第27話 王とその奴隷のダンス

大広間には、ご主人様だけが待っていた

ご主人様は私を見ると、一言

「きれいだ、アリシア」

今日だって一緒に時間を過ごしたのに、まるで少し会ってなかったみたいな気持ちになる

恥ずかしい

私は真っ白なドレスと、タンザナイトの首飾りだけをつけている

ご主人様の贈り物だ

「では、私はこれで」

ヘレンが一礼する

「うむ、ありがとう」

ご主人様がヘレンにそう言う

ヘレンは私にちらっと視線を向け、また優しく笑った

私はヘレンにいてほしい気持ちと、ご主人様と二人きりになれて嬉しい気持ちとで、

なんだかわけがわからなかった


「さ、来い、アリシア」

ご主人様が私に手を差し出す

「はい」

私はその手を取り・・・そのまま手にキスされた

「二人きりだ、アリシア」

ご主人様がそう言って、笑う

すごく大人びた顔で

私はそれがまた、恥ずかしかった、なぜか



「ご主人様」

「なんだアリシア?」

「・・・下手で、ごめんなさい」

私はダンスが下手だ

むしろ、上手くなりたくないとすらずっと思ってきた

誰ともダンスを踊りたくないと、思ってきた

だから下手でも良かった

下手の方が良かった

でも今は、ダンスをちゃんと練習しておくべきだと、後悔していた

「かまわん、練習だと思えアリシア」

「練習、ですか?」

「ああそうだ、お前はこの先なんどもなんども、ダンスを踊ることになる

臣下たちの前で

外国からの賓客の前で

俺と、踊る、それはこの先のお前の務めだ」


なんだか聞いてると王妃様みたいだ、と私は思った


私は奴隷に過ぎないのに

その役目は私じゃなくて、いつか来る王妃様になる人のものなのに


なのにご主人様は時々そんな風にわけのわからないことを言う

まるで私が王妃様になるみたいな言いかたをする

私が王妃様になることなんてあるわけないのに

私はただの奴隷なのに


でも


「いいな?アリシア、わかったな?」

「はい、ご主人様」


私も今この時を、余計な考え事で逃したくない、だから、

ご主人様の言葉の矛盾をあまり深く考えないようにした

ご主人様が笑う

「いい子だ、アリシア」

私の方が年上なのに、ご主人様はいつも私にそう言う

でも私はそれが、全然嫌じゃない

とてもとても、恥ずかしいけれど

「アリシア」

「はいご主人様」

「・・・覚えておけ、これから先何百回何千回とお前はダンスを踊る

だが、お前が踊る相手はいつも俺だ

俺以外の男には、指一本触れさせない

お前はこれからずっと、俺とだけ、ダンスを踊るんだよ、アリシア」

「・・・ご主人様とだけ、ですか?」

「ああ、そうだ、大勢の人たちの前で、俺とお前は踊る

お前が踊る相手は一生、俺だけだ、アリシア

お前が俺だけのものだってことを、俺は見せつける、すべての来客に」

「・・・」

「わかったな?」

「はい、ご主人様」

ご主人様の言ってることは時々本当に意味が分からない

でも、しっかりしなきゃ

ダンス、覚えなきゃ、ちゃんと

私はそう思う

「おいアリシア、焦らなくていい・・・そうだ、その調子だ、いいぞ」

「・・・ありがとうございます」

ご主人様が私をほめてくれる

嬉しくて顔を上げると、すぐ目の前にご主人様のお顔がある

それは本当に美しいお顔で、私は真っ赤になる前に目をそらす

目をそらすと、ご主人様の大きな腕や手や肩やらが、目に入る


私は今、こんな大きな、だけどこんなに優しい腕の中にいるんだ


意を決してご主人様のお顔を見ると、それはやっぱりすごく美しくて、優しくて


私はまた目をそらす


ぐるぐる踊りながら、なんだか、怖くなる


どんどんどんどん、私がいなくなる


今までの私が

これが私だと思ってきた私が

強かったはずの私が


ご主人様の腕の中にいると、どんどん、いなくなっていく、消えていく


怖い


怖い


こんなに優しい腕なのに、私から私であることを容赦なく奪っていく

そしてそのことをたぶん、この大きな腕の持ち主、ご主人様はわかっていない


ずるい


ずるい


そんな大人びた顔で


私よりも7歳も年下のくせに


こんなに、こんなにも私をおかしくさせて、気づいてないご主人様は、ずるい


逃げなきゃ


早く逃げなきゃ


この腕の中にずっといたら、私は私じゃなくなっていく


なんだかまるで本当に、十代に戻ったような気持ちになる


でも十代の頃の私は、こんな気持ち知らなかった


私が私じゃなくなっていく、こんな感覚


怖くて怖くて仕方ないのに、なのに


私を怖くさせている張本人であるご主人様のこの大きな腕の中に、ずっといたくなる


ずっと、こうしていたくなる


皆、十代の頃、こんな気持ちを知るの?


こんなに怖くて、こんなに幸せな気持ちを、皆、知ってるの?


私は、私は知らなかった、今まで、こうして、ご主人様の奴隷になるまで


こんな幸せなこと、こんな幸せで切ない気持ち、一度も私は、知らずに今まで


「アリシア」


不意に、耳元で、ご主人様の声がした


私は、膝の力が、抜けた


「アリシア!!」


ご主人様が私を抱き支える


たくましい腕と、大きな手で


まるで拷問のように


もうこれ以上私をおかしくさせないで


ご主人様の腕から逃れようとする、反射的に


でも、腕に力が入らない


恥ずかしい


恥ずかしい


許して


「アリシア、どうした、顔が真っ赤だ、もしかして、体調が悪いのか?」


「・・・」


私は答えないでコクコク頷いた


「・・・くそ、知らなかった、すまないアリシア」


そう言いながらご主人様は私を抱き上げた


許して!!

もうほんとに許して!!


「大丈夫です!大丈夫ですご主人様!一人で歩けます!」


「静かにしてろ!今部屋まで連れていくからお前を・・・」


あ、ご主人様本気で心配してる


私は申し訳なって、黙る


ご主人様は足早に、私を王妃様の部屋、今私が使わせてもらっている部屋まで連れてきてくれた


「姫様?陛下?」


「すまないが、アリシアがどうも体調が悪いらしい、休ませてやってくれ」


「・・・・ああ、ああ、なるほど、承知いたしました」


ヘレンが、何度も首を縦に振る


その何もかもを察してるようなところが、恥ずかしくて、頼もしかった


「承知いたしました陛下、姫様はご気分がすぐれないご様子」


「アリシアを頼む」


「お任せください、ですが、本日は時間も遅いですし・・・着替え等もございます、

ですので、今夜は

姫様の部屋にお越しになるのは、陛下」


「わかってる、もう今夜は俺はここには来ない、アリシアを頼む・・・アリシア、ゆっくり休め」


なんだか心苦しくなる、別に体調が悪いわけでもないのに


「はい、ご主人様」


「・・・おやすみ」


そう言ってまた、ご主人様は、私のおでこにキスして部屋を出て行かれた



着替えをしてもらう間に、私はなんだか泣いてしまい

ヘレンに


「ごめんなさい」と何度か言った


ヘレンはただ、にっこり笑って


「大丈夫、大丈夫ですよ・・・良かったですね、姫様」


そう言ってくれた


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