第2話 王の目

私の弟は時々怖い

・・・7歳も年が離れているのに、本当に怖い、そう思うときがある

不意に訪れるそれは、まるで、私を叱られた子供のような気持ちにさせることさえある


私が弟を初めて抱いたときから、そうだった


「そっと、抱いてあげてね、アリシア」

「はいお義母様」

義母や乳母をまねて、弟を抱っこする・・・

初めて弟を抱っこする


小さい

すごく小さい

弟は私の腕の中で、震えている、だけど、その手を私に延ばそうとする

なんて小さな手

私の中に強い、すさまじいほどの、庇護欲が生まれた

それは例えば人形や、小鳥、動物などに対してもったものとは比べ物にならない

余計なものを何もかも吹き飛ばすものに思えた

私を見て、目がまだよく開かないし、よく見えてるはずもないのに、弟は、私を見て、笑った

うれしそうに笑った


「まあこの子ったら笑ったわ、笑ったわよアリシア」

義母がそう言ってくれる

やっぱり私を見て笑ってくれたんだ、気のせいじゃない

嬉しい

私を好きになってくれたんだ、たぶん、きっと

嬉しい

私に手を伸ばす私の小さな弟

「アーネスト、これからよろしくね、私はアリシア、あなたの姉さまよ」

弟はにこにこ笑っている・・・はずが

急に、笑うのをやめた

「え?アーネスト?ど、どうしたの?」

私は弟を見つめた

何かあったのかもしれない

新生児だから

私は、そのとき、弟と目が合った

まだ良く見えないはずの弟が、たしかに、私を見た

その瞬間、私は、動けなくなった


怖い


そう思った

どうしてだかわからないけれど、そう思った

それでも私は、弟を離さなかった

義母や乳母が私からアーネストを引き離そうとしても、私は、アーネストを離したくなかった

私はずっと弟の目に射すくめられ、でも、絶対に、弟を渡したくなかった


弟は、そんな風に、初めて会ったときから、そんな目を私に見せる

時々、その目を私に見せる

そのたびに私は、一瞬、ほんの一瞬だけど、弟に逆らえなくなる

なんでもないふりを、する・・・誤魔化す

姉なのに情けないけれど、勝てない、逆らえない

目を逸らして何でもないふりをする


弟はたぶん気づいていて、でも優しくて、

私を怯えさせないようになのか、そんな目はあまりしないでくれる

普段はいつも、優しい目をして私を『姉上』と呼んでくれる

でも時々、じっと私を見つめる

まるでその目を私に忘れさせないように


・・・たぶん、自分の目の力を、弟は自覚している


弟がそんな目をしないでいてくれるうちは、私は姉としていられる、普通に

私は弟を愛しながら、弟に負けまいとしていた

7歳も年下の、優しい弟に

弟に対抗しようとしてたんじゃない

ただ

ただ私は姉でいたかった

弟は王となる人だから、あの目はきっと、王の目なのだろう

でも私は、弟が王であろうと、私の弟であること、

それがいつまでも変わらないように、

ずっと彼の姉でいられるように

ずっと彼のそばにいられるように

そう思った



だから私は姉であろうとした


弟のただ一人の姉なのだから、ちゃんと、姉として認めてもらえるように

そう思って、だから、私は姉であろうとした

できの悪い姉だけれど、でも、弟は、優しい弟は、私を姉として認めてくれている、ずっと


それでも弟のあの目、あの目にだけはどうしても射すくめられる


私を逆らえなくさせる目


あの目にだけは私はどうしても勝てない

一度も、勝てたことがない

本当に、情けない姉だけど

でもどうしても、勝てない

あの目にだけは、どうしても


私はそのことをずっと、誤魔化すしかできなかった

どうしても弟に勝てない

私はそのことをずっと誤魔化して来た

そして弟も、そんな私を、許してくれていた

こんな不出来な姉を、許してくれていた

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