第30話 寂しさをわかってもらえないということ

「え?ご主人様、今なんて?」

「明日から10日ほど視察に出る、と言ったが?どうしたアリシア?」

ご主人様の執務室で私とご主人様はお茶を飲んでいる

お菓子おいしい、一人で食べて申し訳ないけれど、そう思いながらパクパク食べていたら、

いきなりご主人様が言い出した


10日?


え?


10日?


え?え?


「10日・・・ですか?」

「そうだが?おいどうしたアリシア?」


ご主人様の奴隷になって半年ほどたつ

ご主人様が視察に出られるのは、初めてではないけれど

でも、どれもその日のうちにお帰りになられるものばかりだった


「・・・」

「どうしたアリシア?」

「あのご主人様、わがままを言ってもいいですか?」

「いいぞ?なんだ?」

「私も連れて行ってください」

「ダメだ、お前は城にいなさい」

「・・・」

「アリシア、言うことを聞くんだ」

「・・・ご主人様はいつも、私にお聞きになります

何か欲しいものはないかって

何か食べたいものはないかって

どこか行きたいところはないかって

何かしてほしいことはないかって

いつもご主人様は私にお聞きになります」

「ああ、そうだ、お前の望みならなんでも叶えてやる、アリシア」

「なら私を」

「ダメだ」


なんでなんだろう

なんでダメなんだろう

私はそんなわがままを言ってるだろうか

私は奴隷だから、普段あんまりわがままは言わないようにしている

毎日毎日ご主人様と一緒にいられるのに、これ以上何も欲しくないから

それと同じで、その10日間も、一緒にいたいだけなのに


「俺の仕事なんだよアリシア、お前の務めは城で俺の帰りを待つことだ

・・・これからもっとこういうことは増える、慣れておけ

俺の帰りを城で待つのが、お前の務めだ、アリシア

・・・たった10日だけのことだ」


たった?


今、たった、って言った?


え?


たった?


たった、って言ったの?



・・・この認識の違いはなんだろう


なんでご主人様は、たった、なんて言うんだろう


ご主人様は、平気なんだろうか


10日も私に会えなくて、平気なんだろうか


私は、毎日会っていても、会えない時間が寂しいのに


なんでご主人様は、たった、なんて言うんだろう


私は、わがままなんだろうか


ご主人様とずっと一緒にいたい、そう思う


何年も何年もずっと思ってきた


どこに行ってもご主人様のことばかり思った


会いたくて会いたくて仕方なかった


ご主人様の奴隷になってからは、毎日毎日ご主人様のそばにいられる、毎日毎日が夢みたいに思う


だから、我慢しなくちゃいけないこともあるのかもしれない


でも、10日間も、会えないなんて


なのにご主人様はそれを、たった、と言う


たった、10日間だと言う


「おいアリシア、どうした?」


「・・・ご主人様、今日はもう、部屋に戻ってもいいでしょうか?」


「・・・体調が、悪いのか?」


「いいえ、そういわけではありません」


「ならダメだ、ここに、俺のそばにいろ、アリシア、それがお前の務めだ」


務め?


ご主人様のおそばにいるのが私の務め?


だったら


だったらなんで、私を連れて行ってくれないの?


私の務めなら、私をちゃんと連れて行って、ご主人様のおそばにいさせて


私は間違ってない


ご主人様が間違っている、絶対に


「おい・・・アリシア、おい、泣くな、泣くな」


「わああああああ・・・・わあああああああ」


「泣くな、アリシア、泣かないでくれ、泣かないでくれ」


「わあああああああああああああああああああああああああ」


ご主人様が私を抱きしめてくれる


私はこれ幸いとばかりにさらに泣く


泣いて泣いて泣きまくる


いくらでも涙が出る


いくらでも声が出る


だって本当に、本当に悲しいのだから


なんでこんな当たり前のことがご主人様にはわからないの?


なんで私と同じぐらいじゃなくてもせめて私の半分ぐらいは悲しくならないの?


もうとにかくご主人様が憎くて憎くて、私は泣いた


泣き続けた


「わあああああああああああああああ」

「わかった、俺が悪かった、アリシア、お前を連れていく、だから泣くな、泣き止んでくれ」

「・・・本当?」

「ああ本当だ、お前を連れて行く」

「・・・ありがとうございます、ご主人様」

勝った、と思った

泣いてみるもんだなぁ、と思った

昔の私からは考えられないことを今の私はしている

そう思いつつやっぱり泣いてみるもんだなぁ、と思った

「アリシア・・・機嫌は直ったか?」

「はい」

「そうか・・・」

そう言うとご主人様は、じっと私を見つめた

ウソ泣きではない

断じてウソ泣きではない

ただちょっとこれ幸いと思って少し多めに泣いたり、

困らせたいと思って泣いたのも否めないので、

私は少し目を逸らした

「アリシア・・・ほら、こっち向け、いい子だから」

「・・・はい」

涙を、ご主人様が拭ってくれる

私はじっとご主人様を見る

ご主人様はなんだか少し切なそうな顔をなさる

だから私も切なくなる

私は奴隷だから、主が切ないと、私も切なくなるのだ、と思う


お互い見つめ合ってると、不意に、ガッと後頭部をつかまれ、キスされた

私を抱きしめながら、ご主人様がキスをする


唇にキスされるときは、いつもぽーっとなってしまう


でも、頭がぽーっとする一方で、少し冷静な私がいる

最近唇へのキスが増えている

このキスはいったいどんな意味があるのだろう

私は奴隷だから、つまり、ペットにキスするのと同じ心理だろうか

何度考えてもわからない

頭がぽーっとしてるのにそんな冷静な自分もいるのを不思議だなあと私は思う


「アリシア」


ご主人様が熱を帯びた目で私を見る

私もきっと熱を帯びた目でご主人様を見つめ返している、はず


私とご主人様は奴隷と主であって、男女の関係ではない

第一私とご主人様は、ご主人様は認めないけれど、姉と弟だ


だから不思議でならない

この唇のキスはいったいどんな意味でしてるのだろうご主人様は

男女のキスであるわけないし

本当にご主人様のなさることは時々意味が分からない

王妃様の部屋を私に与えたのだってそう

時々まるで私がいずれ王妃様になるみたいなことをご主人様は言う

そんなとき決まって私は「?」が頭に浮かぶけれど、私は奴隷に過ぎないのだから、

それ以上あんまり深く考えないようにしている


奴隷があまり考えすぎるのはよくないことだから

奴隷商人から、私はそう教わった

私は奴隷としてちゃんとできている、と思う


思い上がりも、そんなにはしていない、たぶん

だから、ご主人様は、私を捨てないでくれだろう、きっと・・・


ご主人様はいつまでも私はご主人様の奴隷で、一生ご主人様のそばにいるのだと言ってくれる

私はその言葉を信じている

その言葉にすがっている

でも・・・


時々どうしようもなく不安になる

私は昔と違って、ご主人様の一番になれないことは受け入れている

いずれ王妃様になる人が来ても、私はずっとご主人様のおそばでご主人様の奴隷でいる

ご主人様の奴隷でいられるはず

どんなに切なくても、それでいい

ご主人様のそばにいられるなら、私はもうなんだっていい


もう二度と姉と呼ばれなくたって、そんなことはどうでもいい、どうでもいいんだ

私は一生奴隷でいい

奴隷でいいんだ

ずっと、ご主人様のそばにいられるなら

私は、奴隷でいたい

いつまでもずっと、ご主人様の奴隷でいたい




「アリシア?どうした?」

「え?」

「なんでそんな、悲しそうな顔をする?」

「え・・・」


顔に出てた


「・・・」


私は黙りこむしかできない

とっさに言い訳が浮かばない


「アリシア、俺を見ろ」

「はい・・・」

「泣くな、アリシア、泣くな」

「・・・」

「お前はずっと俺のそばにいるんだから、何も心配する必要はないんだから、だから、泣くな、アリシア」

そう言ってご主人様はまた涙を拭ってくれる


ご主人様は優しい


ほんとに優しい


奴隷の私をまるで王妃様みたいに扱ってくれる


こんなどうしようもない私を


私は、思い上がらないようにしよう、自重しよう、奴隷らしくしよう、そう思う


そう思うんだけれど、

今度みたいにまたいきなり視察に行くなんて言われたら、

また泣こう、連れてってとまた泣こう、

そう思うのも又事実だった


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