第41話 帰ったら、いっぱいのキスを

「アリシア、これはお前にしか使えないものだ」

「私にだけ、ですか?」

私はご主人様にブローチを渡された

それは、以前私の血を垂らしたルビーが使われているものだった

「これは、気を付けて使うんだ」

「何に使うんですか?」

「それは・・・」

私はそのブローチの使い方を教えられた

「二回、使えるはずだ、もし何かあったら迷わず使うんだ、いいな?」

「はい、ご主人様」

「おっとあんまりブローチに触りすぎるな、発動したらまずい」

「あ、はい」

「さ、俺がつけてやろう」

そう言ってご主人様は、私の首元にブローチを付けてくださった

「ありがとうございます、ご主人様」

「・・・」

「ご主人様」

そう言った瞬間、ご主人様が強く私を抱きしめて、キスをした

唇を重ねるキス

強く抱きしめられて私は体をよじるぐらいしかできない

それさえも、動くたびに、逃げられないようにますます、強く抱きしめられる

頭がおかしくなる

これじゃ

離れられなくなる

「・・・アリシア・・・」

唇を離して私を見つめるご主人様

たぶん、今、私がキスを嫌がったと誤解している、と思う

私は、どうしていいかわからなくなる

嘘を言うべきか、言わないべきか

もし本当のことを言ったら、この先、今よりもっともっと唇のキスをされるようになる

そう思うと、怖かった

「嫌だったか?」

「・・・」

私は後先考えず首を横に振った

「嫌じゃ、なかったか?」

「・・・」

今度は縦に首を振った

「・・・アリシア」

ご主人様が私を抱きしめる

でも私は必死に抑える

「・・・アリシア、なぜだ?なぜ拒む?」

「・・・今日一日、午後まで、お仕事がご主人様にはあって、私は、我慢しないといけません」

「・・・」

「だからもう許してください・・・お仕事終わるまで私が我慢できるように、もうキスは許してください

でないと、私はまた、わがままを言ってしまいます

お仕事の邪魔をしてしまいます」

「・・・」

ご主人様はじっと私を見つめる

「アリシア・・・」

私の涙を、そっと、拭ってくれた

「わかった、仕事を終える午後まで、俺も我慢しよう」

「ご主人様も私とキスをしたいんですか?」

「当たり前だろう何を言っているんだお前は?」

私一人だけかと思ってた

ご主人様もキスをしたいんだ、私と

「・・・うれしいです、ご主人様」

「・・・午後になったら、すぐにお前にキスをしよう

お前を抱きしめて、いっぱいいっぱいキスをしよう、アリシア」

「うれしいです、ご主人様、約束ですよ?」

「ああ、約束だ、アリシア・・・今日は、気を付けて遊んで来なさい」

「はい、ご主人様」

そういう私のおでこに、ご主人様は、そっとキスしてくださった




それが、今朝のこと




私は今、進軍する反乱軍の馬車に、シエルさんと向き合って座っている

あの指輪

あの指輪はシエルさんが持っている

ハミルトンから渡されたのだ

私は、腕はもう縛られていなかった

この扱いは、なめられているのだろう

でも、好都合だった


「シエルさん、今からでも、その指輪を私に渡して、こちらに味方するつもりはありませんか?」

「・・・」

「今ならまだ、間に合います、あなたの協力をご・・・国王陛下にお伝えします、私が」

「・・・」

「シエルさん」

「そんなにこの指輪が欲しいですか、姫様、そうですよね、これがあれば、また剣を握れますものね」

「シエルさん、だから」

「魔力がないとなにもできませんものね、姫様は」

「・・・」

嘲り

でも今は、それさえも使って、あの指輪を手に入れたい

彼女の手のひらにそれはある

「あなた、戦場に出たことはある?

人を殺したことは、ある?」

「・・・」

シエルさんの表情が変わった

「私はあるわよ?たくさんの戦場で、たくさんの人を殺した

・・・あなたはどう?

戦場に出たことある?

人を殺したことは」

言いきらないうちに、ぶたれた

「人形が、思い上がるな」

「・・・」

「同じ女だってだけで、私とあなたを同じ女性騎士だと思わないで、バカにされたくないから」

「・・・だってそうでしょう?私だって二年前まで」

「あなたは、身長、体力ともに、我々女性騎士の基準を満たしていない

あなたはただ、ずば抜けた魔力でずるしていただけ

男たちに混ざって、騎士として認められていると勘違いしていただけの哀れな女

ねえ姫様?」

「・・・たくさんの人を、殺したわ」

「そう、魔力でずるしてね、第一今の魔力がないあなたじゃ、長剣もまともに振るえないでしょう

そもそも、ちゃんと持てないでしょう?」

その通りだ

魔力がないと私は、長剣を持ち上げることさえ、難しい

魔力さえあれば

「残念ねこれがあれば、また剣を振るえるのに」

そう言って、シエルさんはまた指輪を私の目の前にちらつかせた

「これがあればね」

そう言って笑うこの女に、侮りがあってよかった

私を侮ってくれて良かった

何もできない人形だと思ってくれて良かった

「ほらほらほ」

私は、指輪を奪った

「この!」

また、ぶたれた

私は馬車の中の床に倒れこんだ

「・・・ほら、面倒かけないでください、姫様」

私は立ち上がらない

「ほら、さっさと立ち上がって」

私は、ご主人様からもらったブローチをそっと握った

使うのは初めて

私は今朝ご主人様から言われた言葉を落ち着いて思い出す


『これは、そっと握って、お前が行ったことのある場所を思い浮かべるんだ、

そうすれば、このブローチが、お前をそこへ連れて行ってくれる

二回使えるはずだ

いいかアリシア、俺のいる場所を思い浮かべるんだ、その時俺がいるはずの場所を、

もしなにかあったら、迷わずこのブローチを使うんだ、いいな?』


はいご主人様


余裕の表情のシエルが、しまった、と表情を変える

ざまあみろクソアマ、と私は内心笑う

クソアマが私に手を伸ばす

でも届かない

私の周りは白い光に包まれて、別の場所へと私を連れて行った


ご主人様のいるはずの、領主の館へと


ご主人様のくれたブローチが、私を連れて行ってくれた

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