第16話 奴隷と命令
「アリシア!!」
メイド長が大きな声で私を呼ぶ
「は、はい!」
「来なさい」
「はい」
私は作業を中断し、メイド長に従う
周りの人にやりかけの仕事をお願いします、とも言えない
言ったところで、無視される
王宮の人はほとんど貴族か、平民でも上流の人たちで、皆、私を見下している
王宮内で私だけが、貴族でも平民でもなく、奴隷だから
かつて、王女として、騎士として歩いた王宮の廊下を、私は奴隷として歩く
周り皆が制服の中、私一人が、村や町で娘が着るような服を着て
だから、目立つ
「お、アリシアだ」
声がする
私が歩くと、嘲笑がついてまわる
私は目の前の床を見ながら歩く
他を見ないように
「早く来なさい、アリシア」
「はい」
私は当たり前に名前で、呼び捨てにされる
私にファミリーネームはもうないから
だから、アリシア、そう呼ばれる
あれから、王宮に連れてこられてから、隷従の儀式が行われ、
私は絶対に私のアーネストに、ご主人様に逆らえなくなった
魔力も同時に封じられ、私は本当に、何もできない存在になった
メイドの真似事みたいなことをしているけれど、私を仲間だと思ってくれるメイドなんか一人もいない
二年前まで、私は王女で、でも騎士で、皆が私を認めてくれていた
その人たちが今は、皆、私を見下している
新しく入った人も含めて
皆、汚いものでも見るような目で、私を見る
・・・あ
トイレ、行かなかった、忙しくて
どうしよう
「アリシア!」
「はい」
立ち止まりかけた私に、メイド長が𠮟責する
ダメだ
仕方ない
でも二時間ぐらい、我慢できる
私は、メイド長とともに王の執務室へと急いだ
「陛下、アリシアを連れてまいりました」
ドアの向こうに入る前に、私は執務室の警護をしている兵たちにじろじろ見られる
嘲り
私はじっと耐える
「ああ、入ってくれ」
「はい、さ、アリシア、来なさい」
「はい」
執務室に入るまで、兵たちの嘲りの入った視線はついてくる
入ると、アーネストが、執務をしていた
「さ、挨拶なさいアリシア」
「はい、アリシア、ただいま参りました・・・ご主人様」
ご主人様
アーネストをそう呼ぶのは私一人だけだ
「・・・」
でも、アーネストは私を一瞥もしない
「では陛下、私はこれで」
「ああ、ご苦労」
アーネストとそうやり取りしてメイド長は出ていった
執務室には、私と、アーネストだけ
私は、心の中でも、アーネストをご主人様と呼びなおす
間違って口に出ないように
私も他の人たちと同じように『陛下』と呼ぼうとしたら、笑われた
「お前は俺の臣下ではない、アリシア、お前は俺の奴隷だ、俺の所所有物だ
俺はお前の主だ、アリシア、奴隷らしい言葉遣いをしろ」
そう言われた
アーネストが私にそう言った
だから私は、『ご主人様』と呼ぶ
臣下ではなく、奴隷だから、私は、私だけは
「・・・」
「アリシア」
「はい、ご主人様」
「・・・」
ご主人様はほぼ毎日、こうして私を呼んで、ただ、こうしていさせる
私は壁から少し離れて、じっと立つ
ご主人様は、こうして時折、書類から顔を上げて、私を見る
じっと、見つめる
「・・・」
「アリシア、顔を上げろ」
「はい、ご主人様」
私は言われた通りにする
隷従の魔法をかけられている私は、この方に絶対に逆らえない
目のまえに、会いたくて会いたくて仕方なかった人がいる
でも、私を、この人は、憎んでいる
私がお父様を殺したと思っているから
私が謀反に加担したと思っているから
私が、この方を殺そうとしたと、思っているから
そのどれもが誤解なのだけれど、私は、この方に何も言えない
聞いてくださいと言えば、怒らせる
私はただ、この方に従うことしかできない
私は姉で、この方は弟なのに
たった二人きりの、姉弟なのに
「・・・そうだ、そのままそこにいろ、アリシア」
「はい、ご主人様」
ご主人様は再び、書類に目を落とした
私は、言われた通りにじっと立つ
隷属魔法があろうとなかろうと、主が命じたとおりにしなければいけない
私は、奴隷だから
この方は、私のご主人様だから
・・・・・
それでも
それでも、私は、嬉しい
やっぱり、どうしても、嬉しい
あのまま娼館にでも売られてもおかしくなかった私を、こうして買ってくれて、こうしてそばにいられること、
私はそれが、やっぱりうれしい
たとえ憎まれていても、この方が私を娼館にやらないで、こうして手元に置いてくれるそのことが、私はどうしてもうれしいのだ
たとえ、奴隷でしかなくても
もう姉として、思われていなくても
それでも私は、嬉しい
・・・私は待つ
じっと立ってご主人様の次の言葉を待つ
ただただ、待つ
ご主人様がそうお命じになられたから、だから、私は言われた通りにする
しばらくしていると、ドアの向こうに、足音が響いた
誰かが兵と話をしている
何か焦っている感じがする
「陛下、シモンズでございます」
「入れ」
シモンズ将軍は、部屋にいる私を一瞥すると、すぐそのままご主人様のもとへと歩み寄った
「陛下・・・」
何か耳打ちしている
「・・・本当か?」
「はい」
「わかった、皆を集めよ」
「はい」
「私もすぐ行く」
「はい、では私はお先に」
シモンズ将軍は私にもう一度だけ一瞥して大急ぎで執務室を出ていった
将軍もやっぱり、私を汚いものでも見るような目で見る
「アリシア、すぐ戻る、待っていろ」
「はい」
ご主人様は、そう言って出ていった
私は言われたとおりにするしかない
ただ言われた通りにするしかない
私は待った
ご主人様の帰りを待った
でも、ご主人様はなかなか戻ってこなかった
私は、勝手に動くわけにもいかなかった
ご主人様はおっしゃった
「そのままそこにいろ」
そうおっしゃった
私はだから、言われた通りにしないといけない
勝手に動いてはいけない
私は奴隷だから
だから、我慢するしかない
我慢するしか
・・・苦しい
私はもう苦しくなり始めていたけれど、そう、我慢するしかないできない
ご主人様が早く帰ってきてくれることを、祈りながら、私は・・・
・・・・・・・
ご主人さまが戻られたのは、それから、数時間たってからだった
足早に駆ける足音がする
衛兵とやり取りする間もなく、その足音が執務室に入ってくる
ご主人様だと言うのは足音でわかっていた
もっと早く帰ってきてほしかった
悪いのは、我慢できなかった私だけど、でも、もっと早く帰ってきてほしかった
「アリシア」
ご主人様が私の顔を見た瞬間、私は涙が溢れた
情けなくて
恥ずかしくて
「アリシア、どうし・・・」
ご主人様の言葉が途切れた
私のスカートは濡れている
床も、濡れている
「アリシア・・・」
「ごめんなさい・・・」
申し訳ありません、じゃなく、自然と出てきた言葉は失礼な言葉だった
奴隷が主に向かってしていい言葉遣いではない
でも、涙が溢れる
私は、尿意を我慢できなかった
我慢して我慢して、でもダメだった
「・・・」
「申し訳ありません、ご主人様」
「どうしてトイレに行かなかった?」
「・・・」
「アリシア、どうしてトイレに行かなかった?」
「ご主人様が、ここでこうしていろと、お命じになったから」
この言い方では、ご主人様を責めているみたい
でも、うまく言えない
「申し訳ありません」
「俺が言ったからって、あ・・・そうか、隷従の・・・」
ご主人様は隷従魔法を思い出された様子だ
でも、隷従魔法がなくても、奴隷が勝手に動いてはいけない
「いいえ、奴隷は、勝手に動いてはいけません
ご主人様がお命じになった通りにしなくてはいけません
悪いのは私です
我慢できなかった私が」
そう言いかけた
でも最後まで言えなかった
「アリシア」
ご主人様が、私を抱きしめたから
「ご主人様?何を?」
「すまなかった、お前を一人にして」
「・・・ご主人様は、何も悪くないです
それより、ご主人様、ダメです、お召し物が汚れてしまいます」
「・・・」
「ご主人様、汚れてしまいます、ご主人様」
「・・・アリシア」
ご主人様が、私の名前を呼ぶ
私を強く、でも優しく抱きしめてくれる
大きな体で
大人になった大きな体で、私を、抱きしめてくれる
この方はもう私を姉だと思っていない
私ももうこの方を、心の中でさえ、呼び捨てにできない
この方は主で、私は奴隷なのだ
でも、でも
この方はやっぱり、アーネストだ
世界で一番私の好きな人
世界で一番私の大切な人
もうその名前を心の中でさえ呼んじゃいけないけれど
ご主人様と呼ばないといけないけれど
でも、この人はやっぱり、私のアーネストなんだ
どんなに大きくなっても
どんなに大人になっても
どんなに素敵になっても
私の、アーネストなんだ
私は奴隷でいい
ずっとずっと、一生奴隷のままでいい
こうしてこの人のそばにいられるなら
ずっとこの人のそばにいられるなら
それが叶うなら
私はずっと、このまま、奴隷でいたい
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