第23話 剣になりたかった、あなたを守る剣に
銃で撃たれた怪我はもう治っていたけれど、でも、私はずる休みを続けていた
弟が、王宮にいろと言うから
もう外に出るのは許さない、そう言ったから
私は弟が私にそう怒るのが嬉しくて、言われた通りにしていた
私は王宮の中を毎日毎日、弟と一緒に過ごした
全然そんな必要ないのに、私に手を差し伸べて、私の手を握って歩いてくれる弟
私はただそれだけで、嬉しかった
これじゃだめだ
私は剣なのだから早く仕事に戻らなくちゃ
そう思ったけれど、でも、
私は弟ともっと一緒にいたかった
今日は外国からのお客様のお相手をするから、そう言われて今日は私は一人で過ごした
一人で歩く王宮は、つまらない
でも、弟はもう王の仕事を引き継ぎ始めていて、邪魔していいものじゃなかった
私は庭園を歩いていた
すると、弟の声がした
私は、いけない、お仕事の邪魔になる、そう思ったけれど、弟の仕事してるところを見たかった
陰からこっそり見てみようとした
そうしたら
弟が、知らない女性と一緒にいた
楽しそうに、話をしていた
私は、なんだかとても苦しくなって、その場を離れた
見るんじゃなかった、そう思った
なんでかわからないけど、涙が溢れた
それから、しばらく、中庭に隠れていた、一人で
弟に会いたくなかった
何度も何度も、弟が別の女性と一緒にいるのが浮かんで、振り払えなかった
そして思い出していた
弟に、隣国のお姫様から結婚の打診が来ていることを
弟は受けないと言っていた
でもお父様は乗り気で、それに、弟は王になるのだから、現実的な判断をするはず
でも弟は笑ってこう私に言ってくれた
『僕はまだまだ結婚しませんよ姉上』
私もそれですごく安心して、忘れていた
でも、さっきの弟は、すごく、楽しそうだった
あの人がきっと、弟に結婚を打診してきたお姫様だ
私と違って、とても大人びていて、弟と一緒にいても見劣りしない
私とは違う
どうしてもどうしてもその姿が払えなくて、私は一人で、泣いていた
「姉上、ここにいたんですか?」
弟の声が、した
「アーネスト」
「・・・」
私が顔を上げると、弟は険しい顔をした
「・・・何があった?」
「え?」
「何があった?なんで泣いている?なんで泣いているんだ?」
私は、泣いていたのを思い出した
「おい、なんで泣いていた?何があった?」
「・・・何でもないわ」
「・・・何があった?言え、アリシア」
なぜか名前で呼ばれた
「何があったんだ?アリシア」
弟が、私に近づいた
私は肩をつかまれる予感がした
今弟が私に触れたら、涙がまた溢れる気がした
「触らないで!」
弟は私に近づけた手を止めた
「いちいち立ち入らないで、あなたには関係ないわ、弟のくせに」
なんだか嫌だった
今はどうしても私に触れてほしくなかった
あのお姫様と話した口、視線を交わした目、エスコートした手
そのどれもが、嫌だった
嫌で嫌で仕方なかった
「・・・・わかった」
そう言って弟は、私に背中を向けた
そして歩いて行った
私はそれから、部屋に戻って、考え始めた
気づいてしまった
私は剣でありたい
弟の、アーネストの剣でありたい
いつまでもずっと、弟のそばで、弟の剣でありたい
弟だけの剣でいたい
どこにも嫁がず、ずっと、アーネストのそばにいたい
アーネストの剣として、アーネストのそばに、ずっと
私はそう願ってきた
でも、違った
私がどんなに願っても
このままどこにも嫁がずにいられたとしても
このままずっとアーネストのそばに
アーネストの剣としてアーネストのそばにずっといられても
アーネストの一番そばには、いつか、私じゃない別の女性が立つんだ
私じゃない別の女性が、アーネストの一番そばに、いつか、立つんだ
アーネストはその人の手を取るんだ
いつか、きっと、そうなるんだ
剣でしかない私は、アーネストの一番にはなれないんだ
アーネストの一番そばには、私は、行けないんだ
私は、それを気づいてしまった
私は剣でしかない
剣でしかない私は、私は、いつか、いつか
私じゃない誰かと並ぶアーネストの姿を、見ないといけないんだ
笑って、笑顔で、二人の姿を見ないといけないんだ
私は、そう、気づいてしまった
気づいてそして、私は逃げることしかできなかった
姉として、最低なことを私は選んだ
・・・・公爵の、ハミルトンは、私を姪のようにかわいがってくれていた
私は彼に、婚約の打診をされていた
父より年上の彼の後添え
それは、国内の反王室派を抑える意味があった
反王室派は、公爵家に近い者が多かった
もし私が公爵家に嫁ぐなら、彼らを抑えることができる
私は彼に言われた
『形だけの結婚だ』
『誰とも結婚したくないならこの老いぼれを使うと良い』
『妻とも死別して長い、今更嫁が欲しいとも思わん』
『いつでも、頼ってほしい、可愛い姪なのだから』
そう言ってくれた
もし、国内の反王室派を抑えることができるのなら、国内は安定する
そしたらわざわざ今、隣国から弟に妃を迎える必要はなくなる
それに
弟のため、という言い分も持てる
弟のために、嫁ぐ姉、になれる
私は、父に言った
「いいのかアリシア?」
「はいお父様」
「たしかにジェラルドなら、安心して私も娘を任すことができるが、しかし
私よりも年上なのだぞ、あいつは、いいのかアリシア?」
「私だって、王家の娘です
この国のために嫁ぐのが、務めです
それに、外国に嫁ぐんじゃないから
だから安心です」
「そうか・・・」
父は納得している
私はよくもまあこんな嘘が次から次へと言えるものだと自分でもおかしかった
私は自分のために、公爵家を利用しようとしてるだけなのに
それなのに、いい娘いい姉を演じてる、そう信じさせている
なんて嘘つきだろう
騎士の風上にも置けない
しかもまだ終わりじゃない
「だからお父様、お願いです、私が嫁ぐから、弟には、アーネストには自分で自分の妃を選ばせてあげてください
弟は、隣国ガルドからの姫君との結婚に前向きではありません
・・・嫌だと、言っていました
結婚したくないと」
なんて最低な姉だろう、私は
「なんと、そうなのか」
「はい、私にこっそりと打ち明けてくれました
でも、国のために、仕方ないと・・・」
最低の姉だ、私は
「そうだったのか・・・」
「ですのでお父様、アーネストの結婚の話は進めないで上げてください」
「・・・うむ、よく教えてくれたアリシア、父親として間違うところだった
わかった、ガルドからの結婚の打診は、断ろう、よくぞ教えてくれた、アリシアよ」
「それとお父様、もう一つお願いがあります、いえ、あとふたつ」
「なんだ?」
「私が今ここで話したことを、アーネストに言わないでほしいのです
もしあの子が知れば、優しいあの子はきっと自分を責めます
私を自分のために犠牲にしたと、きっと考えます」
「うむ・・・」
「だから、このことはお父様の決定として、アーネストには何も言わないでほしいのです」
「・・・・わかった、アリシア、約束しよう、私の決定だ、アーネストにはそう伝えよう」
「ありがとうございますお父様」
「うむ・・・もう一つあると言ったが、それはなんだ?」
「はい、私が嫁ぐことは、アーネストには言わないでほしいのです」
「それは無理だアリシア」
「でも言えばあの子は反対します、そして、私の代わりに自分が妃をもらうと言い出しかねない」
「確かに」
「だから、私が嫁ぐ少し前に、あの子に話してください
私も内緒で、準備を進めますから
幸い伯父さまも、身一つで来ていいとおっしゃってましたし」
手紙でも確認した
白い結婚だと
中身を伴わない結婚だと
伯父さまはそう約束してくれた
「うーむ・・・」
「お父様、お願いします」
「・・・わかった、お前の言うとおりにしよう、アリシア」
これで、話は決まった
私は、怖いと思った
こんな風に自分の未来を決めることが
でも、形だけの結婚だし、それに、いつだってここに戻ってこれる
・・・・・私は、最低の姉だ
今弟が誰かと婚約するのを止めても、いつかきっとあの子は誰かと婚約し、結婚するときが来る、これはそれを先に延ばしただけのことでしかない
あの子はいつか、誰かと結婚する
私はそれを止めることはできない
第一そんなこと考えてはいけない
姉が、弟の結婚を、幸せを邪魔することなんて
でも、でも、、私は嫌だった
どうしても嫌だった
弟の隣に、誰かが立つこと
私ではない別の女性が、そこに立つこと
私はそれを見たくない
どうしても見たくない
たとえ先延ばしにしかならなくても
それでも私は見たくなかった
どうしても、見たくなかった
剣に、なりたかった、あなたを守る剣に、あなたの剣に 6
「私は、剣になりたかったんです、あなたを守る剣に、あなたの剣に・・・ご主人様」
なりたかった
でもなれなかった
私は卑怯な姉にしかなれなかった
そして、バカだった
あんなおぞましい男を信じた
信じて、そして、そして・・・
「アリシア・・・泣くな、泣かないでくれ」
私は汚い
汚れている
汚れてしまった
この体はもう、どうしようもないぐらいに、汚れてしまった
「アリシア・・・泣くな」
ふっと、ご主人様が、私を抱きしめてくれた
私はこんなに汚れているのに
私は自分が汚れていることを隠しているのに
何にも知らないご主人様は、私を抱きしめてくれる
私はこんなに汚れているのに
「・・・お前は二度と、騎士にはならない
俺が許さん
二度とお前に剣は握らせない
逆らうな、アリシア」
「・・・はい、ご主人様」
「・・・そういえば、二年前」
「はい?」
「さっきの話の頃、来客があった」
「ガルドのお姫様でしょ?」
「そうだ、よく覚えてるな」
「あれから、あの方に会いました?」
「いや、会ってないな、あれきりだ」
良かった
もう会わないでくれていた
「おい、アリシアどうした?
・・・少し機嫌が直ったな」
「え?」
「今お前、少し笑ってるぞ」
「・・・」
なんて卑しいのか、私は
どこまでも、浅ましい
「・・・そうですか」
「ああ、機嫌が良くなって良かった」
ご主人様が笑う
私も、笑う、少し誤魔化して
「それでアリシア、あの時、俺はお前が部屋にもどこにもいないので、探したんだ
・・・そしたらお前が、中庭で、泣いていた」
「・・・あの時は、申し訳ありませんでした、ご主人様」
「・・・いや、いい、許そう、昔のことだ
だがアリシア、二度と、いいか二度と」
「ご主人様?」
ご主人様が私の肩を両手でつかむ
私は少しも身動きできなくされた
怖い
目が、違う
さっきまでの、優しい目と違う
「・・・二度と、俺を弟扱いするな、俺を怒らせるな、アリシア、いいな?」
「はい、ご主人様」
「・・・怯えさせて済まない」
「い、いえ、悪いのは私ですから」
私は震えていた
ご主人様が、怖かった
「・・・アリシア、なぜ、お前はあの時泣いていたんだ?」
「え・・・」
「お前はなぜ、あの時、泣いていたんだ?」
「・・・・」
言いたくない
言ったらきっと、気づく、あの人との結婚を私が邪魔したことを
そしたら、きっと、ご主人様は、私を、憎む、嫌う
そしたら、私はもうきっと、ご主人様のおそばにいられなくなる
「アリシア?おい・・・アリシア、いい、言うな、言わなくていい」
「も、申し訳ありません、ご主人様」
「言わなくていいんだアリシア、いいんだ、お前が今、そしてこれからもずっと俺のそばにいるなら、それでいい
だから、言うな、言わなくていい、アリシア」
ずっと、そばに
「本当ですか、ご主人様、本当に私、ご主人様のおそばにいていいんですか?」
「いい悪いじゃない、アリシア、お前は一生、俺のそばにいるんだよ、これは絶対命令だ
お前は一生、俺から離れることは許されないんだよ、アリシア」
「・・・」
「アリシア?」
嬉しい
「アリシア?おい」
「嬉しいです、ご主人様、嬉しいです」
嬉しい
嬉しい
「もう休むか?それとも、まだ何か話すか?」
「私、ご主人様に会いたかった、ずっとずっと、ご主人様に会いたかった
あの、あのおぞましい男に嫁いで、あんな、あんなおぞましいことを、されて
でも逃げ出せなくて
言うとおりにするしかなくて
どうしていいかわからなかった
何度も何度も、あなたを思った
あなたに会いたくて
でもあなたを思っちゃいけないと思った
私はもうあなたを思っちゃいけないと思った」
「アリシア?」
「毎日毎日毎日毎日あなたを思った
あなたのもとに帰りたくて
でもそんなこと許されなくて
あの男は私をずっとずっと・・・」
思い出したくない
でも止まらない
「・・・アリシア」
「私、私」
「アリシア待て、待てアリシア、待て、ちょっと待て
お前、ハミルトンを、愛していなかったのか?」
「え?」
「ハミルトンをお前は、愛してなかったのか?」
「・・・」
「アリシア?」
「・・・なんで?なんで私が、私があんな男を
私があんな男を愛するわけがないでしょう」
「でも、お前は父への手紙に」
「あの男は言ったわ、私に、妻になれと
本当の妻になれと
白い結婚だと言ったのに
何もしないと言ったのに
私を姪だと言ったのに
あの男は、私に言った
私の魔力を封じなければみんなが不安になるって
だから魔力封じの首輪をつけろって
私はそう言われて、言われた通りにした
でもつけたとたんに、あの男は笑った
楽しそうに笑った
そして言った
今夜は初夜だって
私は冗談だと思った
でもあいつは本気だった
私は逃げられなかった
力が全然違っていた
あの男はずっと笑っていた
あの男は、あの男は」
「アリシア・・・もういい、言うな、言うな」
「あの男は」
「言うな!!」
大きな声で、私は我に返った
私今、何を言ったの?
「・・・・俺は、俺はなんてことを・・・」
「ご主人様?」
「・・・」
ご主人様がじっと私を見つめる、それから目を細めて、そらした
私から目を、そらした
私から、目を
やっぱり
やっぱりもうダメなんだ
私はもうダメなんだ
もうこの汚れた体じゃ、ダメなんだ
ここにいちゃ
ご主人様のそばにいちゃ・・・ダメなんだ
「ごめんなさい・・・言わなくて
言ったらきっと、ご主人様が、私を嫌うって、そう思ったら、言えなくて」
「・・・アリシア」
「やっぱり、ダメですか
私じゃもう、ダメですか
こんなに汚れた体じゃもう、ダメですか
あなたのそばにいちゃ、ダメですか」
「アリシア、違う、違うんだ、アリシア」
抱きしめられた
「俺は勘違いしていた
お前はあの男を愛してるのだと勘違いをしていた、ずっと」
「なんで、なんでそんなこと、なんで、ひどい」
「すまなかった、すまなかったアリシア、すまなかった」
「私が、私があんな男を、あんなおぞましい男を、なんで、なんで」
自分でも止められない
私は奴隷なのに
ご主人様を困らせちゃいけないのに
「アリシア、アリシアすまない、アリシア」
奴隷としてこんな態度じゃいけない
そんな思考が頭をかすめるけれど
でも今は、今だけは、止まらなかった
聞いてほしかった
ご主人様にだけはわかってほしかったから
あんな男を愛することなんか絶対にないことを、ご主人様にだけは、わかってほしかったから
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