第43話 私にしかできないこと

「アリシア、愛している」

初めて、言ってもらえた

「私も、私も愛しています、ご主人様」

それからまた私たちはキスを交わす

お互いしか見えない聞こえない私たちは、だから声を掛けられるまで気づかなかった

「あの、陛下」

「ん?あ・・・」

「ご主人様?あ・・・」

私とご主人様はそろってマヌケな声を出した

見ると、気まずそうにこちらを見ている騎士がいた

「本館内の掃討、終了しました、姫様も、ご無事で」

「う、うむ、ブローチを使ったようだ、たった今戻ってきた」

「ああ、あれですか、役に立ちましたな」

「うむ」

そう言いながら、ご主人様は私を隠すように、声を掛けてきた騎士に背を向けた

「陛下、あの、西側の掃討は終わりました、残った敵はいません、あ、姫様」

「そ、そうか、ご苦労」

「い、いえ・・・」

気まずそうに話すのを私も聞いている

ぞろぞろと、騎士の皆が集まり始めている

中にはもちろん騎士時代の私を知っている人もいる

私はずっとご主人様に抱きしめられている

恥ずかしい

「陛下、この後はいかになさいますか?」

「待て、その前に、私はアリシアと話をする

アリシア、こっちに来なさい」

少し離れたところに、ご主人様が私を連れていく

「いいかよく聞きなさいアリシア」

「はいご主人様」

「お前今からあのブローチを使って城に帰るんだ」

「・・・」

「そして保護してもらうんだ、いいな?」

「・・・」

はいと言えない

「・・・ご主人様は?」

「私は少し遅れる、お前は先に王宮に帰っていなさい

・・・心配するな、すぐ帰るから」

嘘だ

ご主人様は、敵を掃討していくつもりだ

「アリシア?どうした?」

「・・・援軍を連れてきます」

「アリシア!!」

ご主人様が怒った

「俺がいつお前にそんなことをしろと言った!!」

体が固まる

思考ができない

「あ・・・いや、泣くなアリシア、泣くな・・・」

「で、でも、ご主人様は、どうするんですか?」

「・・・私は王だ、仕事がある・・・心配するなアリシア、終わったらすぐ戻るから」

ご主人様は知らない

あの男が生きていることを

この世で最も強いあの男が生きていることを

今この時隣の領から街道を王都に向けて進軍していることを

街道はやがて、橋の手前でこちらの領からの街道と合流する

こちらの手勢は約500

領主の兵も合わせてもせいぜい700

反乱軍は約3000

そして、最強の騎士、最強の剣士、伝説の英雄が、その軍を率いている

ご主人様はそれを知らない

いいえ知っていても、この方はおそらく、戦う

ご主人様は強いから

私を穢したあの男を憎んでいるから

でもあの男の強さは違う

次元が全然違う

ご主人様はそれを知らない


「心配するなアリシア、お前は先に城に帰って、俺の帰りを待て

すぐ帰る

帰ったら、いっぱいいっぱいお前を抱きしめて、キスしてやろう、アリシア」


ご主人様が死んでしまう


ご主人様が


私のアーネストが


誰か


誰か助けて


あの男を誰か、どうか、あの男を殺して


・・・いない、あの男を殺せる剣士なんて


あの男に勝てる剣士なんてどこにもいない


あの男の強さは違う


どんな剣士も敵わない


本当の意味での最強


誰も


誰もあの男には


・・・・


・・・・・いるわ、一人だけ、いる


あの男に勝てる剣士が、一人だけいる


私はその剣士を知っている


誰よりもよく知っている


「陛下、どうかお急ぎを」


「すまない、もう少し待ってくれ、アリシアを」


騎士とやり取りしているご主人様を私は見つめる


もう一度この方に会えるだろうか


唇を噛む


でもやるしかない


私にしかできない


「私は、王宮には戻りません」


「なに、アリシアいい加減に」


ご主人様が振り向く

私がブローチをそっと握っているのをご主人様が見る


「・・・王宮に、戻るんだよな?アリシア」


「・・・」


私は黙って首を横に振る


「・・・アリシア、おい・・・アリシア」


何か


何か言わないと


「ごめんなさい、ご主人様」


ご主人様が私に手を伸ばす


でもその手が届く前に、私はご主人様の前から消えた


私のやるべきこと


私にしかできないことをするために




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