第29話 もう会えない、大好きだった人たち

「伯母様、私は、騎士になりたい、騎士様になりたいのです」

ダメ、言ってはダメ、また笑われる

きっと、伯母様だって、笑う

「騎士様になって、アーネストを守りたい、騎士になって、誰よりも強くなって、アーネストを守りたい

守りたいんです

アーネストのそばで、いつまでもアーネストのそばにいて、アーネストを、守りたい

アーネストを守れる騎士に、私はなりたいんです」

笑われる

きっと笑われる

あるいは諭される

やさしく、でも、残酷な笑顔で、私の夢を殺す

大人は皆そうする

伯母様もきっと

「・・・なれるわ、アリシア、あなたはきっと、いいえ必ず騎士になれる

誰よりも強い騎士に、なれるわ」

「・・・伯母様」

「なあに?」

「伯母様は、笑わないんですか?私を」

「どうして笑うの?」

「・・・」

「アリシア、聞いて」

「はい」

伯母様は、じっと私の目を見つめる

その吸い込まれそうなスカイブルーの瞳に私は、体が軽く浮くようなそんな気がする

伯母様の瞳は、空を映しているから

「アリシア、アーネストが好きなのね」

「はい、大好きです、私はあの子が、誰よりも好きです

私は、どこにも嫁ぎたくない、私は、ずっと、ずっとアーネストのそばにいたい、いたいんです」

今度こそわがままだと言われる

私はそう覚悟した

でも伯母様は怒ることも笑うこともしなかった

ただ優しく微笑んで

「叶うわアリシア、あなたのその望みは、叶うわ、きっと」

「ほんとに?」

「ええほんとよアリシア、あなたは騎士にきっとなれるし・・・あなたが誰よりも大切に思うアーネストのそばに、ずっと、ずっといつまでもいることができるわ・・・必ず」

「叶いますか?本当に叶いますか?」

「ええ叶うわ、アリシア、あなたが心からそう願うなら、あなたはきっと、必ず、その夢を叶えるわ

・・・本当よ、アリシア」

やさしかった伯母様

大好きだった伯母様





「そうだ!いいぞアリシア!おっと」

伯父さまが一瞬焦る

私は、意識を集中し、渾身の一撃を・・・届かない

軽くいなされてしまった

「今のは惜しかったなアリシア、だが悪くなかったぞ」

「・・・伯父様」

「意識を一点に集中させ、時間を止めるんだ、アリシア」

「・・・私にできますか?」

「できると思うんだ、教えたとおりにしてるか?

常時魔力を体に流し続ける練習、少しずついい、続けてるか?」

「・・・やっています」

私は伯父さまに言われた通り、身体強化の魔力を毎日毎日鍛えている

自分でも、もしかしたらこれなら、私でもできるんじゃないか、とさえ、最近では思い始めている

叶うかもしれない

騎士になる夢が

叶うかもしれない

「続けなさいアリシア、それを続けるんだ、毎日毎日、続けるんだ

そうしたら、いつかきっと、お前は誰も届かないような高みにまで行けるだろう」

「・・・伯父様ぐらいに、強くなれますか?」

「私か?・・・そうだな、お前次第だな、アリシア」

伯父さまも私を笑わないでくれる

伯父さまは、国一番の騎士だ

王家に連なる血の持ち主でありながら、最強の剣士と誰しもが認める

そんな伯父様が私に稽古をつけてくれる

女で、王女である私に

「一つ覚えておきなさいアリシア」

「はい、伯父様」

「さっき、何がダメだったかわかるかね?」

「・・・」

「アリシア、お前はさっき、自分を焦らせた

違うんだ、焦らせるのは自分じゃなくて、相手だ

相手を焦らせるんだ」

「伯父様は、さっき焦りませんでしたか?」

「いや焦ったよ、おっと、と思った」

「それで、私は踏み込みました、でもダメでした」

「アリシア、相手が焦ったからと言って、自分も焦ってはダメだ

相手が焦った、もしそれが演技で、こちらが焦って攻撃するのを誘うためだったらどうする?」

「・・・大変なことになります」

「そうだ、大変なことになる、戦場では、やり直すチャンスはない

・・・だからなアリシア、よく聞くんだよ、相手が焦っても、それでもこちらは焦ってはダメなんだ

相手の焦りを、途切れさせないようにするんだ」

「相手の焦りを、途切れさせない?」

「そうだ、たとえば、相手が予想もつかないことをしたり、とにかく、焦りを途切れさせないことだ

相手が焦り続けて、そして」

「そして?」

「・・・飛ぶんだ、自分の信じるタイミングで、相手の懐に」

「・・・」

そんなことできるものだろうか

「そんなことできるだろうか、って考えてるね?」

「・・・なんでわかったんですか?」

「お前は演技ができない、素直すぎる性格だ、これはほめてるんだぞ?

アリシア、君はいい子だ、私たちの自慢の姪だよ」


伯父さまは、時々こちらの考えを当たり前みたいに当てて見せる


「演技ができないなら、相手の思い通りにさせてやれ、

相手の読み通りにしてやれ、そして相手の懐に入ってチャンスを伺え」


「そんなこと、できるものでしょうか?」


「できるさ、自分の弱みさえ、利用するつもりで臨みなさい

相手の侮りを、利用するんだ、アリシア」


難しい話過ぎる


「難しすぎる、と言う顔をしてるね、アリシア」


「もう許してください、伯父様・・・」


「はははは、じゃあ稽古はこれぐらいにして、お茶にしようか、さあ、グロリアがお菓子を焼いてくれてるよ、アリシア」


「お菓子」


「ははは、いっぱい食べていきなさい、アリシア」


伯父様は豊かな髭を振るわせて笑う

少し向こうで伯母様が優しく笑う

私たちが伯母様のところまで歩くと、伯父様は木剣を木に立てかけ、伯母様を抱きしめる

そしてお二人は当たり前みたいに、手をつなぐ

そして伯母様は

「さあアリシア、お菓子をいっぱい焼いてあるわ、いっぱい食べていきなさい」

やさしく私にそう言う


今日のことも、アーネストに早く話してあげたい


伯父様と伯母様はね、すごく仲良しなのよ

二人が一緒にいると、気が付くといつも手をつないでいるの

私はお二人を見ているとね、すごく幸せな気持ちになれるのよ、アーネスト

すごくすごく、幸せな気持ちになれるの

ねえアーネスト

大好きな人とずっといつまでも一緒に入られるなんて、すごいことだと思わない?

それってもう、すごいことだと私は思うわ

すごくすごく、素敵なことだと思うのよ

ねえアーネスト、あなたはどう思う?

あなたも、そう思う?

私と同じように、あなたもそう、思ってくれる?

ねえアーネスト

早く今日のことをあなたに話してあげたいわ

あなたにはまだ難しい話かもしれないけれど

でもいつか、ねえアーネスト

私は、あんな風に、あなたと手をつないでみたいのよ

伯父様と伯母様がそうしたように

あなたと、いつか


ねえアーネスト

あなたは、どう思う?



・・・あれから一年後、伯母様は亡くなられた

騎士になった私の姿を見せるという約束を果たせないまま、亡くなった

あの優しい笑顔には、もう会えない

二度と会えない


でも時々こうして、夢の中で会える


懐かしい夢


大好きだった人たち


もう会えない人たち


でも夢の中では、何も、何も変わらず、いつまでも、そこにいる、いてくれる


何も、何一つ、変わらないまま


いつまでも


いつまでも・・・



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