We are the silent six!

小鳩や

第1話 雷鳴

雷鳴が雨を連れてきた


「ルパートです」

黒い外套がいとうを着た一人の男が

巨大な鍛鉄細工たんてつざいくの門扉の前に立ち、そうつぶやいた。


微かに門柱のセンサーが赤く光り、門がおのずから開く


男は通い慣れた足取りで庭の丸い植栽しょくさいの間を通り

美しく刈りそろえられた芝生を抜けて館へと急ぐ

湿った芝はつややかな黒い革靴が踏み締めるたびに

濡れそぼった葉から飛沫を放った


男が駆け抜けると、周囲に置かれた噴水や神話の神々の彫像ちょうぞうからかすかな近接センサーの光が瞬いた。

そこに美へのこだわりを持ちながら、最新式の警備システムを構築することに余念のない館の主の用心深さが見て取れる


男が歩をゆるめビクトリア様式の洋館のポーチの前に立つと

館の中から一人の青年が姿を現した。


ハーフアップにまとめた月の輝きを集めた様な美しい銀の髪と、上質な磁気の様な繊細で滑らかな肌。そして男を前にして未だ表情を見せぬ神秘的なエメラルドの瞳


青年の姿を見ると、門でルパートと名乗った男はその前に従者の様にひざまずいた。


「リコ、こんな時間にすみません。あなたのお父上が亡くなりました」


ルパートは沙汰を待つ様に青年の表情を見守った。


しかし、再び雷光がひらめく間にも、ついに青年の口から言葉は一言も発せられる事はなかった。

「父親の死」という、ルパートから放たれた一つの小石は、リコと呼ばれた青年の心にさざなみ一つ起こすことなく、彼という静寂の中に飲み込まれ、消えていった。


ルパートは続けた


「これはすべての遺産と相続人のリストです」


ルパートはコートの下から黒皮の分厚い書類束を取り出し、リコに手渡した。


「どうぞ、お心のままに」


噛み締める様に彼は言った。


そこには交わされるべき言葉が幾千もあった。しかしそこにあるどんなものも彼らの心のつつみを破る事はなかった


深々と頭を下げ、ルパートは踵を返した。

水が浮き始めた芝生の上を足早にかけ戻る


一瞬、青年に悟られるように振り返り、ルパートの口元に微かな笑みが浮かんだ。


青年がただ一瞬、しっかりと黒皮の書類束を抱き留めたことを

彼ははっきりと見ていた


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We are the silent six! 小鳩や @kobatoyabunzirou

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