第42話 私たちがキスをする理由

「ご主人様」

私は領主の屋敷についた

もらったブローチはちゃんと私を領主の屋敷に連れてきてくれた

屋敷内ではなく、屋敷から少し離れた庭をイメージしたからか、私は庭にいた

でも違和感がある


静けさ


なんだか、静かだ

人手を割いて私を探してるということだからだろうか


私は、屋敷の方へと歩き出した

・・・ご主人様を人質にすると言っていた

でも、後れをとるようなことはないはずだ、ご主人様なら


屋敷に入って、まず、血の匂いが、した


人が、あちこちに倒れている


領主の屋敷に勤めている人たちだろうか、それとも、ハミルトンの手のものなのだろうか


区別がつかない


ご主人様は、大丈夫、ご主人様は強いもの


私は屋敷内をおそるおそる歩く


もしハミルトンの者に見つかったら・・・そう思うから


人がいっぱい倒れている


その数は数十


皆斬り殺されている


私は吐き気がした


それは倒れている死体たちのせいじゃない


悪い考えが、浮かぶから


私は悪い考えを必死に振り払う


大丈夫、ご主人様は大丈夫


そう言い聞かせて、屋敷内を私は歩き続けた


ゆっくりと、歩く、でも、王宮を剣を持ちながら走りまわったあの夜を思い出す


嫌な考えがどうしても浮かぶ


大丈夫、そう自分に言い聞かせることもだんだんできなくなっていく


怖くて、怖くて


もう会えないかもしれない


そんな考えがどうしても振り払えなくて


広い屋敷内を私は歩いてさまよった


「ここにもいない・・・」


私は、一度見た広間を、もう一度訪れて、そしてまた別の場所に行こうとした


その時、長い廊下の向こうに、人影が見えた


その人は剣を片手に、じっと下を向いていた


まるで幽霊のように、思えた


ご主人様だった


やっと見つけた、無事だった、良かった


でも私は声がかけられない


ご主人様は、私に気づいていない、でもそれだけじゃない


目が、遠く離れていてもわかるぐらい、目が虚ろだった


ご主人様の目が、ぞっとするような、目だった


だから私は、動けなかった


ご主人様が歩きだす


私のいるこっちにではなく、向こうの方へ、ゆっくりと


ご主人様が、行ってしまう



「ご主人様!」


私は、声を上げた


ご主人様は、ゆっくりとこっちを見た


それから、私を見た


その虚ろな目が私を見た瞬間、私は理解した


ご主人様は、私を探そうと歩いていたんだ、と


ご主人様を探してお城をさまよったあの夜の私みたいに、探していたんだ、と


胸が、張り裂けそうな気がした


あの夜の私のように、ご主人様も私を、探して


ご主人様のタンザナイトの瞳


その瞳がだんだんと、輝きを取り戻していくのが見えた


離れていてもそれがわかる


泣きそうな目になるのが、離れていても、わかる


小さな声で、まるで小さい弟に戻ったような声で、


「アリシア」


私を呼ぶ、世界で一番大切な人


私は、私たちは、お互いに、駆け寄った


慎重に歩いていた


ハミルトンの者がいるかもしれないから


それはきっとご主人様も同じように慎重に歩いていたのでしょうに



なのに今私たちは駆けだしている、お互いに


ご主人様は剣を放り出して


私はたぶん涙でぐしゃぐしゃな顔で


でもお互いを抱きしめあった


「アリシア」

「ご主人様」


お互いを、呼び合う


「お前、けがはないか?大丈夫か?」

「大丈夫です、ご主人様は?」

「俺は大丈夫だ、アリシア・・・アリシア・・・」

ご主人様

私の、ご主人様

少しだけ、いいか?と聞かれた気がした?

私はただ黙って、ご主人様に体を預けた、顔を上げて、目をつぶる

唇が、重なる

幾度も、強く

入ってくるご主人様の舌を私はもう拒まない

怖くて止まるぐらいなら、このまま私を殺してほしい

今のご主人様から逃げるほど嘘つきになるぐらいなら

こんなにご主人様が欲しいのにそれでも逃げてしまうほどの臆病な嘘つきになるぐらいなら

今すぐどうかこの命を奪ってほしい

この一瞬でも離れたくない気持ち、それでも偽ろうとするぐらい私がまだ愚かになるようだったら、

ご主人様

どうかその手で私を殺してください

あなたのものであることを私が一瞬でも偽れないようにしてください

私を永遠にあなたのものでいさせてください

永遠に、あなただけのもので、いさせてください


ああ、そうか、そうなのか

だから私たちはキスするんだ

一秒でも一瞬でも離れたくない

だから私たちはキスするんだ


あなたのいない世界なんかいらない

あなたのいない世界になんか一秒だっていたくない


だから、だから私たちは、キスするんだ


キスしないでは、いられないんだ

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