第44話 橋に着いて

「・・・着いた・・・」

あの、引退した中隊長と話をした橋に、私は来た

この橋を越えて、ご主人様のいる領と、あの男が軍を引き連れて来る領に道が分かれる

・・・通り過ぎた気配はない

まだ、来てはいない

急がないと


・・・その前に、指輪を

私は指輪を取り出す

あの男はたぶん嘘を言っていないだろう

この指輪は私の魔力封じを一時的に解呪してくれる、たぶん

私はもう一度、剣を持てる、剣を振るえる、騎士に・・・

・・・

・・・震える、なぜだろう


怖い?

・・・

違う

これは・・・悲しいんだ


魔力を封じられてこの二年、嫌と言うほど、嘲られ、哀れまれた


あのシエルの言ったことは事実だ

私は正規の女性騎士にはなれなかった

身長も体力も基準に全然及ばなかった

魔力無しでは、何もできなかった


ならばと男たちに混ざって必死に頑張ってどんなに功績をあげても、認めてもらえなかった


戦友だと思った男たちは魔力を無くした私を襲おうとした

私は、逃げることしかできなかった

誰も私を戦友だなんて思ってくれていなかった


わかっていた

本当はわかっていた


でも、それでも私は、自分を騎士だと思っていた

そう思うことができていた

二年前までは


でも今の私は、私自身、騎士だと思えない

私自身でさえ、私を騎士だと思えないでいる

・・・

・・・私にもう一度、剣を振るえるだろうか

騎士でなくなった私に、もう一度剣が


・・・いや、できる

できるはずだ


たとえ騎士じゃなくても、剣であろうとする気持ちは、

アーネストの剣でありたい気持ちは、何も変わっていない

騎士じゃなくても、剣であることは、まだ、奪われていない


私は剣だ

アーネストの、ご主人様の剣だ

それだけは、まだ、私のものだ

心折れない限り、私は剣だ


私は一度、二度、三度、深呼吸をした

そして、中指に指輪をはめた


奴隷になってから私に施された魔力封じの呪紋は胸ではなく背中にある

その呪紋が、一瞬、消えた、そんな感覚があった

おそらくは一時的なものなのだろうけれど、でも、消えた

そして、背中から全身へと、戻ってきた

私の、魔力が


私は呼吸を整えた


できる


私は私のなすべきことを、なす、そのための力を今取り戻したのだ






「姫様?なぜここに?スタークの町は今姫様がいなくなったと大騒ぎで」

「中隊長さん・・・」

良かった

この人なら、話を聞いてくれるかもしれない

番所には、この中隊長さんともう一人若い兵がいるだけ

「中隊長さんお願いです、時間がありません、反乱軍がもうすぐここを通ります」

「は、反乱軍?」

「・・・その数は3000、率いているのは・・・ジェラルド・ハミルトン・・・です」

「・・・」

「お願いです、援軍をどうか、呼びに行ってください、お願いです」

中隊長さんも若い兵もポカーンとしている

そうだろう突拍子もない話だもの

あの男が生きてるなんて誰も思わない

私だって実際会わなければ、この目で見なければ、信じないだろう

でも私は実際会ったし、この目で見た、なんなら会話もした

でも、そうでない人は信じないだろう

ましてや私は、先王殺しだとまだ思われている

私の話なんか・・・

「その話は本当ですか?姫様」

「・・・本当です・・・」

信じて、お願い

中隊長さんは、数秒私の顔をじっと見つめた

「承知いたしました、姫様・・・しばし、そう、二時間・・・ほどお待ちください

援軍を連れてまいります」

「・・・信じてくれるんですか?」

「何を、信じないわけがございますまい、騎士だったころの姫様の生真面目さはもう嫌と言うほど知っておりますからな・・・姫様が、こんな大事なことを戯れや嘘で言うわけがございません」

「・・・」

「さ、姫様はこの老いぼれが来るまで、こちらの側にいてもお待ちください、ハサウェイ」

「はい、上官殿」

「私が戻るまで姫様をお守りせよ、いいな?」

「はっ」

心が痛い

私はこれからこの若い兵士を困らせるのだから

中隊長さんは、私がひそかに罪悪感を抱いているのを気づかないで、

「では姫様、しばしお待ちくだされ」

そう言って馬を走らせて行った

その背中が遠く見えなくなって、私は若い兵に言った

「剣はありますか?」

兵は帯剣していたけれど、私はそう聞いた

「はい?」

若い兵は、なんのことだろう?と言う顔をした

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