第31話 あなたが好きな色は白
「それでいいんですよ姫様」
「え?」
「良くできましたね姫様」
「え?え?」
ご主人様の視察についていきたくて、泣いてわがままを言ったことを私はヘレンに言った
『そんなわがままを言ってはいけませんよ姫様』
そう言われるのを覚悟していたけれど、返ってきた言葉は全然違っていた
「で、でも、冷静になってみると私がついていくとたぶん、
視察の編成とか日程とか大勢の人に迷惑をかけることになるんじゃ・・・」
「そんなことはどうでもいいのです」
「で、でも、けっこうな迷惑になるんじゃ」
「いいのですそんなこと
姫様と陛下は始まったばかりなのですから
姫様はもっともっと陛下に甘えていいんです
むしろ甘えなきゃダメなんです」
「あ、甘える?」
「そう、甘えるのです
陛下に思いっきり甘えるのです姫様
姫様にはその権利
いいえ、義務があります」
「ぎ、義務?」
「はい、義務です姫様」
ヘレンの言うこともご主人様同様、時々意味がわからないことがある
奴隷の私がご主人様に甘える、もっともっと甘える、それが私の義務だなんて
ご主人様は王様ですよ?
奴隷が王様にそんなに甘えていいはずがないでしょう
そういうのは王妃様になる人のすべきことでしょうに
私は奴隷ですよ?
でもなんだかヘレンのテンションがやたらと高いので私は逆らわないでおこうと私は思う
「ああうれしい、やっと姫様もわがままを言えるようになられたのですね」
「わがままはあんまり褒めていいことではないのでは・・・」
「いいのです姫様は、姫様は、わがままをもっと言うべきなのです
今までずっと、わがままを言わないでこられたのですから」
「そんなことはありませんヘレン、私はすごいわがままを言って騎士になりました」
「・・・それはわがままとは言いません、姫様」
「わがままでしょうヘレン」
「いいえ、それはわがままではなく、わがままではなく・・」
ヘレンは唇を噛んだ
「いえ、そんな喜ばしいことがあった日に、ふさわしくないことを言うべきではありませんね
姫様、おめでとうございます
もっともっとわがままを言って、陛下を困らせてあげてください」
なんかとんでもないことをうちの侍女が言っている
王様をもっと困らせろなんて、臣下の言っていいことではありませんよ?
私からご主人様にヘレンがこんなことを言ってましたと言うことはないけれど
「そ、それで明日はヘレンはお休みでしたね?そうですよね?」
「ええ、明日は残念ながら、約束がありまして、姫様についていくことが・・・」
「いえいいんですヘレン、ゆっくり休んできてください
私もご主人様にあまり迷惑をかけないように気を付けて行ってきますから」
「ですから、姫様はもっともっとわがままを言って陛下を困らせて差し上げるべきなのです」
再び語気と圧を強めてヘレンが言う
「もっともっと陛下に甘えて
もっともっとわがままを言って陛下を困らせて
もっともっともっともっといっぱいいっぱい陛下に・・・大事にしていただいてほしいのです、姫様を」
「私はご主人様にすごく大事にしてもらっていますよヘレン」
「・・・姫様はもっと、もっと大事にされてしかるべきなのです
王からはもちろん
臣下の全員からも
国民の全員からも
陛下の隣に立つこの国一番の高貴な女性として、大事にされるべきなのです」
なんか、ヘレンも本当にときどき意味の分からないことを言う
ご主人様の隣に立つ
すべての臣下からも国民からも認められるこの国一番の高貴な女性
それは王妃様となる人のことでしょう?
私は奴隷なのですよ?
・・・そう思うのだけれど
「それで、姫様、視察からお帰りになられたら、どんなだったか詳しくお聞かせくださいね?
約束、約束ですよ?」
そう言ってにっこり笑う私にとって姉みたいな存在でいつも優しい侍女をこれ以上怒らせたくないので、私はただ
「は、はい、わかりましたヘレン、そうします、はい」
とだけ答えた
ヘレンはまたうれしそうに、にっこりと笑った
幾度も幾度も
みっともないと思った
皆が見ているから
私は、若い子が着るような真っ白な柔らかいワンピースを着ている
着ているというか、着せられている
子どもにしか見えない
ゴテゴテの化粧をしてもらった方が、まだ、気持ちが楽なのに
これじゃ子どもにしか見えない
それに引き換え、ご主人様は、もう何年も前から、私より年下に見えなくなっている
私より7歳も年下なのに、私よりずっと年上に見える
ご主人様は今18歳だけど、20か22歳ぐらいに見える
それなのに私は、16歳のまま、時が止まっている
・・・私たちを姉弟だと思う人はいないだろう
少し前までの私を蔑む目はもうなくなっている
あの騎士たちを殺さないでとご主人様にお願いしたことで、皆が私を認めてくれたらしい
皆、すごく優しい目をして、馬車に向かう私を見ている
でも私は知っている
私を25歳の大人だと認めてくれる人はここには一人もいない
みんな優しい目をしている
以前のような嘲りはない
でも私を皆、少女だと思っている
不老だから
年を取らないから
だから、少女だと思っている
平気で、姫様と呼ぶ、笑顔で
私も笑顔で答える
皆いい人だ
でも誰もわかっていない
私は子どもじゃないんですよ、少女じゃないんですよ、おぞましい男とだけど結婚したことのある女なんですよ、
25歳の成人してる女なんですよ
2年とちょっと前まで、この国で一番、魔力あってこそだけど、この国で一番、強い騎士だったんですよ
あなたたちは不老をうらやましいと思うかもしれないけれど、大好きな人がどんどんどんどん大人になって、当たり前に私を追い越して、私よりずっと大人になっていく
それがどんなに怖くて、悔しくて、悲しいかわからないでしょう
叫びたい
私は
私は子どもじゃない
ちゃんと大人の女なんです
あなたたちと同じ、大人なんです
そんな優しい笑顔で、私を見ないで
・・・・・拷問みたいねまるで
私は自嘲しながら歩く
私の行き先には馬車がある
そしてそのそばには、私の大好きな人がいて、私を待っている
私を誰よりも子ども扱いする人が
あの人は私を容赦なく少女に戻す
私の心を、少女に戻す
体に合わせるように、私の心が少女に戻されていく
10代の頃に皆が知る思いを、私に教えていく、容赦なく、絶対的に
私のただ一人のご主人様
世界で一番素敵で、世界で一番残酷で、世界で一番優しいあなた
私の手を取り、あなたは言う
「きれいだ、アリシア」
その一言で、たったその一言で、私の心は一瞬で少女に変えられてしまう
幾度も幾度も、あらがえない力で、私に教える
どんなにあなたが残酷でも、私の望みはあなたのそばにあることだって
それだけが私の望みなんだって
あなたは無自覚に、私に教える
あらがえない、あふれるばかりの、幸せで
あなたは幾度も幾度も、私に教える
思い知らせていく・・・
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