第14話 王と奴隷
王宮に連れてこられてから初めて呼び出されて
「陛下、アリシアを連れてまいりました」
「・・・入れ」
その声は、紛れもなくあの人の声
私の大好きな人の声
ずっと会いたかった人の声
でも今は・・・
私は俯く
ドアが開いても、私は俯いたままでいたかった
王宮に連れてこられて、隷従の魔法をかけられて、それから、丸一日
私はメイドたちに混ざって、仕事をしていた
騎士の時は自分の身の回りは基本自分でしていたので、だから、そんなに苦ではなかった
私はほとんど騎士団の寄宿舎にいた
それでも、王宮に来ることは珍しくなかった
私が生まれ育ったところだから
だから、メイドたちからも、私は殿下と呼ばれていた、アーネストと同じく
でも、昨日奴隷としてここに連れてこられてから、皆が私を名前で呼ぶ
呼び捨てにする
蔑んだ目で、私を見る
王殺しの謀反人だと思っている・・・
私はずっと俯いている
「さ、アリシア、入りなさい」
ドアを開けてメイド長が言う
以前はメイド長も、私を殿下、と呼んでいた
彼女も今は私を呼び捨てにする、当たり前のように
「・・・」
私は今から、私の弟だった人に会う
丸一日ぶりだ
もう弟じゃない
あの人は、もう
「・・・」
ドアの向こうに入りたくない
「どうしました?早く入りなさいアリシア」
メイド長が私に促す
「・・・」
「アリシア、顔を上げろ」
メイド長ではない人の声が、彼の声が、私にそう言った
「・・・」
「・・・聞こえていないのか?アリシア」
名前を呼び捨てにされる、当たり前に
「いいえ、申し訳ありませんでした」
そう言って私は顔を上げる
世界で一番愛しい人の顔が、そこにある
執務室の主
この国の若き王
私の、弟だった人
『ご主人様』と呼びたくない
「・・・では私はこれで」
メイド長が彼に向って一礼する
「・・・ああ、ご苦労だった」
メイド長が去り、執務室には、王である彼と私だけが残った
彼を私は、『ご主人様』と呼ばないといけない
でも・・・
昨日のことを思い出す
この人に奴隷として買われてからのこと
・・・私の胸には今隷従魔法の印がある
隷従魔法が発動したら私はもう何ひとつこの人に逆らえない
隷従魔法のことを私は良く知らないけれど、奴隷にかける魔法なのだろう、いい話は聞かない
禁忌の魔法なのだろう
・・・それをこの人は私にかけたのだ
「アリシア」
「はい」
「・・・顔を上げていろ」
「は、い・・・」
ずっとこの人に会いたかった
会いたくて会いたくて
この人に会うために私は奴隷になった
そして、昨日やっと会えた
奴隷と、その買い手として・・・
私はこの人を『ご主人様』と呼ばないといけない
「・・・」
じっと、彼は私を見つめる
思わず私はまたうつむいた
「アリシア」
「はい」
「なぜ俺に勝手に俯く?」
「申し訳ありません・・・ご主人様」
ご主人様、と言えた
怖いから、そう言った
そうだ、私はこの人が怖い
「アリシア、俺はなぜ?とお前に聞いたんだぞ?
それなのになぜお前はそのわけを言わない?」
「・・・」
「・・・まあいい、そこに立っていろ」
「はい、ご主人様」
そう言うやり取りの後
彼は再び執務を再開し
私は壁際に立っていた
彼は・・・ご主人様は、王としての仕事をしている
昔、娘の私は、あまりこの部屋に入れてもらえなかった
王の執務室だから
他の部屋は良くても、この部屋だけはダメだった
でも弟は、小さいころから、この部屋にいれてもらっていた
跡継ぎだから
王太子だから
私はそれを不満に思うことはなかった
むしろ誇らしかった
・・・この部屋のことを私はほとんど何も知らないまま、
今は、弟が新しい王様として、
お父様の座ってらした椅子に座り、
お父様の使っていた机に向かっている
そして王としての仕事をしている
そして私は、この人の奴隷として、今ここにいる
私は姉で、この人は私の弟なのに
「アリシア」
「はい」
「・・・」
じっと、彼・・・ご主人様は私を見つめる
さっきまで、王宮内で一人平民の服を着て、メイドたちに混ざって仕事をしていた私を
「・・・」
じっと、私を見つめるご主人様
「あの、ご主人様」
「・・・なんだ?」
「あの、どのようなご用件で、私をお呼びしたのですか?」
「・・・」
「あの、ご主人様」
「アリシア、お前は俺のなんだ?」
・・・間違えちゃいけない
「私は、ご主人様の・・・奴隷です」
そう、奴隷なんだ
隷従魔法をかけられさえした、奴隷
私はもう奴隷なんだ
「そうだ、お前は俺の奴隷だ、アリシア
主が奴隷を呼ぶことにいちいち理由がいるのか?
奴隷は主にそんなことを聞く権利があるのか?
どうなんだアリシア?
お前にそんな権利があるのか?」
「いいえ、私にそんな権利はありません」
「そうだ、お前にそんな権利はない、言われた通りそこに立っていろ、アリシア」
「・・・はい、ご主人様」
奴隷なんだ私は
これからは気を付けよう
それから、私はじっと立ち続けた
ご主人様は時折顔を上げ、私を見つめた
私はそのたびに、俯いた、そのたびに、顔を上げろとご主人様に言われた
私は、涙が出たけれど、従った
二時間ぐらいたったあと
「・・・そろそろ、いいか、アリシア、今日はもう戻っていい」
「はい、ご主人様」
「これから毎日お前を呼ぶ、よほどのことがない限り、お前を呼ばないことはない
呼ばれたらちゃんと来い、いいな?」
「はい、ご主人様」
「・・・アリシア、覚えておけ」
「・・・はい?」
「お前は俺の物だ
つま先から、その髪の毛の一本まで、すべて俺の物だ、アリシア
お前は俺の物なのだから、だから、俺のそばにいないといけない
ずっと俺のそばにいないといけない
そしていつでも、俺の物であることを忘れてはいけない
・・・アリシア、お前はこれからずっと俺のそばにいるんだよ、ずっとな
それを忘れるな、いいな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・なんていう目で、私を見るのだろう、この方は
なんて真剣な目で、私を見て、そんなことを言うのだろう
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・聞こえてるかアリシア?」
私は少しぼーっとしていたらしく、返事を忘れていた
「は、はい!」
「・・・少し、疲れてるようだな・・・今日はもう下がれ、下がって休め」
「・・・はい」
「また明日だアリシア、ちゃんと来い」
「・・・はい、ご主人様」
それから私は執務室を出て、与えられた使用人用の部屋に歩いて向かった
廊下を歩く私を皆蔑んだ目で見る
でも、私はそれどころじゃなかった
ご主人様の言葉を、なんども、なんども思い返していた
『お前は俺の物だ
つま先から、その髪の毛の一本まで、すべて俺の物だ、アリシア
お前は俺の物なのだから、だから、俺のそばにいないといけない
ずっと俺のそばにいないといけない
そしていつでも、俺の物であることを忘れてはいけない
・・・アリシア、お前はこれからずっと俺のそばにいるんだよ、ずっとな
それを忘れるな、いいな?』
恥ずかしい
なんでかわからないけれど、すごく恥ずかしい
・・・でもすごく嬉しい、嬉しい・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
そうか、私、奴隷になったんだ
奴隷だから、ずっと、ご主人様のそばにいるんだ
いていいんだ
ずっと、ご主人様のそばに、ずっと
・・・・
私は、どうかしてるのかもしれない
今私、奴隷になって良かったって思ってる
どうかしてるよね?
でも、でもそうなんだもの
嬉しいんだもの
だってこれから毎日、毎日ご主人様に会える、毎日、毎日
夢じゃない
これは夢じゃない
私はこれから毎日、毎日、毎日、ご主人様に会えるんだ、会っていいんだ
目のまえがぼやける
涙が流れている
嬉しくて私、泣いている
嬉しくて嬉しくて、泣いている
私は明日からの、毎日ご主人様に会える、その約束を胸に、王宮の廊下を歩いた
羽が生えたみたいに、足が軽かった
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