第8話 襲撃

『夫』が死んでこうも喜ぶ『妻』

私は自分の醜さを思った

本当におぞましい男だった

悼む気持ちなど一つもわいてこない

死んでくれて本当に良かった

心からそう思う

だけど、そう思う心もまた、醜い

一年前の私

嫁ぐ前の私は、こんなじゃなかった

誇りと言うものがあった

騎士として

でも今の私は


アーネストの蔑む目が浮かぶ


思わず頭を横に振る


取り戻した魔力でみなぎった力が薄れていく


取り戻したところで今の私にはこの力をどうすればいいのだろう


あの男が死んだなら、私は王都に、王宮へ帰ってこれるのではないか?


もしかしたら、騎士に戻れるのではないか?


それに一度嫁いで戻るのだから、もう二度と、どこにも嫁がなくてもいいのではないか?


もうどこにも行かなくていいのではないか?


どんどん自分に都合のいい想像をする


弟は、なんて言うだろう


出戻りの姉を、仕方ないな、そう言って笑って迎えてくれるだろうか


また私を、姉と呼んでくれるだろうか


・・・


考えがぐるぐる回る


寝よう


とりあえず『夫』の死についての知らせが来るのはそう時間はかからないだろう


それまで私は知らんぷりしてればいい


私はベッドに戻った


そして横になって、どうあがいても一片たりとも『夫』の死が悲しくない自分を、恥ずかしいと思った


どんなおぞましい男だろうと、人が一人死んだのに、嬉しくて仕方ない


私はこんな人間だったろうか


こんな私が騎士に戻れるだろうか


・・・・・・



魔力を久しぶりに体にめぐらしたせいか、私は疲労感を感じて、そう時間をかけずに再び眠りについた




・・・・・・


・・・・・・



・・・・・・



何か、人の、大勢の人の声がする


目を開けずに、状況を理解する


大勢の人の声


焦り余裕のない声


金属音


耳になじんだその金属音は、剣の鍔迫り合いの音だと理解するその前に私は目を開け、ベッドから飛び起きた


ガウンを羽織る


静かに身体強化を始める


ちょうど魔力の戻ったこのタイミングであったことを幸運だと私は思う


この王宮に、襲撃?


まさかと思う


だが、人の声も剣戟の音も、決して少人数ではないことを私は察知する


剣が、剣が欲しい、ここにはない


私は剣を取り上げられてから一度も剣を手にしていない


なんて口惜しい


だが私は剣がなくとも身体強化の魔力がある


後れを取ったりはしない


深呼吸をしてドアを開ける


静かだ


だがそんなに離れていないところから、剣戟や、人の声がするのを感じ取る


アーネスト


弟を守らねば


どこにいるの?


ここから一番近いのは、王の、父の寝室だ


襲撃があったのを気づいているだろうか


まずは、父の安全を確保しなければ


アーネスト


どうか無事でいて


お父様の無事を確認したら、すぐあなたのもとに向かうから




父のもとへ

何が起きているのだろう

同じ制服を着た兵たちが、戦っている

私は物陰から様子を伺う

同じ兵同士で戦っている

一体何が起きているのか

私は、父の寝室へと急ぐ


父のもとには護衛の兵たちがいる

それに、襲撃があった時点で守り固めているはず

もう別の場所に移動している可能性もあるが、まずは父のもとへ行かねば

もしかしたら、アーネストもそこにいるかもしれない


あちこちに戦っている人たちがいる中、私は、身体強化をかけた体で走り抜ける


剣を探すのは後にする


身体強化をかけていても動きが鈍くなる


それに、敵味方がわからない


この国に仕える兵たちを、傷つけたくない


私はひたすら人にみつからないように駆け抜ける


父のもとへ


アーネストのもとへ





・・・・なぜ、護衛の兵がいないのだろう


父の、王の寝室に来た私の目に映ったのは、静かすぎる王の寝室だった


いるはずの護衛が一人もいない


人の気配も


別の場所に異動したのだろうか


鼻を衝く嫌なにおいがする


騎士だった私にはなじみ深い匂いが


嫌な、予感がする


私は、ドアを静かに、開けた



すさまじい血の匂い


そして、血の海


そこに横たわっている一人の男性


私のよく知る人


私と弟をずっと見守ってくれていた人


「お父様・・・」


私は、自分がどこか冷静なことを不思議に思った


冷静なのは、まだ、これが何かの冗談みたいに思えたからだろう


そうだ、きっとこれは冗談だ


久しぶりに帰ってきた私をこうしてからかっているのだ


お父様はいたずら好きな方だもの


ダメですよお父様


私は騎士なのですから死んだふりなんかお見通しです


ほら、こうしてお父様の首に手を当てて、ほらね、すぐお父様の死んだふりを暴いて見せます


・・・


お父様


「お父様」


父が、死んだ


何者かに、殺された


現実に、私は追いつけない



傍らに、剣が一つ落ちている


お父様を殺した者の剣だろうか


私はそれを手に取る


重い


身体強化が途切れている


魔力をみなぎらせようと私はするのだけれど、不意に涙があふれた


しっかりしなさい、ほら、剣を持たないといけない


わかっているでしょう?


アーネストを探しに行かねばいかないこと


ほら、あの子を守らなきゃ


泣いている暇はないわ



震えながら、それでも、私は魔力を体にみなぎらせた


剣は軽くなった

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