い。


 でも私が勝てるかどうかギリギリのラインだ。


 それに私のパターンを学習するから三戦目はさらに厳しい戦いになる。


 ここで負ければ私はたぶん三戦目も負ける。


 まずここで勝たなければならない。


 私の駒を動かす手が遅くなり始めた。


「...怖いのか?まあ、当たり前だよな。負けたら死ぬんだからな。」


 ビビってる?


 私が?


 本当に死にそうなところまで来るとビビり始めてる?


 違うでしょ。


 ピンチはビビるものじゃない、楽しむもの。


「確かにビビってる。でも、それもさっきまでの話だけどね。」


 今はもう大丈夫。


「今は最高にこの状況を楽しんでいる。」


 私の思考はクリアになり、頭の回転は速くなり、駒を動かす私の手のスピードがさっきより早くなっていた。


 しかし、それでもやっと互角に渡り合える程度。


 一つのミスで一気に押し込まれ、そのままチェックメイトされそうだ。


 それは相手も同じ。


 だが相手はコンピューター。


 ミスなんて絶対にしない。


 集中力がずっと続くわけではない人間と違って、コンピューターは電気が溜まっていれれば常にその能力で出せる最大のパフォーマンスを出し続けられる。


 つまり、相手のミスを使って勝つことはできないから、実力で勝つしかないということ。


 かなり厳しい戦い。


 お互いの駒が少しずつ減っていく。


 駒が減っていくたびに勝つ確率と負ける確率が上がり、引き分けの可能性が大きくなっていく。


 引き分けるわけにはいかない。


 ここで勝たなきゃ次はない。


 だが、世の中そんな上手くいかない。


 私の手が止まった。


 次の手で、引き分けが確定する。


 もちろん、それを回避できるが、回避したらその次の手でチェックメイトされる。


 クソ!


 しょうがない。


「はい、50手ルールで引き分け。」


 私はため息を吐いてから言った。


「クククッ、引き分けか。次は俺の勝ちだな。それでもまだ楽しいか?」


 気色の悪い笑顔を見せ、そんなことを楽しげに言ってくる。


 コンピューターに頼ってるくせによく喋るジジイだ。


「ちょっと花摘んでくる。」


 私はそう言って、トイレへ向かった。


 危ない危ない。


 あのジジイの言葉で冷静さを失いかけていた。


 私はポケット手帳を取り出した。


 自分が能力者だとわかってから今までに出会った人の情報が書いてある。


 


「じゃあ、最後の対局、始めようか。」


 トイレから戻り、席に着いた私はコーヒーを一口飲んで落ち着いてから、パソコンのマウスを掴み、駒を動かした。


 先行は私で、白。


 私はe2のポーンを前に2マス、つまりe4に動かした。


 チェスにおいて、かなりオーソドックスなオープニングだ。


 目の前のクソジジイはずっとニヤニヤしながらコンピューターに全てを任せている。


「鼻くそでもほじっていれば勝てるだなんて損してるね。」


「そんなこともねえよ。」


 彼は私の言葉を聞いて、フッと鼻で笑った。


 私はずっと押され気味だ。


 ...そろそろかな?


「...!?なんだ!?なんでコンピューターが動かない?パソコンの操作も効かない!」


 思ったより遅かったが計画通り!


「思ったより遅かったから心配したけど、ちゃんと来てよかった。」


 その言葉にジジイは大きく目を見開いた。


「お...お前、何をした!?」


「簡単だよ。さっきトイレに行ったときナナに連絡したんだ。あんたのパソコンは今、ナナにハッキングされてる。」


 私の言葉に、さらに驚いた彼は椅子から転げ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 店員が慌てて対応に来てくれた。


「大丈夫です。この人、ちょっとした遊びで熱くなっちゃうんですよ。なので結構です。」


 それを聞いた店員は分かりましたとだけ言ってどこかへスタスタと歩いてしまった。


「じゃあ、次の手でチェックメイトだよ。」


「え!?」


 彼は絶望の顔を見せた。


 彼は椅子から転げ落ちていたから、パソコンの画面がよく見えなかったのだ。


 私はその顔を眺めながらマウスを握る手をゆっくりと動かした。


 相手の駒はもうゼロ。


 黒のキングがc8、白のルークがh7、白のクイーンがf4、私のキングがc3といった感じだ。


 クイーンをc7に移動させればチェックメイト。


 マウスのカーソルは、クイーンの駒を引っ張って、c7の位置で止まった。


「チェックメイト。久しぶりに強い人やつとチェス出来て良かったよ。あ、もう死んでる?」


 その人はもう死んでいた。


 驚いた表情のまま、机に突っ伏していた。


「会計お願いします。」


 私はその人を空き家まで運んで、死体を隠した。


 チェスの戦いは早く終わったので、まだ時間がある。


 私は作戦実行のための準備を始めた。


 私はチェスの時、ナナに連絡した。


 トイレの中で携帯電話を使った。


 アメリカで酔っ払ったおっさんからパクったものだ。


 私は彼女と取引をした。


 彼女がパソコンをハッキングする代わりに私は明日、電波塔に行って死ぬ気で彼女を止めに行く。


 それが条件だった。


 彼女は私との対決を楽しみにしてる。


 彼女がこの条件で断るはずがない。


 実際に取引に応じてくれた。


 私はテレビ放送局の近くまで行ける新幹線に乗った。


 チェスで頭を使ったせいか、眠気が来た。


「寝よ。」


 私は目を閉じた。

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