第5話 魔力を封じられて
「ああ、美しいなお前は、アリシア」
父よりも年上の男が、公爵が、私にそう言う
戦場んで幾度も嗅いだ腐臭を思い起こすのはなぜだろう
なぜ私は、こうして裸でベッドに横たわっているのだろう
「震えているのか・・・
かわいいなアリシア」
この方は私を姪のように思っていたのではなかったのか
実際、私たちは親戚だ
小さいころ私はこの方を伯父様と呼んだことがある
優しく抱っこしてもらえたのを、覚えている
「お前に武骨な鎧など、剣など似合わない
お前に身体強化の魔法など、これ以上似つかわしくないものはないだろう、アリシア」
ただの女であることがこんなにも恐ろしいことだとは
魔力を封じられた私は、本当に、男一人を押しのけることさえ、できない
悪夢を見ているようだ
「かわいらしい唇だ」
おぞましい硬い指が私の唇にふれ・・・私の体をなぞる
「お、伯父様、まだ、私たちは」
「その呼び方はやめなさい、お前は私の妻になったのだから」
「式はまだ先です、まだ」
「・・・わがままを言うものじゃないよ、アリシア」
わがまま
そうなのか
これはわがままなのか
「これはお前の務めなのだよ、王女に生まれたお前は、もっと早くに嫁ぐ義務があった
しかし、騎士などというくだらない者になってお前は遠回りしてしまった
お前ほどの花が、なんともったない」
花
そんなものになぞらえられたくはない
私は、騎士だ、いや、騎士だった
そのことを愚弄されたくはない
私は
「・・・」
公爵は無言で私の体を指でなぞる
「美しい」
実の娘より年下の私にそう言う
笑っている
小さいころからよく知っているはずの大人が、こんなにも怖いと思う日が来るなんて
こんなにも気持ち悪いと思う日が来るなんて
その硬い手が、私の乳房を、まるでおもちゃのように、遊ぶ
「本当にお前は、なんと美しく育ったのか
私の目に狂いはなかった」
吐きたい
私はこんな人を、素晴らしい大人だと思っていたのか
私はバカだった
娘より年下の私を後添えにするなら、伯父様なら、しないでくれるかもしれない
こんな恐ろしいことをしないでくれるかもしれない
もしするとしても、そんなに恐ろしくないかもしれない
そんなバカなことを思っていた
私はバカだった
『僕は認めません、姉上』
アーネスト、助けて
助けて、アーネスト
・・・
・・・何を考えているの、私
「何を考えている?」
公爵がぎろりとした目で私に聞く
「・・・いえ、何も」
「そうか・・・」
公爵はそう言って、私の胸に顔を埋めた
幼子が母親にそうするように
私は悲鳴を上げたくなったが我慢した
耐えろ
耐えるんだ
私は自分にそう言い聞かせる
私の体中をナメクジが這うみたいに、男の舌が、手が、指が、這う
助けてアーネスト
また弟の顔が浮かぶ
助けて
唇を奪われるたびに、腐臭がする
吐き気がやまない
おぞましい
体中をおぞましい手が這う、指が、当たり前のように私の中に入ってくる
おぞましい
こんなおぞましいことがこの世にあるのか
今からでも、許してもらえないだろうか
もうこんなこと、やめてもらえないだろうか
元の優しい伯父様に、戻っていただけないだろうか
「あの・・・」
「ん?なんだアリシア?」
「あの、伯父様」
その瞬間、無造作に、その硬い指が、私の中に深くもぐりこんだ
「ひっ」
「・・・」
男は無言で、私の胸を噛んだ
「痛い、痛いです、伯父様、痛い」
「・・・アリシア、悪い子だ」
「・・・」
「お前は私に嫁いだ身なのだよ、これはお前の務めなのだ」
「・・・」
「わがままを言うのはやめなさい、それから、私を伯父などと呼ぶのはもうやめなさい、不愉快だ」
「・・・」
「我が妻よ、わかったかね?」
「・・・」
「まだ、わからないか?」
「わかりました、わかりました」
また痛みが与えられる予感に、ただ恐ろしくて私は言われたとおりにする
「いい子だ、それからアリシア、私のことは『旦那様』『あなた』と呼びなさい
お前は私の妻になったのだからね、私はお前の夫なのだから」
消えたい
今すぐここから消えたい
アーネスト
あなたに会いたい
今すぐ会いたい
あなたに最後に交わした会話
私がバカだった
あなたの言うとおりにすればよかった
助けて
助けてアーネスト
「アリシア、聞いてるかね?」
「・・・は、はい」
「では、呼んでみなさい、私を」
「・・・旦那様、あなた」
「うむ、いい声だ」
これはきっと悪い夢だわ
目をつぶればきっと
目をつぶる
そして目を開ける
変わらずおぞましい顔がそこにある
私を上から見下ろしている
「目をパチパチと、かわいいなアリシア」
私の名を呼ばないでほしい
でももうそんなこと言えない
この男には逆らえない
それから、その男は再び、私の体を思いのままにし続けた
私はなぜか、まるで、人形にでもなったような気持ちでいた
これは私じゃないこれは私じゃない
まるで遠くから今の私を見ているような気がした
「では、そろそろ、お前を女にしてやろう」
男が何か言った
何を言ったのか、私は理解を拒む
考えたくない
それより幸せなことを思いたい
アーネストと、一緒に馬を駆りたい
大きくなったあの子と二人で、草原を、どこまでも二人で駆けたい
口にまた腐臭がした
不意に現実に引き戻される
今私が言われたことを私は理解する
「いや!いや!」
「はっはは、可愛いなお前は」
私は必死で抵抗する、でも、男は笑う
魔力を封じられた私は、無力だ
考えていたよりもはるかに、無力だ
なんでそんなことわからなかったのだろう
わかってたら、こんなところに来なかった
わかっていたら
『姉上』
アーネスト
さっき迄、あんなに会いたいと願った、思い浮かべた弟の顔を、私は思い浮かべたくなかった
会いたくない
世界中の誰よりもアーネストに、会いたくない
こんな私を、見られたくない
『姉上』
見ないで
見ないでアーネスト
私を
私を見ないで
ぐっと、私の中に何か、硬い、おぞましい何か、この世でもっともおぞましい何かが、入り込んできた
私は力を込めて目をつぶる
痛い
痛い
痛い
「どうだ、アリシア、お前は今女になれたのだぞ、私の妻になったのだぞ」
誰かの声が何かを言う
私はそれを理解したくない
でも理解してしまう
男の言ったことがなんなのかわかってしまう
そのとおりなのを、わかってしまう
男が動くたびに、痛みは繰り返される
早く終わってと私は願う
男は楽しそうに笑っている
私はもう、弟の名を呼ばなかった
呼べなかった
世界中の誰よりも呼びたいその名前を、世界中の誰よりも呼びたくなかった
弟の優しい目を必死で振り払う
見ないでほしい
もう私を見ないでほしい
ただそう願った
ただそう願い続けた
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