第4話 戦友と



「姫様」

護衛についてきてくれた私の元同僚が私をそう呼ぶ

馬車の中の私は、たしかに、鎧姿でも騎士の正装でもなく、普通に、『姫』らしい装いをしているが

「・・・その呼び方はやめてください、エリック」

「姫」

やめろって言ってるのに、笑ってそう答える元同僚、私の戦友

この男はいつもこうだ

いい人ではあるのだが

「『副団長』とついこの間まで呼んでいた呼び方もあると思いますが?」

「もう副団長ではないし、騎士でもない、姫様が妥当な呼び方だと思いますが?」

「16の頃からの戦友にそう呼ばれる気持ちを考えてほしいですね」

「仕方ありませんよ、実際あなたは王女殿下なのですから,

そうでしょう?アリシア姫様」

「・・・」

「姫様?」

私の方が強いが、言い合いとなると私はてんで敵わない

話題を変えよう

「・・・護衛についてきてくれて、ありがとうエリック卿」

エリックは伯爵家の嫡子

自他ともに認める後継者だ

それなのにこうして遠くまで護衛についてきてくれる

「・・・どういたしまして、アリー」

愛称で呼ばれる

『姫様』よりはマシだと思うことにする

「ありがとう、エリック」

「・・・」

帽子を目深にかぶりなおすエリック

思いがけず私をからかうのをやめさせることに私は成功したみたいだ

「まだまだ先は長い、侍女殿ともども楽にしていてください、殿下」

「ありがとう」

また距離を置かれた

でも今度はからかわれているのではないと感じる

今でも私を戦友と思ってくれているのだ、きっと

「姫様」

ついてきてくれた侍女のヘレンが少し笑いをこらえながら私を呼ぶ

「笑わないでヘレン」

「いいえ、そちらの装いの方がずっと似合っておいでですよ、姫様」

そういえば侍女たちがこうして私を姫姫いうからエリックたちもそれに倣ったのだ

みんなして私をからかうようで、それでいて悪意がない、いい人たちだから困る

「もう・・・」

私は背もたれにもたれ、少し眠る

まだ先は長い

目をつぶって少し考え事をやめよう

そう思っている

そう思っているのに、私はアーニーを・・・アーネストを思う

結局、見送りには来てくれなかった

でもこれで会えなくなるわけではない

たった二人きりの姉弟なのだから、また会える

また

・・・今度会うとき、私はそれを思うと、なぜか悲しくなる

私をじっと睨む弟の姿が、浮かぶ

目をつぶっているのに私はさらにまぶたを力む

なのに、そのイメージは消せない

弟の険しい目

私は唇を噛む

それでも消せないけれど





「剣を、私にも」

「・・・」

「エリック!早く!」

「・・・無理はしないでくれ、アリー」

私に剣を渡しながら友が言った

ずっしりとした剣の重さ

「誰に言っているのですか?私が誰だか知っているでしょう?」

武者震いしながら私は答えた

「知ってる、だから言っている、アリー、無理はしないでくれ」

普段はお茶らけている戦友が目を細めて言う

心配はいらない、そう言ってやりたい

実際私はここにいる誰よりも、護衛の騎士団も今襲ってきている盗賊団も含めてきっと誰よりも、私が強い

だけど、そんなことこの戦友は知っている

知っていて無理するなと言っているのだ

だから私は

「ええ、無理はしませんよ、約束します」

と答えた

「姫様」

「ヘレン、ジェシカも、馬車から出てはいけませんよ、いいですね?」

「・・・はい」

ヘレンが応え、ジェシカも震えながらうなずく

それを見届け、私は魔力を発動させる

剣が軽くなる

体に力がみなぎる

そして、私は馬車から飛び出る

「おお!これは上玉だ!」

近くにいた盗賊が嬉しそうに叫ぶ

叫んだその一瞬後に

「ぐ・・・」

と断末魔を残して息絶える

私の剣がその喉元を突き刺したからだ

「まずは一人」

「数は約50、アリー、俺と」

50、それだけ聞いて私はエリックが言い終わる前に駆け出す

敵の数がその程度なら、私一人で十分だ

「アリー!!」

エリックが絶叫する

大丈夫

知ってるでしょこれぐらい私の敵じゃないことを

大丈夫

誰も傷つけさせたりなんかしない

私がみんなを守る


身体強化にブーストをかける

すべてが止まって見える中

私は駆ける

剣を振るいながら

血しぶきをあげながら




一人もかけることなく盗賊団を蹴散らして、私たちは先を急いだ


「なぜ、私を待たなかったのですか?アリー」


焚火を囲んで、戦友が口を開く

ここには今、私とエリックしかいない



他に起きてるのは見張り番が何人かいるだけだ



「・・・怒ってますか?」

「・・・ええ、もちろんです、アリー」

怒られている、いい年して、23にもなって

でも仕方がない、私がきっと悪いのだ

でも、私一人で片づけることができる数だった

でも、心配させたことに変わりはない

「すみませんでした、エリック」

「・・・私が怒っているのは私自身にです、アリー

あなたのことももちろん怒っていますが」

「エリック、あなたが自分を責める理由なんかないでしょう?」

「・・・あるのですよアリー、あなたには、わかってないでしょうけれど」

そう言って戦友は目を細めた

「・・・あなたが強いのは、魔力でけた外れの身体強化が可能だからです、アリー」

「ええ」

「もしあなたの魔力を封ずるものがいたら、あなたは剣士ではなくただの姫君でしかない」

「ええ、わかっています」

「・・・わかってない」

「わかってますよエリック」

「いいえあなたは・・・・あなたは・・・」

そう言ってエリックはため息をついた

「・・・いえ、あなたのおかげで、救われた命がある、ありがとうアリー」

「いえ、皆を救えたのなら、何よりです」

「・・・」

「エリック?」

「・・・アリー」

何か、辛そうな目をして戦友が私を見つめる

「エリック?なんです?言ってください」

「・・・あなたは、本当にひどい人だ」

「え?」

「男の気持ちを、全然わかろうとしない」

「え、何を?」

「あなたは守る側じゃない、守られる側だ、あなたは姫君なのだから、この国一番の姫君なのだから」

「・・・」

「なのに、貴女は率先して戦う、いつも、いつも

・・・私が、どんな思いでいつもいたか

あなたは私の求婚を」

「やめて」

エリックは私の戦友だが、私より年上だ、自他とも認める伯爵家の嫡子だ、冷静沈着な男だ

なのに、私がしてほしくない話をここでもするとは

「やめてエリック、その話はもうとっくに断ったはずです」

「・・・」

「あなたは、戦友として約束してくれた、もう言わないと」

「・・・」

「もう求婚の言葉など言わない、そう約束してくれた、そうでしょう?」

「・・・あなたが、そう言わせたのです、私に、アリー」

「・・・」

「私が同意するしかないとわかっていて、あなたは私にそう言わせた、もう言わないと、私は言うしかなかった」

「・・・」

「あなたはひどい人だ、アリー」

「・・・」

そんなにいけないことだろうか

友に友でいてほしいと願うことが、そんなにいけないことだろうか

「・・・やめましょう、確かに約束したことでした、姫様」

『姫様』

その言葉はもう何度も言われている

なんどもそう言っては私をからかった

でも今のエリックは、私の戦友は笑ってはいない

私は何も言い返せない

「・・・道中、これより先は二度とあなたに剣を振るわせません」

「・・・」

「何があろうと、あなたを守ります、守り抜きます、我々が・・・私が守ります、あなたを」

「・・・はい、よろしくお願いします、エリック卿」

私も彼をそう呼んだ

そう呼ぶしかない距離を彼は私たちの間に置いた

私からはおけない距離を、戦友が置く、私たちの間に、一方的に

他の男たちと同じように、私の戦友が、そうする、一方的に


「さあ、もう休んで下さい、まだ先は長いのですから・・・アリー」


彼は今度は私をそう呼んだ


名前で呼んでくれたのは、エリックが優しいから


その優しさが、今の私には残酷だった


エリックは気づかないだろうけれど、残酷だった、私には


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