第26話 侍女との会話
「いかがですか姫様?」
ヘレンがそう言って鏡に私を映す
「・・・」
私は言葉を失くす
「ヘレン、私は、25歳ですよ」
「ええ、もちろん知っております、姫様」
「・・・」
やり直してくださいとも言えず
私は軽く途方に暮れた
「これは陛下のご命令なのです」
「ご主人様が?」
私はご主人様のことを誰の前でもご主人様と言う
陛下、と呼ぶことは奴隷の私には許されていないから
「はい姫様
ゴッテゴテの悪趣味な化粧などさせるな、と強く、強くお命じになられました」
ご主人様が命じた
では私は逆らえない
鏡の中の私は、25歳にはどうしても見えない
私は、16の頃から、外見が成長していない
魔力を常時体にめぐらせていた副作用ではないかと言われている
いつまでも年を取らないというのは素晴らしいことかもしれない、たしかに、
でもそれはみんなが同じように年を取らないことが大前提であって、
自分一人だけがいつまでも年を取らないなら、
それは恐怖だ
自分一人だけが取り残される恐怖
・・・
私は軽く頭を振り払う
「・・・もう少し、なんとかできませんか?」
「なんとか、とは?」
「もう少し、その・・・」
「陛下のご命令に逆らうのですか?」
「・・・」
「これが似合ってます姫様には」
「これでは子どもです、ヘレン、私はもう25歳です、
大人です、もうとっくに成人してる大人です」
泣きそうになった
「・・・」
「・・・すみません、少し、むきになりました」
「・・・姫様」
「なんですかヘレン?」
「姫様が、最後にドレスを着てお茶会に出られたのはいつですか?」
「・・・」そんなの忘れた
思い出したくない
「私は覚えておりますよ、12歳のお年でした」
「・・・」
「姫様はお茶会に行きたくないとおっしゃり、それでも御父上の、
先代の陛下がお叱りになられ、泣きながらお茶会に行かれました
・・・あの後、お帰りになられた姫様は、口紅を出してお顔に塗りたくって塗りたくって、泣かれました
もう二度とお茶会に行きたくないと・・・
そんなに嫌だとは、私も含めて、誰も思いませんでした
それからすぐ、姫様は騎士になると言い出され、そして、それ以降、姫様がお茶会に参加されることはありませんでした」
「・・・よく覚えていますね、ヘレン」
「・・・私は、泣きながら口紅をご自分のお顔に塗りたくる、
それしか抗議するすべを持たない12歳の姫様のお顔を今も、覚えています」
私も覚えている
必死だったころを
毎日毎日いつか自分がどこかへ嫁ぐことに怯えて暮す毎日を
「姫様、陛下は、姫様をどこにも嫁がせないとおっしゃっています」
「・・・はい」
「もう、どこかへ嫁がされるなどと、怯える必要はないのですよ
安心して、陛下のおそばで、陛下の望まれるようになさっても、いいではありませんか」
「・・・」
ヘレンはわかっていない
「私は、姫様に、少女時代を、取り戻してほしい、そう願っております」
大きなお世話だと言いたくなった
私は後悔なんかしていない
「・・・私は、25歳です、ヘレン、もう子どもではありません」
ヘレンは笑った
こちらの気持ちなんか何一つわかってない様子
「ええもちろん、まだデビュタントもしてないような子どもとは私も思っておりません
ですが、姫様は急いで大人になられてしまった
ちゃんと少女として過ごすことなく大急ぎで大人になってしまわれた
・・・私は姫様に、少女時代を取り戻してほしいのです・・・陛下のおそばで、姫様に」
「・・・」
「姫様、今の姫様は、毎日毎日が幸せではありませんか
毎日毎日、陛下のおそばでいられて
もうどこにも嫁ぐ心配なんかしなくていいのですよ?
陛下のもとにずっといていいのですよ?
なら、もう一度」
「やめて、やめてくださいヘレン、もうやめて」
そう言って話を遮ろうとしただけだったのに
私は涙が急に溢れた
「やめて、もうやめて」
ヘレンにそう言っても仕方ないのに
ヘレンにそう言っても涙なんか止まらないのに
私は不老だ
明らかにおかしな女だ
大人びた女性の年齢を聞いてそれが私より年下でないことを知るたびにホッとするような変な女だ
私より年下で私よりずっと大人びた女性を見るたびに目をそらしたくなるような女だ
まともじゃない
それに、私は不妊だ
それを知ったのはあのおぞましい男のもとにいた時だ
これであのおぞましい男の子を孕まなくて済む
私は神に感謝した
私を孕ませようとするあのおぞましい男の子を産まなくて済む
いくら神に感謝しても足りないぐらいだった
でも、それが、今はなぜか苦しい
どこにも嫁ぎたくない
そう願っていたころの私が実は不妊だと知ればどんなに救われたろう
でも今の私は、私の体が、欠陥品に思える
女として、欠陥品に思える
女として生きたいなんて思ったことはない
なのになぜ、なぜなの?
なんでこんなに私は悲しいの?
不妊であることが今の私はすごく辛い
こんなこと今までなかった
なんでかわからないけれど、奴隷になって、ご主人様のおそばにずっといるようになって、毎日毎日が幸せなのに、時折自分がすごい欠陥品に思えて、どうしてもそう思えて、ここにいていいのか、ご主人様のおそばにいていいのか、そんなことばかりを思ってしまう
不妊だけじゃない
私の体は汚れている
どうしようもないぐらいに汚れている
私の意思じゃなった
私にはどうしようもできなかった
でも私はもう汚れてしまった
どうしようもないぐらいに汚れてしまった
こんな私が本当に、いていいの?
ここに
ご主人様のおそばに、いていいの?
・・・
いたい
ご主人様のおそばにいたい
どんなにみっともなくても私はご主人様のおそばにいたい
いたい
いたい
そのおそばにいたい
でもでも
「・・・姫様」
やさしく抱きしめられた
「まだ時間があります、やり直します、ご安心ください、目元だけですからすぐ済みます、ゴテゴテさせてませんから、すぐ済みます、ご安心ください」
「・・・ごめんなさい」
ふっと、ヘレンが笑った
「さあ、目元を直し終えたら、参りましょうね
姫様の大切なご主人様が、お待ちですから」
そうだった
これからご主人様に会うんだ
これから、一緒に、踊るんだ、ご主人様と
そう思ったら、恥ずかしくなった
ヘレンは、また、ふっと笑った
ヘレンと私はそんなに年は離れていないのに、なんだか、ヘレンが私より10は年上のような、そんな感じがした
でもなんだか、とても私は、安心した
ヘレンが微笑んでくれることに、安心した
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