第13話 禁術
「アーネスト!」
夢に見た
何度も何度も
会いたくて会いたくて
私の弟
誰よりも大切な人
私は、駆け寄ろうとした、その瞬間
激痛が背中に走った
鞭で叩かれたことを私はすぐ理解した
「なに言ってんだ!お前のご主人様になんて口を聞くんだアリシア!」
奴隷商人の女が私に言う
痛い
痛い
「しつけがなってないようだな」
聞きなれた声
大好きなはずの声が、言う
しつけ?
今、そう言ったの?
アーネスト、あなたが今そう言ったの?
「アーネス・・」
「またお前は!!」
「痛っ、痛い、痛い」
「あれだけ教えてやったのに!あれだけ躾けてやったのに!お前と言う女は!」
「それぐらいにしてやれ」
「・・・アリシア、お前のご主人様に感謝しな、ほら、ちゃんと自分で謝りな」
「・・・」
「またぶたれたいのかい?」
「申し訳」
「立ったまま謝るのかい?」
私は、床に跪いて、手を、ついて
「申し訳、ありませんでした」
『ご主人様』と言いたくない
なんとかこのままごまかしたい
「・・・」
じっと、こちらを見ているアーネストの視線を感じる
「アリシア、お前まさか、まだわかってないんじゃないだろうね?
こちらの方がお前のご主人様だってことを、まだわかってないんじゃないだろうね?」
奴隷商人の女が言う
アーネストの顔を見れない
でも、アーネストが、この奴隷商人の女に同意してることはわかる
「申し訳ありませんでした、ご主人様」
「まったく、ちゃんと初めからそうしてればいいんだよ」
「まあそういうな、よく躾けてくれたようだ、礼を言う」
「いえいえ、こちらこそ、お忍びでこんなところまでわざわざ」
「代金は受け取ったな」
「ええもちろん、これでもうこの娘はあなた様のものです」
二人の会話を、私は床に伏せたまま聞いていた
馬車に乗せられ、どこかへ向かう
私とアーネストは、斜め向かいに座っている
じっと、外を見ているアーネストは、もうすっかり大人で、私は、ミジメだった
本当にミジメだった
「あの、アーネスト」
私がそう言った瞬間、アーネストが、奴隷省からもらった鞭で馬車の中を強く叩いた
「アリシア、何か言ったか?」
「い、いいえ、何も、何も」
「アリシア」
「はい」
当たり前に私を呼び捨てにする
何の迷いもなく
この人は誰だろう
私の弟によく似たこの人は誰だろう
「俺はお前のなんだ?」
「え?」
「俺は、お前のなんだ?」
じっと、私を見つめるその目
そんな目を私の弟はしない
私の目の前で、自分を「俺」なんてそんな乱暴な言葉は使わない
私の、私の弟は
「アリシア、何を黙っている?
俺は、お前のなんだ?」
間違えてはいけない
「ご主人様です」
「そうだ、俺はお前の主だ、お前は俺のもの、俺の奴隷だ、アリシア」
私の、私のかわいい弟はどこに行ったの?
私の、私のアーネストは
「アリシア」
「はい」
「俺を怒らせるな、いいな?」
「・・・はい」
悪い夢を見ている、きっと、これは
アーネストが、こんなこと私に言うはずがないもの
馬車が行く先が、どこなのかだんだんわかってきた
王宮
「あの、ご主人様」
「なんだ?」
「あの、私たち、王宮へ」
「そうだ、当たり前だ、もうすぐ着く、静かにしていろ」
「はい・・・」
王宮に、向かっている
嫌だ
行きたくない
こんな私の姿を見られたくない
「あの、ご主人様」
アーネストは、無言で鞭で馬車の中を叩いた
私は、黙り込んだ
王宮につくと、人が集められていた、中庭に
私の知る顔が大勢いる
皆私を蔑む目で見ている
「アリシア、来い」
言われるまま私は、アーネストの後をついていく
「皆よく集まってくれた、今から皆に見せたいものがある」
アーネストが集まった人たちにそう言う
「今日私は奴隷を買った
皆もよく知る顔だろう
だがこれは私の奴隷だ
もはや諸君らの知る王女ではない
ただの、奴隷だ」
私は顔を伏せている
現実感が薄い
「アリシア、顔を上げろ」
「・・・」
目の前が、涙でいっぱいになる
見えなくて良かった、私はそう思う
「今からこの奴隷に、私の所有物である『隷従の儀式』を行う」
「・・・え?」
隷従?
え?
また私、呪紋を刻まれるの?
今度は、隷従?
あの忌まわしい男でさえ、私にそこまではしなかった
私の魔力を封じたけれど、私に隷従の儀式まではしなかった
アーネスト、嘘よね?そんなことしないわよね?
「さあ、始めようか」
フードをかぶった魔術師が数人、私を囲む
冗談だと言ってほしい
あの優しい笑顔で、笑って、『冗談ですよ姉上』、そう言ってほしい
アーネストが笑う、楽しそうに
そして私の胸を、さらした、皆の前で
「冗談は、やめてください、ご主人様」
「お前はこれが冗談に見えるのか?アリシア」
「なんで、なんでこんなこと、なんで、なんで」
私がそう言うと、弟はふっと笑った
まるで聞き分けのない子どもを諭す大人のように、笑った
「当たり前だろうアリシア、お前は俺の物、俺の奴隷、俺の所有物なのだから」
楽しそうに、アーネストがそう言う
「そうだ、お前にいいことを教えてやろうアリシア」
楽しそうに笑う私の弟
世界で一番大切な人
「な、なんですか?」
「楽しいことだ」
私の弟が笑う
「聞きたいか?」
私は首を横に振る
「き、聞きたくないです、聞きたくない」
「聞け、アリシア」
「・・・」
「お前は今日、俺の姉じゃなくなった、そう思ってるかもしれない」
「・・・はい」
「だがそうじゃない、そうじゃないんだアリシア
お前が俺の姉じゃないのは今日始まったことじゃない」
弟が笑う、楽しそうに笑う
「お前はな、アリシア、今まで一度も、俺の姉じゃなかったんだよ」
「私たちは血がつながったちゃんとした姉弟です!」
「そんなもの何の意味がある?血のつながりなど、問題は俺がお前をどう思うかだ、アリシア」
「私は、私は」
「俺は一度もお前を姉と思ったことはない」
こんな突き刺す視線を私は知らない
「俺にとってお前が姉だったことなど、一度もないんだよ、アリシア
お前はいつでも俺にとって、ただの女でしかなかった
お前は俺の姉じゃないんだよ、アリシア
今までもこれからもずっと、お前は俺の姉にはなれない
お前は永遠に、俺にとって、ただの女なんだよ、アリシア」
その人は、楽しそうに、そう言った
本当に、楽しそうに
私は今、どんな顔をしているのだろう
わからない
でもきっとこの人を喜ばせる顔をしているんだと思う
だってこの人は本当に、うれしそうだから
私を見て、笑っているから
魔術師たちは、術式を展開している
そのうちの一人が、アーネストに何かつぶやく
そして、アーネストが私に向き合う
そしてつぶやく
「この女、アリシア・ホワイトは我の、このアーネスト・ホワイトの奴隷、永遠の所有物
今その印を、この女に刻む、永遠に
これよりのち、二度とこの印が解かれることはない
この女は永遠に、我がもの、このアーネスト・ホワイトのものである」
その瞬間、私の胸に再び印が、光で、刻まれ始めた
私の最愛の弟が、アーネストが、そうした
あのおぞましい男でさえしないでくれたことを、私に今した
私から人間であることを奪うもの
永遠にアーネストの所有物であることを刻む印を、私の胸に、今刻んだ
私はその痛みで、叫んだ
私が叫ぶのを、アーネストは見ていた
楽しそうに笑顔で、見ていた
そして私はやっとわかった
アーネストが私を憎んでいることを
私を激しく憎んでいることを
痛みの中
叫びの中
私はやっと理解した
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