第15話 月明かり
「あ」
そう一言だけ言ってメイドが私を見る、汚い物でも見るような目で
使用人たちの使うお風呂はそれなりに広く、私はぽつんと一人でいる
仲間で雑談をしている人もいれば、黙っている人もいる
ただ皆そろって、私を無視していることだけは同じ
皆貴族の出で、令嬢だ
私は元王女だけれど、今は、奴隷だ、この中で私一人だけが
皆が私を見下している
私の胸には、奴隷の印である隷従の呪紋がある
隷従の魔法を施される奴隷なんて他にはいない
そこまでのことをされる奴隷は・・・
つまり私は奴隷の中でも一番下の奴隷ということになる
それに、実父である先王を殺した犯人、と思われている・・・
それだけじゃない、現王を探して殺そうとしたとまで、思われている・・・
どっちも違う
私はお父様を殺してなんかないし、アーネストを探したのだって彼を守ろうとしたからなのに
でも、誰もそれを信じてはくれない
私は死刑になるはずだった
でもその代わりに奴隷になった
生きてさえいれば、アーネストに会えるかもしれないから
奴隷商人に引き渡された私は、奴隷のあり方を、体で教えられた
奴隷商人の女は、私を幾度も鞭で叩いた
私は、従うことだけが許された
・・・毎日毎日、娼館に売られていく、あるいは、お金持ちの男に売られる、そう思って、怯えて暮していた
ある日私はとうとう買われた
私を買ったのは、私の弟だった
私が生きることを選んだただ一つの理由だった
でも弟は、私を奴隷として扱った
そして言った
『俺にとってお前が姉だったことは一度もない』
・・・・・・・
・・・また思い出す、あの時のこと・・・
悲しくて悲しくて仕方なかった
今も震える
そして私は、王宮の人々の見ている前で、胸に隷従の魔法の呪紋を刻まれた
ご主人様は、弟は、私を見て笑っていた
楽しそうに、見て、笑っていた
私を姉と呼んでくれた優しい笑顔のアーネストは、どこにもいなかった
あれからそんなに経ってはいない
ずいぶん前のことみたいに思える、なんだか
誰とも会話しないで髪を洗い体を洗いお風呂に入って出て、また衣服を着る
鏡に私の胸の呪紋が映る
私の弟が、笑いながら私に刻んだ呪紋
何があっても消せない呪紋
絶対に誰にも消せない呪紋
私一人にだけ刻まれた呪紋
私はそそくさと服を着て、浴場を出る
嘲笑が後ろから聞こえる
与えられた部屋に戻って、さっさと寝よう
そう思う
部屋に戻る間、アーネスト・・・ご主人様はまだお休みになられてないのだろうか、そんなことを思う
いろいろ考えてしまう
今どうしてるのだろうと
また明日
また明日呼んでもらえる
そう思って、私は歩く
大丈夫、きっと
また明日
・・・部屋に戻って、私はベッドに横たわる
狭い部屋で、必要最低限の物しかない
その一つが、鏡
全身を映せる鏡が与えられている
ベッドからじっと鏡を見つめる
窓から、月明かりか入ってくるので、部屋の中はそれなりに明るい
だから、眠れない
せっかく部屋が明るいのに、このまま眠りたくない
・・・・・・・・・・・・
私は、ベッドから起き上がる
それからゆっくりと、来ているものを脱ぎ捨てる
一つ一つゆっくりと
全部脱いで、私は、深呼吸する
まるで神聖な儀式でもするみたいな気持ちでいる
月明かりがあってよかった
明るすぎず、でも、はっきりと私の体を鏡に映せるから
私は鏡の前に立つ
唾を飲む私
・・・鏡に映る私は、何も着ていない、何も身に着けていない
でも私の胸には、私の弟が私に与えた呪紋が刻まれている
弟が楽しそうに笑いながら私に刻み付けた印
私が彼の所有物である印
絶対の所有物である印
奴隷でもここまでされる奴隷なんか他にいない
私だけに与えられた印
絶対に誰にも消せない上書きできない呪紋
私が死ぬまでずっと私の胸にあり続ける呪紋
それだけが何も着てない何も身に着けてないすべてを脱ぎ捨てた私の体に残されている
私は、鏡に映る私の全身を、じっと見る
自分でも、笑いがこみ上げてくるのがわかる
嬉しい
その場でくるっと一回転してみる
一回転しても、私は全裸で、でも、胸には呪紋がある
私にだけ与えられた印
私が、アーネストの、弟のものである印
私のご主人様のものである印
この印だけは誰にも奪うことはできない
たとえアーネスト・・・ご主人様本人であっても、もう奪えない
私の、私だけの印なんだ
永遠の奴隷である印
永遠の所有物である印
それを喜んではいけない、と思う、人間ならそれは悲しむべきものなのだろう
でも、嬉しい
どうしてもどうしても嬉しい
私はアーネストのもの
・・・ご主人様のもの
その印、誰にも絶対に奪えない印
どうしてもどうしてもどうしても嬉しい
今私の主は、私のご主人様は、王の寝室にたぶんいる
私のことなんかきっとそんなに思ってはいない
でもそれでいい、私は奴隷だから
でも私は、奴隷だから、ご主人様のことを何よりも思ってないといけない
ご主人様のことだけを思っていないといけない
もういくらでも、アーネストのことを思っていい
アーネストのことを思っちゃいけないなんて自分に言い聞かせなくていい
私はこれから一生ずっと誰にも遠慮せずアーネストのことを、ご主人様のことを思っていいんだ
嬉しい
どうしても嬉しい
私は奴隷になれて、ご主人様の奴隷になれて、嬉しい、どうしても
私はまた鏡に自分の体を映した
何度も何度も
何度見ても、呪紋は私の胸から消えることはない
何度確かめても、飽きることはなかった
ただただ、私は嬉しかった
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