第33話 道中で再会した老紳士
「今の方がずっと、騎士の制服よりもはるかに似合っていますよ、姫様」
50も半ばの老紳士が、私に言う
最後に会ったときにこの人は私を副団長、隊長、騎士殿、と呼んだ
そう呼んでくれた
私はこの人のことを『中隊長殿』と呼んだ
やさしい笑顔は変わらないのに、今は、この人は私を『姫様』と呼ぶ
「・・・ありがとうございます、中隊長さん」
私はちゃんと笑顔ができているだろうか
少し向こうでご主人様がこっちを見ている、優しい笑顔で
だから、私は竦む
『姫様』と顔なじみの紳士から言われて私が変な顔をしたら、ご主人様はきっと、怒るだろう
私は『姫様』と呼ばれることに慣れないといけない
もう、騎士ではないのだから
だから、私は笑顔で答えないといけない、『姫様』と呼ばれたら、笑顔で
「こんなところでまた姫様にお会いできるとは、思いもしませんでした」
「軍はもう退役なさったのですか?」
「ええ、去年のことです、お役御免となりました
今はこちらでこの橋の門番をしております」
大きな跳ね橋のこっちと向こう側にそれぞれ守衛所があって、そこでこの橋を管理しているらしい
去年まで生粋の軍人だった人が門番なのだ、橋を越えて悪いことをする人はまずいないだろう
「大きな橋ですね」
「ええ、わが国でも有数の大きさの橋です
もっとも、今は跳ね橋を上げることはまずないですが」
「え?」
「式典でもない限り、この橋はずっとこのままです
大型船はこの川を通らなくなりましたから」
「新しい運河ができたからですか?」
「ええそうです、大きな船は皆運河を通ります
この川は、今は住民の生活のための川に戻りました」
「少し寂しいですね」
「そうですね」
当たり障りのない話をする
こんな当たり障りのない話でも、私にしてみれば、どこか認められた、認めてもらえた、
そんな気持ちにさせてくれて、だから、私はこういう当たり障りのない話を時々する
でもご主人様の奴隷になってからは、ほとんどお城の中にいるので、こういう話をする機会がない
ご主人様が許さないからだ
でも今日は違う
ご主人様は言った
『アリシア、俺がいいと言ったら、民と話をしてくれ、笑顔で』
『笑顔で、ご主人様、なぜですか?』
『・・・お前の人となりを、知ってほしいからだ、民に』
『なぜですか?』
『アリシア』
『はい』
『俺の民は、お前の民でもある
この国の民は、皆、俺とお前の民なんだ』
意味がわからないことをまたご主人様が言う
それは奴隷の私ではなく王妃様に言うことでしょうに
『アリシア』
『はいご主人様』
『少しずつでいい、慣れて行ってくれ、俺とお前の民に、笑顔で接することを、いいな?』
『はいご主人様』
なぜ、奴隷の私に王妃様に言うようなことを言うのだろう
私はそう思うけれど、ご主人様をまた怒らせる気がするので、何も言わないでおいた
・・・・・
「ま、私のような老いぼれにはちょうどいい閑職です」
「重要なお仕事だと思います、中隊長さん」
私はほんとにそう思う
元軍人だからこそ任されているのだと、もっと誇りに思ってほしい
「ありがとうございます姫様」
中隊長さんは、優しい笑顔でそう言う
「お帰りの際は、また、こちらにお寄りください」
「・・・それは、私じゃなくてご主人様がお決めになることだから・・・ごめんなさい」
「おおそうでした・・・陛下と仲睦まじいご様子、昔の姫様が見たらきっとびっくりするでしょうね」
「今の私もびっくりしてます」
「はははは、姫様のそういうところがまったくお変わりなくて私も安心しましたぞ」
娘じゃなくてもしかして孫娘ぐらいに思ってるんじゃないか
そんな考えがちらっと浮かぶ
それとも騎士の頃の私って今の私と同じぐらいバカだったんだろうか
バカだったんだろうなきっと
中隊長さんに悪意はない
ただ私が少し、こう、もやっとしただけだ
でも、そんなこと私は顔に出さない
いつもそうしてきたように笑うだけだ
それであとは剣を振るうことに専念できたから
今の私は剣を持つことさえもう許されないけれど、でもやっぱり笑うしかない
騎士であることを当たり前に否定される悔しさは、誰にも言わない
ご主人様にも、言わない
そんななことを私は思う
私を騎士として認めてくれる人は、どこにもいないんだって
そんなこと思ってもやっとしてたら
「アリシア」
少し向こうでご主人様が私を呼んだ
ご主人様こそ一番私を騎士として認めない人なんだけど、
今目の前にいる老紳士から優しく騎士であることを否定された私は、
とにかく今すぐ、抱きしめてほしい気持ちになった
一番私を騎士として認めない人であるご主人様に今すぐ、抱きしめてほしくなった
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