第36話 ジェラルド・ハミルトン
大勢の、本当に大勢の人の声
ガチャガチャと言う無数の金属音
それらがかすかに聞こえる
「目が覚めましたか?姫様」
「シエルさん・・・」
あの女性騎士
私を人形とわらったあの騎士の名前を私は呼ぶ
「ご気分はいかがですか?」
笑ってそう言う年下の女性騎士
「・・・ここは?」
「隣の領ですよ、姫様の愛しの陛下のおられる領ではありません」
楽しそうに騎士が言う
窓から差し込む日の高さ
あれからおそらく二時間弱
ご主人様は、どうなさっているだろう
悪い考えを私は振り払う
「シエルさん、ご主人様は今・・・」
「さあ?もしかしたら今頃あの街を血眼になって姫様を探しているかもしれませんね
あはは」
楽しそうに彼女が笑う
冷静になれ、私は自分にそう言い聞かせる
自分の置かれている状況をできるだけ理解する
・・・手を後ろに縛られている
足は縛られていないけれど
「何が、目的なの」
「姫様に、王家に恨みを持つものはそれなりにいるということですよ、姫様」
「・・・そのために、騎士になったの?」
「いえ?騎士はもともとなろうと思っていましたから、恨みとは関係ありません」
「・・・なんの恨みなの?」
「・・・ハミルトン、それだけ言えばお分かりでしょう?」
「・・・」
騎士の目が私を睨む
ああ、懐かしい名前だ、と私は思う
懐かしくて、そして、忌まわしい名前
でももうずいぶんと、遠く感じる
「ハミルトンに連なる者はまだまだいるのですよ、姫様」
「それでこんなバカなことを?王宮務めの騎士を捨ててでも晴らしたい恨みなの?」
「・・・バカなこと、か
あなたにとってはそうでしょうね
ハミルトンの人間になっておきながら、一人おめおめと生きながらえてきたあなたにとっては」
ハミルトンの名は、私にとって忌まわしい名だ
ただひたすら、おぞましい名だ
ただ最近は、忘れていた
あれほどおぞましいことをされたのに
あんなに死にたいと願った日々だったのに
なのに最近の私は、ハミルトンの名を、懐かしさとともに思い出すようになっていた
大好きだった伯母様と手をつなぐ・・・伯父様
私を穢したあの男を、懐かしい気持ちで思い出す私がいる
あんなにおぞましい日々だったのに
「なぜあなたは生きてるの?
なぜ、ハミルトンの名とともに死ななかったの?
大勢が死んだ
ハミルトンの血は嫁いだ血以外皆殺された
あの王によって、途絶えた
あなたはハミルトンの夫人になっておきながら、なぜ、王のそばで、ハミルトンを滅ぼしたあの男のそばで、あんなに嬉しそうに笑うの?
・・・恨まないわけが、憎まないわけがないでしょう、姫様」
むき出しの憎悪に私は少しほっとした
嘲りの理由はわかっていたけれど、なぜそこに少し憎悪を感じたのかがわからなかったから
でも理由がわかると、人は安心するものだ
「・・・外で、大勢の人がいるわね・・・大勢の兵が」
「よくご存じですね姫様」
「・・・隣の領は確か、反王政派だったわね」
「隣ではなく今私たちがいる領ですよ姫様」
楽しそうに彼女は笑う
「今度こそ、反逆罪に問われるわ、あなたたちは」
「それはどうでしょうね」
「ジェラルド・ハミルトンはもういないのよ?」
あの人は、伯母様に会えたろうか
「旗印になる人物を欠いたまま、何ができるの、あなたたちはもう負けたのよ
シエルさん」
「それはどうでしょうねお人形さん」
このクソアマ
ああこんな年下にこんな悪態をつくなんて、私は本当に弱くなった
昔はこんなこと内心でさえ思わなかった
7つも年下の同性相手にここまで思うなんて
私は本当に弱くなってしまった
・・・落ち着け私
「まだ何か、あの男に並ぶぐらいの人望を持つ人がいるとでも?」
そんなのいるわけない
この国最強の剣士と誰しもが認めた英雄、ジェラルド・ハミルトン
あの男だからこそ、旗印になりえた
あの男がいないいま、小競り合いは残っていても、もう反乱の怒る可能性は限りなく低くなっていた
私のご主人様は、名君だ
一年前の反乱騒ぎで傷ついたこの国をどんどん回復させていっている
政治のことに私はひとつも口出しなんかできないけれど、皆ご主人様を慕っている、認めている
まぎれもない名君だと
この国はもっと復興し、もっともっと栄えていくだろう
私の、ご主人様がいる限り・・・
「もうあなたたちは負けたのよ、もうジェラルド・ハミルトンはいない、誰も私のご主人様には勝てないわ」
冷静になってみるとご主人様と連呼するのは恥ずかしい
そんなこと思って私は少し恥ずかしくなる
でも、シエルさんはそんな私に気づかず、笑っている、変わらず
「それはどうでしょうか?姫様」
「・・・」
なんだろうこの人のこの余裕は
コンコン、とノックがした
シエルさんは、ドアを開け、何か話をしている
そして、こっちを振り返って、言った
「姫様、姫様にお会いしたい方がいるのですよ、到着なさったそうです」
「・・・私に、会いたい人?」
「いま、来られました」
そう言って、シエルさんはドアを大きく開けた
私は、そこにいる人を見て、息をのんだ
「久しぶりだな、アリシア」
良く通る、低い声で、その男は言った
私は一瞬、その男を『伯父様』、そう呼びそうになった
懐かしい呼び名で
でも軽く頭を振り払って、こう呼んだ
「ジェラルド・ハミルトン・・・」
一年前に謀反を起こし、死んだはずの男が、そこにいた
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