第18話 友達

私には友達がいない

貴族令嬢たちとは、話をしたくなかった

いつだって、令嬢たちといると、私もいつか、どこかに嫁ぐ運命なのを感じて、嫌だったから

だから私は騎士になりたいと言った

皆が冗談だと思った

父も、私が騎士になりたいと言ったのを冗談だと初め思った


私は自分の未来を思って、どこぞの男に嫁ぐことを思って、怖くて怖くて、自分を鍛えた

そんな中、自分の魔力『身体強化魔法』に目覚めた

私は、この魔力に賭けた

私は『身体強化』を日常生活でも途切れないように鍛えて鍛えて、そして、16歳でとうとう、騎士見習いにしてもらえた

そこからは夢中で、皆に認めてもらおうと、がんばった

誰よりも先に戦い

誰よりも多く敵を倒し

そして、私は、認めてもらえた

副団長の一人にまでしてもらえた

自分でも剣を振るうしか能のない女だという自覚はあった

でもそれでよかった

騎士でいる間はいずれどこかに嫁ぐ未来を忘れていられる

騎士でいさえすれば

私は私の未来から目をそらし続けた

23歳まで、ずっと

もしかしたらこのままずっと、嫁がなくても済むかもしれない

ずっと、このまま、ここに

弟のそばに

アーネストのそばにいられるかもしれない

そんなことを思っていた

そうなれたらいいと心から願った

でも、アーネストに、婚約の打診が隣国から来た

お父様は乗り気だった

アーネストも、私よりずっとはるかにしっかりしていて、だから、きっと


ちょうどそのころ、あの男から私に婚姻の申し出があった

あのおぞましい男から

あの男は人望があり、父に不満のある貴族たちが旗印にして謀反を起こす可能性もあった

私は、役に立ちたかった

父の、弟の

それに小さいころから私を姪のようにかわいがってくれた伯父さまなら、そう思った

それならきっと、私に、男女の関係を求めないでくれるかもしれない

そう思った

バカだった

本当にバカだった


・・・

あれから、あの男の一族は、小さな子供も含めて皆殺された

私は、生きている

卑怯だと思う、自分でも

私一人生き残って

冤罪さえ晴らせないで皆から憎まれて蔑まれて

でも、こうして、アーネストの・・・ご主人様のそばにいると、

生きたくなる

生きていたくなる

ご主人様のそばに、ずっと、居たい、今度こそ、ずっと

姉でも王女でも騎士でもない、私はもう奴隷だけど

でも、あの方のそばにずっと、居たい

私は、あの方のそばに、居たいんだ、どうしても





「ここいいかな?アリシアちゃん」

食堂で私に話しかけてきた人はシズさん

シズさんは、お年は30代、平民の方だけれど、家政婦としての腕を買われて最近王宮に雇われた方

私が嫁ぐ前にはいなかった方

「はい、どうぞ・・・私にわざわざ言う必要なんかありませんよ」

「あはは、アリシアちゃんとご飯食べたいのに、アリシアちゃんにいいって言ってもらわないわけにはいかないでしょう」

そう言ってシズさんは笑う

「あんまり食べないね?もっと食べよ?アリシアちゃん」

「はい・・・」

この後、午後からたぶん、ご主人様に呼ばれる

そして、多分お菓子をいただく

そう思うと、あまりお昼は、と

「アリシアちゃん、いいことあった?」

「え?」

「何かにこにこしてるから」

「・・・」

顔に出てたんだ

「何?真っ赤になって?もしかして好きな人でも」

「そんなんじゃありません」

私はきっぱり否定する

相手は、私のご主人様とはいえ、私の、私の弟だ

ご主人様に会えるのはうれしい

でも、恋人とは違う

私はずっとご主人様のことが好きで、ずっとそばにいたくて、でもそれはあの子がずっと小さいころからのことで、

だから、これは、姉としてご主人様のことを思うのは奴隷の私には本当は許されないことだけど、でも、これは家族愛だ

男女の愛じゃない

「ご、ごめんね、ごめんねアリシアちゃん・・・」

シズさんがしゅんとしてしまった

「いえ、こちらこそ、ただ、あの、この後、午後は、ご主人様にたぶん、呼ばれると思うんです

それが嬉しくて、私」

「ああ!そっか、そうだった」

「・・・はい」

「毎日毎日会ってるのに、そんなに嬉しい?」

「はい、嬉しいです」

ああ

こうして嬉しいことを嬉しいと言える、聞いてくれる人がいるのはなんて幸せなんだろう

「そう、良かった」

シズさんは目を細めてそう言う

シズさんは、私に声を掛けてくれる、いつも

私のせいで迷惑をかけてないだろうか、そう私は不安になる

そのことをシズさんに言ったことがある

でも、シズさんはそんなの全然平気だと言う

『それよりあたしは、アリシアちゃんと友達になりたいからね』

そう言ってくれた

でも迷惑だろう、そう思う、それでも、こうして私に話しかけてくれて、

こうして話を聞いてもらえるのが、私は本当にうれしい

「ありがとうございます、シズさん」

「うん?なにが?」

「話を聞いてくださって」

「そんなの、こっちこそありがとうだよ、アリシアちゃん」

そう言ってシズさんはまた笑う

私も、笑う


さあ、ご飯を食べたら洗濯物を干さないと

午前中は雨が降って干せなかったから

ご主人様が私をお呼びになる前に、終わらせないと





シーツを干す

いっぱいあって、終わらない

でも、雨が上がってこうして洗濯物を干せるのは、楽しい

私は一枚一枚シーツを干していった

丁寧に、丁寧に


「副団長」


私を、呼ぶ声がした

ここには私しかいない

私を呼んだのだ、今の声は

『副団長』と、懐かしい呼び名で


振り返ると、そこには、騎士だった時の同僚たちがいた


私は、嬉しかった

私を副団長と呼んでくれる

今も


私は、歩み寄ろうとして、止まった


同僚たちは、男たちは、笑っていた


ぞっとする、笑みで


おぞましい、笑みで


「どうしました副団長?」


にやにやと男たちが笑う


4人


私を囲もうとしている



私は、逃げた


すぐ後ろから、男たちが私を追いかける声がした、笑いながら、男たちは私を追ってきた


私は全力で走る、ぬかるみに足を取られながら


でも男たちは、簡単に私に追いつく


私は必死ですり抜ける


男たちも私をわざと、逃がす


助けを求めようと思っても、声が出ない


声が


ただ目の前の男たちに捕まらないように


それしか考えられない


それしか


怖い


まさか、騎士を怖いと思う日が来るなんて


騎士を怖いと思う私は、二度と騎士に戻れない


二度と戻れない


涙がまた流れる


怖い


助けを呼ばないと


ご主人様、と大声で叫べれば

ダメ

ご主人様に迷惑をかけちゃいけない

迷惑にをかけちゃいけない


逃げないと


ご主人様、助けて

ダメだってば、自分でなんとかしないと


ほらまた余計なこと考えてるから、今軽く手首をつかまれた


わざと私を逃がして、ほら、あんなに笑って


私は、遊ばれていた


男たちは、私を囲んでは、逃がし、私は、逃げられる方へ方へと逃げるしかなかった


ああ、誘導されている



どこに?


ああ、森の中


あそこはいや


あそこに入ったらきっとつかまる


でも


でも他に逃げ道がない


捕まったら結局は森の中に連れ込まれる


だったら、捕まる前に森の中に入れば、まだ、なんとかなるかも



男たちの楽しそうな声がすぐ背中に来ている


私を追いこんで楽しんでいる声



私は、それでも、逃げるしかできない


にげきれるわけない


でも


他にはどうしようもない


ご主人様

助けて

助けて

ご主人様



そう心で思いながら私は森に入った


森の中はもっとぬかるんでいた


それでも走る


できるだけ早く


できるだけ遠くへ



足が、何かにひっかかった


そう思った


とっさに両腕を前に突き出した


大きな水たまりがあって、私はそこに、転んだ


顔も服も、泥水にまみれた


私は、泣いた、後先考えず、涙が溢れた



足音と、笑い声がすぐ後ろに来てやっと、泣いている場合じゃないことを思い出した



「副団長、どうして逃げるんです?

同じ騎士団の仲間じゃないですか」


笑いながら、男たちの一人が言う


「私はもう、騎士じゃありません」


「ええ、奴隷になったそうですね」


男たちは笑う、楽しそうに


「・・・」


「反逆者で、奴隷、ねえ副団長、俺たちと遊んでくださいよ」


「・・・嫌、です」


「嫌?は、ははははは」


男たちは笑う


「そんなこと言わないで、俺たちと遊びましょうよ、副団長」


「やめて、やめてください」


「ほら」


手首をつかまれた


「ひっ」


悲鳴を上げて私は逃げる


私の手首をつかんだ男はぱっと私の手首を離す


私は背を向けて地面に手をついて立ち上がろうとする


男たちが私の足首をつかんで引っ張る


「やめてやめてお願い」


「はははは、そんな嫌がらないでくださいよ副団長

仲間じゃないですか」


「仲間ならやめて、私を仲間だと思うならやめて、お願い」


まだ仲間だと思ってくれるなら、もしかしたら


すっと、私の足首をつかむ手が緩んだ


「仲間?」


「仲間・・・私たち、戦友でしょう?」


じっと、男たちが私を見る


睨んでいる


「あ、ははははははは、仲間、戦友、これはいいや」


男たちが笑う


笑い続ける


私は男たちがそれでも考えなおす可能性を思った


私にはそれしかできなかった


「戦友、戦友ですか、副団長」


「・・・おかしい?だってそうでしょう、私たち」


「戦友だって思ってたのはあんただけだと思いますよ、副団長さん」


男たちが、どこか憐れんだ目で、私を見る


憐れんでいる、目で


「俺たちの誰も、あんたを戦友だなんて思ったことはない

あんたはいつだって、ただの女だった

ただめちゃくちゃ強い魔法で、俺たちと一緒に戦っているだけの女だった

俺たちの誰も、あんたを上官とか仲間とか、戦友とか思ったりはしなかった」



わかってた

本当はわかってた

戦友だなんて思ってるのは私一人だけだって

本当はわかってた


「昔、野営を襲撃されたとき、俺たちは皆ちりじりに戦うしかなかった

明かりは月明かりのみ

俺たちの誰もが、死を覚悟したあの時

あんたが一人、テントから飛び出て、敵たちを切り伏せた、たった一人で

あの時のあんたは、人間の美しさをはるかに超えていた

俺たちの誰もが、言葉を失くしてただ見とれていた

月の光に、なびく金の髪、透き通った水色の瞳、小さくて細いしなやかな体で、血しぶきを浴びて走るあんたの姿を、今も覚えている」


「・・・」


そう思うなら、許してほしい

私をどうか、逃がしてほしい


「俺たちの誰もが、言葉を失くしてあんたを見ていた

決して手に入らない、あんたを」


「私にはもうあの時の魔力はありません、何もできません、だから、許してください」


「・・・だからだよ、だからだ、魔力を持ってない今のあんた、身分を失くし奴隷となったあんたなら、今のあんたなら、俺も、俺たちも手が届く、今のあんたなら」


「騎士の誇りはどうしたんですか?ねえ、あなたたちは騎士でしょう?」


「ははは、悪いけどね副団長、騎士なんて一皮むけばただの男なんだよ

騎士道なんてありやしないんだよ

あんたには一生わからんだろうけどな、まあ今これから、それを知るだろうけれど

・・・俺たちが教えてやるよ

・・・

・・・アリシア・ホワイトさん」


助けて

助けて誰か

助けて

助けてご主人様

ご主人様

ご主人様


「そこまでにしな・・・クズども」


声がした


私と同じ女性の声


見ると、シズさんがいた



「アリシアから離れな、クズども」

「なんだてめえ」

男4人に勝てるわけがない

「逃げて!逃げてシズさん!逃げて!」

ああ

シズさんの名前を呼んでしまった

どうしよう

この男たちにシズさんの名前を教えてしまった


「大丈夫だよアリシアちゃん、今助けるからね」


そう言って、シズさんが消えた


私の目にとまらない動きで、シズさんが動いた


「う」「ぐ」


そんな声を上げて男たちが崩れ落ちる


「あんたたち、今すぐ消えな

あんたたちは王都から離れていたから知らないみたいなので教えてあげるけど、この子は、アリシアちゃんは、

午後はもうすぐ国王陛下と一緒にお茶を飲んで過ごしてるんだよ、毎日」

「なに、奴隷になった、この女と?」

「この子が奴隷なのは陛下に対してだけだ、口の利き方を気をつけな

この子はこの国で一番高貴な女性なんだからね」

「・・・てめえ」

「ほら、さっさと消えな、陛下を怒らせてもいいってんなら話は別だけどね」

「・・・」


男たちは、お腹や肩、あちこちを手で押さえながら、歩いて行った


彼らが見えなくなってから、シズさんが私を見て言った



「大丈夫アリシアちゃん・・・ごめんね、一人にしちゃって・・・間に合って良かったけど、本当にごめんね」

「そんな、シズさん、ありがとうございます、助けてくださって

・・・ごめんなさい、巻き込んでしまって」

「大丈夫だよ、あいつらは何もできやしない、それより、立てる?」

「あ」

「ほら」

シズさんが手を差し出してくれる

「・・・ありがとうございます」

「・・・間に合ってよかった」

もう一度、シズさんがそう言う

立ってわかった

膝が震えている

止まらない

「無理しないで、ほら、寄っかかって」

「・・・はい」

涙が流れる、次から次へと

「・・・怖かったんだね、ほら、アリシアちゃん」

シズさんが私を抱きしめてくれた

「泣きな、泣いていいんだよ、泣きなさい」

そう言われて、私は、泣いた

泣きながら私は、怖かっただけじゃなくて、悲しかったんだということを気づいた


戦友だと思ってたのは私一人だけ


本当はわかっていた


戦友だと思ってたのは私だけだってこと


どんなにがんばっても


どんなにみんなを助けても


どんなに強くなっても


私は認めてもらえなかった


彼らに戦友として、認めてもらえなかった


本当はわかっていた


私が一番よく、わかっていた



でもそれを彼らから言われることが、こんなに悲しなんて、知らなかった


知りたくなかった



「ヒーラーに傷をいやしてもらって、それから、お風呂入ろ?アリシアちゃん」

「いいです、水でやります」

「そんなわけにはいかないよ、アリシアちゃん、お風呂、入ろ?

・・・あいつら触れたところ、洗いたいでしょ?」

「水で、いいです」

「なんでそんなこと」

「お湯がもったいないです、私は、奴隷だから」

「・・・」

「シズさん?どうかしまし・・」

シズさんが、私を抱きしめた

「バカだね」

私より10センチ以上背の高い彼女が、私を抱きしめて言った

「バカだね、バカな子だね、この子は・・・」

震えている

私のために、泣いている

「いいかいアリシアちゃん、ちょっとこっち来て」

そう言って私の手を引いて、王宮の壁まで私たちは歩いた

「ここで待ってて、すぐ来るから、いい?どこにも行っちゃダメだよ、いいアリシアちゃん?」

「はい、わかりました」

「すぐ戻ってくるからね」

そう言って、シズさんはどこかへ消えた

「痛い」

一人になって私は、腕や足の擦りむいたところを痛いと感じ始めた

痛みを感じる余裕さえさっきはなかったんだと気づく

でも、これぐらいんで済んでよかった

おぞましいことをされなくて良かった

私はそう思った


しばらくそうしていると

足音が聞こえてきた

シズさん、じゃない足音

なんだか、怒ってるような足音


これは

私のよく知っている、足音


「アリシア」

「ご主人様」


背の高いご主人様だけど、今はいつもよりもっと背が高く感じる

息を切らしている

走ってきたの?


「アリシア」


ご主人様が私を抱きしめた


「アリシア、アリシア、アリシア」


ご主人様が私の名前を呼ぶ、何度も、何度も



気づいたら私は泣いていた

子どもみたいに泣いていた

悲鳴のように泣いていた


ご主人様はそんな私をじっと抱きしめてくれた


私がしばらく泣いた後、ご主人様が


「さあ来い、アリシア」


そう言って私を抱き上げた


「ご主人様、歩けます、私、歩けます」

「うるさい!」


体が硬直する

「あ・・・違う、違うんだアリシア、お前を怒っているんじゃない

泣くな、泣かないでくれ、頼むから、黙って俺に抱かれていてくれ

頼む、アリシア」

頼むなんて奴隷に言っちゃいけないのに

そう思いながら私は

「はい、ご主人様」

そう答えた



それから、私はご主人様に抱き上げられたまま王宮に戻り

ヒーラーから傷をいやしてもらい

王族専用のお風呂に入れられ

体を洗われ

それから、ドレスを着せられた

断ろうとする私にヒーラーもメイドもみな「王命です」と言って、私は従うしかなかった


ドレスなんて本当にずいぶん長いこと着ていない


真っ白なシンプルなドレス

そんなに重くない

コルセットはつけないでくれた

『王命ですので』

メイドはそう言った

私がドレスを苦手なのを、ご主人様が気遣ってくださったのだと思う


「こちらでお待ちください」


そう言われて待っていると、ご主人様がやってきた


ドレス姿の私を見て


「きれいだ、アリシア」


私にそう言ってくれた


ドレスを着るのは久しぶりなので、私は恥ずかしくなった


そんな私を


「さあ、行こう、アリシア」


そう言ってご主人様が再び抱き上げた


ご主人様は私を両手で抱き上げたまま、城内を歩く

私たちを、皆が見ている

「ご主人様、皆が見ています」

「そうだな」

「恥ずかしいです」

「俺は恥ずかしくないし、お前が恥ずかしくてなんで俺が困る?

お前は俺のものだ、俺がこうして腕に抱いて歩いて何が悪い?」

「・・・」

「恥ずかしいかアリシア?」

「はい」

「なら俺を見ていろ、俺だけを見ていろ、ほかのことなんかどうでもいいから俺だけを見ていろ」

「・・・はい」

こんな至近距離でじっとご主人様を見つめる

周りの人たちから見られるよりずっと恥ずかしくなる

私はどうしていいかわからないので目をつぶる

目をつぶってもご主人様がどんどん歩くのがわかる

そういえばどこに向かっているんだろう

お城の中庭に向かってる

人が、集まっている


「ご主人様、降ろしてください、人がいっぱいです」

「うるさい静かにしてろ」

「でも」

「アリシア、俺の言うことが聞けないか?」

「・・・申し訳ありませんご主人様」

私がそう言うと、ご主人様は少し考え事をして、ニヤッと笑った

何か意地悪なことを考え付いた子供のように

「そうだな、そういえば少し重く感じ始めたところだ」

「降ります」

「誰が降りていいと言った?アリシア、お前が決めることじゃない」

「・・・でも、重いのでしょう?」

「そうだな、ちょっと重く感じ始めたところだ

だから、お前も少しは協力しろ」

「・・・どうやって?」

「ほら、お前の両手を、俺の首にかけろ」

「・・・」

「早くしろ、アリシア」

私は言われた通りにする

そしたら、もっとご主人様の顔が近くなった

「もっとしっかりつかまれ、アリシア」

「・・・」

「早くしろ」

私はもっと深く、ご主人様の首に手をまわした

私たちのお互いの顔が、触れ合う

「そうだ、それでいい、アリシア」

ご主人様の言葉が私の耳に直接触れる

ご主人様の顔を見れない

恥ずかしくて


「陛下、準備が整いました」

「そうか、わかった」


目を閉じているとご主人様と誰かのやり取りが聞こえた

そういえばなんでここに連れてこられたのだろう


「アリシア、目を開けろ」

「はい」


言われて目を開けて、すぐご主人様と目が合う

私は大急ぎで目をそらす

人がいっぱい中庭に集まっている


人が、数名、四人、後ろ手に縛られて、地面に膝をついている

騎士の制服を着ている


「あ・・・」


私を襲った男たちだった

体が震えた


「アリシア、大丈夫だ、こいつらはお前にもう何もできない

・・・怖かったら俺にもっと体を預けていろ

・・・そうだ、それでいい・・・アリシア」


私は言われた通りにした

ご主人様にもっと体を預けたら、本当に、震えが止まった


「アリシア、こいつらが、お前を襲ったやつらで間違いないか?」

「・・・」

そうか、私にこの人たちが私を襲った人たちか確認させるためにご主人様は私をここに連れてきたのか

「アリシア?どうだ?こいつらで間違ってないか?」

「・・・はい、この人たちです、ご主人様」

「わかった・・・立てるか?アリシア」

「あ、はい、立てます、立てます」

「今から降ろす」

「は、はい」

ご主人様はゆっくりと私を地面に下ろした

時間にして十何分かだろけれど、もっと長く抱っこされていた気がする

皆が私たちを見ていた

思い出しながら、私は地面に足をついた

でも、ご主人様は、私を離さない

「・・・」

「ご主人様?」

「・・・アリシア」

「え」

ご主人様が、私のほほに、キスした

顔が真っ赤になるのを私は感じた

「ここで待っていなさい、アリシア」

「・・・は、はい」

ご主人様は、私から離れて、捕られられている男たちの方へと歩いていった

「アリシア様」

「え・・・シズさん?」

シズさんが、騎士の制服に身を包んで、私のすぐ横にいた

「え、え、シズさんも、騎士だったんですか?」

「ええ、もう十年も前に、引退してますけどね」

そう言って、シズさんが優しく笑った

そして、私の肩をそっと、抱いた

「大丈夫ですか?アリシア様」

「大丈夫です・・・それより」

それより、その言葉遣いをやめてほしい

そう思った、でも言えない

言っても聞いてくれる気がしない

「それより?」

「いえ、なんでもないです」

「・・・気持ちが悪くなったら、すぐ私におっしゃってください、アリシア様」

「・・・はい」

これから何が行われるのか、なんだか嫌な予感がした


「皆よく集まってくれた」

ご主人様が皆に話しかける

「皆の前にこうして捕えられているこの男たちは、アリシアに乱暴をしようとした者たちだ」

皆がざわつく

一斉に私を見る

私は目を閉じる

「大丈夫です、アリシア様、私が支えております」

「シズさん・・・」


「幸いにも、未遂に終わったが、それでも、王である私の所有物であるアリシアに乱暴しようとしたことに変わりはない

アリシアは、私のものだ

私の所有物だ

アリシアに触れていい男は、この世でただ一人、私だけだ

王である、この私だけだ

アリシアは奴隷だが、彼女を奴隷として扱っていいのは主である私だけだ

私以外の者は彼女が元王族であることを重々承知して、ふさわしい態度で接してほしい

これは王命だ

もし従わぬものがいたら、切って捨てる

今これから先、肝に銘じてほしい」


皆が一斉に礼をする

私に向けて

私はめまいがする

こんなこと私は望んでいない

私が、私が望むのは・・・


私はご主人様を見つめる

すっと通った背筋で私よりはるかに背が高い

その服の下には何年もずっと鍛えてきた体を隠し

涼し気なまなざしで、私を見て、優しく微笑む私の主、ご主人様

私はもうとっくに、完全に、心の中でさえ、『ご主人様』としか呼べなくなっている


私はただ、この方のおそばにいたいだけ

私の望みは、この方のおそばにずっといることだけ

他には何もいらないのに

私は奴隷のままでいいのに


「それで、私の所有物に乱暴をしようとしたこの者たちについて、これより皆の前で処刑をしようと思う

・・・裁判は必要ない

私がこの手で切って捨てる」


「え・・・」

私はめまいがした

「アリシア様?」

シズさんが私を支えてくれる

「今、ご主人様は、『処刑する』って、言いました?」

「・・・はい、アリシア様、その通りです」

私は、私を襲った男たちを見た

これからあの人たちをご主人様が殺す

男たちから、人々が離れていく

ご主人様が、剣に手をかけるのが見える


「ご主人様!!」


私は駆けだした


「アリシア様!いけません!陛下が決定されたことです!」

「離して!離してシズさん!ご主人様!ご主人様待って、待ってください、殺さないで!

その人たちを殺さないで!!」

「アリシア様!」

ご主人様は剣を手にかけるのをやめ、こちらを見ている

そして、こっちに歩いてきた


「アリシア」

「ご主人様、どうか、どうかお許しください、その人たちをどうかお許しください」

「ダメだ、気分が悪いなら城の中に入って休んでいなさい、シズ」

「はい、陛下」

「アリシアを」

「やめて!!お願いですご主人様、その人たちを殺さないで!!」

「・・・アリシア、私の決定に逆らうのか?」


私は、思いだす

この方が本当の意味で王であることを

私はこの方の所有物であることを

私が口出しする権利は何一つないことを

すべてはこの方がお決めになることを


「・・・城の中に入って」

「・・・嫌です、ご主人様、おやめになってください、お願いです、その人たちは、その人たちは・・・

私の、私の古い友人なのです

戦友なのです

今度のことは魔が差したのです

シズさんのおかげで、私は転んだ時の擦り傷しか負いませんでした

私は大丈夫です

私は大丈夫ですから」

「・・・お前は、俺のなんだ?アリシア」

「・・・」

「お前は、俺のなんだアリシア?言ってみろ」

「私は、あなたの奴隷です、ご主人様」

「そうだ、お前は俺の奴隷だ、いつから奴隷が主人の決定に口を出していいようになった?」

「・・・」

「アリシア、俺を怒らせるな」

「・・・」

「シズ、アリシアを」

「おやめくださいご主人様、お願いです、お願いだから殺さないで、友達なんです、私の友達なんです

一緒に戦った、この国を守った、戦友なんです、私の、戦友なんです」

「お前を襲った男たちだぞ!!!いい加減にしろアリシア!!!

魔力も何にもない無力な女であるお前を犯そうとした奴らだぞ!!!」

「・・・」

ご主人様の声に、本気で怒った声に、私はただ震えるしかなかった

「お前が許しても俺は許さん・・・アリシア、お前に触れていい男は、俺だけだ・・・俺を怒らせるな」

「・・・」

「・・・アリシア?おい・・・おい・・・泣くな」

「・・・殺さないで・・・殺さないで」

「アリシア・・・」

「殺さないで・・・お願い・・・」

「ダメだ・・・俺は許せない・・・」

「お願いだから、殺さないで、私のために、手を汚さないで、お願い、お願いだから

あなたの手を汚さないで、お願いです、お願いです・・・ご主人様」

「・・・」

涙で前が見えない

でも

すっと、ご主人様の匂いが私を包んだ

ご主人様が私を抱きしめてくれた


「わかった・・・わかったから、泣くな、アリシア、泣くな・・・」


「ご主人様・・・」


私を抱きしめたまま、ご主人様が皆の方に向いた


「この者たちの処罰は、身分はく奪の上、王都追放とする

永久に王都に入ることは許さん

そして今回は、我が奴隷アリシアの願いを聞いての特例であり

もし今後似たようなことがあれば、次はどれだけアリシアが私に願おうと私はその者たちを切って捨てる

・・・これでいいか?アリシア」


「はい、ご主人様、ありがとうございます」


「涙で顔がぐしゃぐしゃだぞ、アリシア、今日はもう休め」


「今日はお茶を入れられなくて、申し訳ありませんでした」


「・・・」


ご主人様はもう一度私を抱きしめ、それから来た時みたいにまた私を抱き上げた


私は、恥ずかしいけれど、ご主人様が重いと感じるだろうから、その首に手をまわそうとした

でも、涙でご主人様のお顔を汚してしまわないかと、少し思う


「どうした?疲れたかアリシア」


「はい・・・そうみたいです」


ご主人様が私のほほにキスをした


恥ずかしいけれど、もっといろいろ話をしないといけない気がする


でも、疲れてる、私は、今、すごく


「陛下、では私はこれで」

シズさんがご主人様に一礼する

「ああ、ご苦労だった」

「シズさん・・・」

「シズはお前の大先輩だよアリシア、お前の護衛を依頼しておいたんだ」

「私の、護衛」

「そうだ、お前を守ってもらうために、腕利きのシズに復帰してもらった」

「・・・嘘だったんですね、家政婦って言うのは」

いけない

今の言葉は、きっと、責めるように聞こえたはず

疲れていて思考が追い付かない

「・・・申し訳ありません、アリシア様」

涙が溢れる

悲しくて

「私と友達になりたいって言うのも、嘘だったんですか?」

聞くのが怖い

そう思うより先に、聞いてしまった

シズさんの答えが怖い

でも、目をそらせない

私はシズさんを見ている

シズさんは、震えたように見えた

「・・・嘘のわけないよ・・・アリシアちゃん」

「シズさん・・・」

「友達になりたいよ、私はアリシアちゃんの友達になりたいよ、アリシアちゃん」

シズさんが、泣きながら笑いながら、私に言う

ああ、やっぱりシズさんはシズさんだ

私の知っているシズさんだ

「私はアリシアちゃんの友達になりたいよ、アリシアちゃん」

聞けて良かった、嬉しい

「そう、良かった・・・ありがとうシズさん」

私はほっとした

シズさんの答えが、本当にうれしかった

「アリシア、今日はもう休むんだ、疲れたろう、いいな?」

「はい、ご主人様」

「アリシアちゃん、またね」

そう言ってくれる声が聞こえた

私は疲れて疲れて、もう声もちゃんと出なかった

その代わり、何度もうなずいてみせた

シズさんも、うなずいて、笑ってくれるのが見えた

そして私は、ご主人様の腕の中で、私を抱きかかえたまま歩くご主人様の腕の中で、いつしか眠ってしまった

安心して、眠った




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