第4話 全部分かっちゃってる妹

「エクレアが来るのが遅すぎる~~~! 小麦粉の収穫からしてたのかあああ」

「ごめん清乃。運命の出会いしたんだ!」


 俺がそう言ってリビングに入ると、清乃は心底同情した平らな目をして静かに首を振り、


「お兄ちゃん……面白い人生を歩んでるみたいな設定、清乃にしなくて大丈夫だよ……清乃知ってるから……お兄ちゃんが学校で陽キャしてるけど、少し長めに口を開くとアニメ語りしすぎて全くモテないこと知ってるから……大丈夫だよ……モテないの怖くない……」

「違うんだって! その子、フリクリ知ってたんだよ」

「……ほう? 聞かせてごらん?」


 リビングでふてくされて遅すぎるエクレアを待っていた清乃は「フリクリ」という言葉を聞いて目を丸くした。

 フリクリはかなり昔のアニメだけど、作画と音楽のコラボが本当にすごくて俺も清乃も大好きだ。

 ちなみに続編は存在しない。これに関しては強火オタク一時間語ろうか? ……こんなんだから口を開いたらモテないと清乃に言われてしまう。

 俺は台所で紅茶をふたつ入れてリビングの机の上に置いた。

 そしてエクレアをお皿に出した。

 実は田見さんのことを早く清乃に話したくて、家の50m前まで帰ってきてしまった。

 そこでエクレアを頼まれたことを思い出して、コンビニまで戻ったんだ。危ね~、すげー怒られる所だった。

 そしてスマホのYouTubeを開くと、さっきまで見ていた田見さんのチャンネルがある。俺は一番再生数が多い曲……『ひとりぼっちの366日』を流した。

 それを聞いた清乃は目を丸くして、


「ミントさんが歌ってみた出してた曲だ」

「え。知ってるの?」

「うん。ミントさんって歌い手がいるんだけど、わりとマニアックな曲も歌ってるの。わあ、原曲は音色サクラなんだ。知らなかった」

「この曲を作った人が、同じクラスに居たんだよ!! 田見さんって言うんだけど!」


 俺がそう言うと清乃は目を丸くして、


「……それはすごい。それはすごいね、お兄ちゃん、運命の出会いだ」

「そうなんだよ!!」


 俺は大きく頷いた。

 ひとりぼっちの366日は、ものすごく不安定な音から始まる。

 岩を転がり落ちるような音が響いて、続いてそれを肯定するようなピアノソロ、そして音色サクラが歌い始める。

 自分の抱えている傷が、自分には毎日見えるのに、どうして他の人には見えないのか分からない。

 誰にも伝わらない傷を持っていることを、どうしようもなく恥ずかしく、それでも手放せない。

 これを抱えている自分が世界で一番嫌いだと歌い続ける。

 田見さんの曲は常に後ろで転がり落ちるようなピアノが響いていて、歌詞に出てくる女の子はみんな孤独だ。

 そして最後に無理矢理明るくならないし、世界を認めもしないし、ハッピーに全くならない。

 落ち込んだまま始まって、落ち込んだまま終わる。

 世に言う「鬱曲」というジャンルで、根強いファンがいると清乃は教えてくれた。

 ネイロ曲に付いている動画は、夜の地面……ひたすらアスファルトを歩いている足元だ。

 ライトを付けたiPhoneで撮影してるのだろうか、画面こそブレてないが、ずっと足元の黒い靴と、アスファルトにライトが当たった状態で進む。

 最初からそれで、最後までそれだ。

 清乃はそれを聞き終わって、


「……ミントさんの歌ってみた……で知ってるけど、原曲のほうがなんだろう、心に来るね。知らなかった」

「改めて聞いてみると、どうしよもなく田見さん……って感じの曲だ。でも恨み節じゃなくて……すごいな」

「恨み節って?」

「田見さん、声がすごいんだよ、フリクリの新谷真弓さん系。低音なんだけど、すこしシャレっけがあって。カッコ良くて、でもちょっと甘くてさ。俺はすげー好きな声なんだけど、普通には居ない声じゃん」

「女優さんになれるくらい特殊な声だよね」

「だからそれがコンプレックスみたいで。だから音色サクラで音楽作ってるんだって」

「あ~~なるほど~~。へええ~~~ふ~~~ん」


 清乃は他の曲もどんどん再生して「すごいなあ……これ自分で作れるなんて……すごい……かっこいい……」と呟いた。

 俺は清乃の横に座り、


「清乃だって絵すげー上手いし、同人誌もバリバリ出してるんだろ。毎回300冊以上出てるんだから、すげーじゃん」

「所詮二次創作だし。一次創作は全然出なかった……」

「二次創作は間口の広さが違うからなあ。コツコツ続けたらファンも増えるよ。清乃絵、すげー上手いし」

「……えへへ。お兄ちゃんに励まされると嬉しくなっちゃう」


 そう言って清乃は笑顔を見せた。

 清乃は生まれつき心臓が悪くて、四歳で手術するまでずっと病院に入院していた。

 五歳で行われた手術は無事に成功。家で生活を始めたが、少し動くだけで息切れがして身体が重くなった。

 身長も伸びず、食べても体重も増えず、調べたが「そういう体質」というだけで、心臓以外に問題は無かった。

 やっと同じ年代の子と遊べると喜んで通い始めた学校では満足に遊べず、すぐに息切れして座り込んだ。

 少し無理をするとすぐに発熱して寝込む日々。

 そして清乃の居場所は図書室と保健室のみになり、暇を潰すために絵を描き始めた。 

 それをアップするSNSを登録したのは両親だ。娘にひとりでも友だちが出来れば……と思ったのだろう。

 ネットは年齢を公開しなければ趣味で繋がれて、誰かが反応してくれる。

 清乃は家で勉強して成績を維持しつつ、ひたすら絵を描くようになった。

 そして単位さえ取っていれば出席に必要がない春岡中学校の通信制に進学した。

 だから清乃は、学校に行かない状態でアニメ研究部に所属してずっと絵を描いている。

 母さんは「身体が弱い子に産んでしまった……」とずっと自分を責めていて、妊娠中にしたあれが悪かったのでは……これが悪かったのでは……と長く気に病んでいた。

 でもそれは違うだろと俺は常に言っている。

 だから俺は、清乃が得意な絵を仕事に出来るアニメ会社を作りたいと思っている。

 社員が何十人もいる巨大な会社を作りたいなんて考えてない。

 今はネットに動画をアップするのが当たり前の時代だから、ものすごく大きな仕事……なんて欲張らなければ動画を作って生きていける気がする。

 それが清乃と母さんを笑顔にする、最善の手段だと俺は思っている。

 だから頑張りたいと思ってる……まあ難しいのは分かってる。でもチャレンジして損はない。

 それに田見さんとの出会い……マジで可能性しか感じない。

 俺が妄想の世界に旅立っている間に、横で清乃はエクレアを食べながらカリカリと絵を描き始めていた。

 見ると真っ黒な髪で目が真っ赤な女の子。


「新キャラ?」

「『ひとりぼっちの366日』で歌われている女の子……身体を黒の衣で包んで……って歌ってるから、こんな子かなって」

「清乃~~~! お前天才か~~~?!」

「……お兄ちゃんテンション高すぎてキモイ。あ。ちょっとまって……ひょっとして怒濤の勢いで会って数分後には『アニメ研究部に入ってくれ!』って叫んで田見さんドン引きさせたりしてないよね?」


 清乃のあまりに的確な言葉に俺は目を閉じて、


「父さんと母さん……店が忙しいかも知れないな……手伝ってこようかな」


 清乃は俺の服を引っ張ってぶんぶん振り回し、


「ねーえー、お兄ちゃん!! また悪い癖出したでしょ?! 絶対怖いよ、出会ってすぐにアニメ作ろうって誘われるの。もうちょっと時間をかけて誘うべきだって、毎回言ってるでしょ?! 何人に逃げられてるの?! アニメ押し売りじいさんみたいじゃん!」

「何を失礼な! 田見さんは入ってくれるって言ったぞ」

「やっぱりすぐに誘ったんでしょ、たいした説明もなく早口で語って! もおーー。絶対ドン引きしてるよーー」


 そう言って清乃はふてくされて、俺のエクレアも勝手に食べて再び絵を描き始めた。

 ずっと部屋には田見さんが作った曲が流れていて……俺はなんだかすげー良いなと思って紅茶をグイッと飲んだ。

 清乃はすげー集中してカリカリと絵を描いている。

 もっと自信を持ってほしい。

 俺は全然絵が描けないけど、清乃はすげー上手いから。

 学校行けなくても身体弱くても、ひとつ誇れれば良いじゃないか。

 集中し始めた清乃を置いて、俺は自室に戻った。

 部屋のパソコンにはさっきまで見ていたアニメ研究部の動画が流れたままになっていた。

 新しい感想が入っていて見ると、田見さんだった。


『すてきなアニメですね。女の子がとっても可愛い』


 俺は嬉しくて目を細めた。

 全ての動画に田見さんは感想を入れてくれていて、俺はそれを清乃に見せた。

 清乃は嬉しそうに自分のアカウントで田見さんの曲に感想を入れ始めた。

 なんだかすげーワクワクする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る