第5話 学校で田見さんに話しかける

「お兄ちゃん、ちゃんとごめんなさいしてよ!」

「朝から……。大丈夫だって」

「それなら良いけどー。私久しぶりにすっごくテンション上がったから、絶対一緒にやりたいなーって思ってるから」

「それは俺も同じだ」

「あのね、昨日描いたんだ。もし本当に一緒にしてくれるなら、見せてくれないかな」


 そう言って清乃は俺のスマホに絵を転送してきた。

 それは昨日田見さんの曲を聴きながら清乃が描いていた絵だった。

 その女の子は真っ黒な髪の毛を音色サクラのように三つ編みに結んでいる。服装は黒いチャイナ服なんだけど、下はパンツで裾が広がっていて、目は真っ赤なのに海のように深くて美しい。そして音符のようにしなやかに踊るピアスを着けている。


「……すげーカッコイイ女の子じゃん」

「この曲に良いなって思ってファンアート。音色サクラちゃん、結構描いてたけど、ここまでオリジナルにしたのははじめてかも。ほぼ徹夜しちゃった、楽しくて」


 そう言って清乃は目を細めて笑った。

 俺はそれを見ながら、


「あの曲にこれでアニメ作ったら、めっちゃカッコイイんじゃね?」

「それは田見さんが決めることだよ。だって田見さんの曲だから。これはただのファンアート。SNSに上げようかなって思ったけど、本人が学校にいるなら……ちょっと勇気出してみた」

「いいじゃんー! 持って行くよ、ありがとう」

「うんっ!」


 清乃はそう言って美味しそうにパンをむしゃりと食べた。

 そして「もう寝るー。お兄ちゃん帰ってきたら起こしてね」と二階に向かった。

 母さんが俺の前に座り、


「なに? クラスメイトに音楽作ってる子がいたの?」

「そう。すげーんだよ。登録者数6000人!」

「!! すごいわね!! あらまあ。清乃が嬉しそうで良かった……余計な事言いたくなるけど、ダメね。優真に怒られる」

「そうだよ、母さんは心配しすぎからの、色々口出し過ぎ。清乃に任せよう」


 母さんは、体力がなく虚弱体質ながら、学校に行ける程度の体力はある清乃に学校に行ってほしくて、小学校の高学年の時は毎日それを言っていた。

 清乃は、学校に行かなくても勉強出来てるし、すぐに息苦しくなるのもイヤだし、何もできないし、行きたくないと言い続けた。

 それでも母さんは譲らなくて、延々言われた小学生高学年時代に、清乃はついに部屋からも出てこなくなった。

 母さんはたぶん、病弱に産んでしまったことに引け目を感じていて、清乃に学校に行って、普通の子と同じように生活してほしい……それで自分が病弱に産んでしまったというという思い込みから逃げたいんだと俺は思った。

 そもそも病弱に産んでしまったという認識がミスってて、清乃の心臓病は遺伝でも、妊娠中の何かでもなく、確率的に発生するものだとお医者さんも説明してくれた。

 それは母さんの思い込みだと、そう言うことが全員傷つけることだと延々言い続けて三年。

 清乃は学校や塾に行かず、家での勉強だけで俺と同じ私立春岡中学に合格して、学校へ行く必要が無いと証明。

 ネットに友だちも出来て前より明るくなった清乃に対して、やっと何も言わなくなった。

 母さんが自分を責めるのも分かる。清乃が分かってほしいのも分かる。

 だからこれは誰も悪く無かった、我が家に必要だった話し合いだ。

 学校にこだわって清乃が元気無くなったら意味がない。

 もうこれはお兄ちゃんの俺が清乃のために巨大アニメ会社を地元に作って世界イチハッピーな妹にして、母さんも笑顔にするしかない。

 いや、ちょっと盛った。

 俺は母さんから受け取った弁当を持って家を出た。

 澄み渡る青空と、海風が心地良い。

 うん、こっちから風が吹いてくる日に雨は降らない。


「今日は傘必要なし、と」


 海沿いで生活していると、香る磯の匂いと風向きで今日一日の天気が分かるようになる。

 晴れていてもうちの正面から風が吹いてるときは、わりと天気が悪くなる。

 こんな風に海を見ながら生活するのが好きで、俺は一生この地元で生活したいなあと思っている。

 自転車を走らせていると、田見さんのスタジオがある岬の入り口が見えた。

 昨日父さん晩ご飯を食べながら「あそこらへんの別荘って結構頻繁に作り替えてるの?」と聞いてみた。

 父さんは「実はもう別荘じゃなくて、普通に住んでる人も多い」と話していて、別荘地だったのは俺が小学生で終わっていたようだ。

 だって昔はあんなカッコイイ建物じゃなくて、木で出来たいかにも別荘~という建物しか無かった気がして。

 自転車を加速させて今度は坂を登り始める。

 学校は海沿いを走って少し坂を登った所にある。 

 アニメ研究部の部室は五階の一番奥で、五階まで階段を上りたくねえええという奴らのおかげで、最高に眺めが良い場所にある。

 今日田見さんと話すのが楽しみだ。



「ういーーす。なあ、優真。バスケ手伝ってくれ」

「有坂(ありさか)おはよ。イヤだよ、バスケめっちゃ疲れるもん」

「先輩がひとり怪我しちゃって試合ができないんだよ。うちの部10人しかいないんだよ、ひとり欠けて練習試合できない」

「いやだっつーの!」

「優真、バスケうめーじゃん、手伝えよおおお~~」


 学校に到着すると、下駄箱で同じクラスの友だち、有坂浩介(ありさかこうすけ)に頼まれた。

 有坂はアニメのキャラ設定で言うなら、バスケ部に所属している運動系陽キャだ。

 俺は身長がかなり高く、中学の時は「ゴール前に立っててくれるだけでいい~~」と頼まれて試合に出されたりしていた。

 俺は有坂を見て、


「アニメ部手伝ってくれるなら、バスケ部手伝ってやるよ」

「俺何もできないじゃん」

「今回はがっつり作るつもりだから、塗ってくれるだけでも助かる」

「えーー、なんかあのよくわかんないソフトだろ? あれ何回聞いてもよくわかんねーんだよなー」

「俺を手伝ってくれるなら、俺もバスケ付き合うぜ」

「うーん、やりたくねえ。じゃあ他当たって誰もいなかったらそうするかあ」

 

 有坂は他のクラスの男子にも声をかけに向かった。

 アニメ作りはガチで手間と時間がかかる。人員が居れば居るほど楽になる。

 ソフトも慣れれば分かりやすいけど、エクセルの検定でマウス投げた有坂からすると「魔界」らしい。


「バスケはすげーー疲れるからイヤなんだよなあ」

 

 俺は下駄箱から上履きを出しながら呟く。

 俺は小学校の頃からアニメオタクだけど、身長が高かったのでスポーツは得意なほうだ。

 まあ身長が高い! とみんなに言われたのは中学一年生までで、高一になった今は真ん中より後ろ寄り……くらいになってる気がする。

 オタクは陰キャ……言われることもない。同じクラスにもVTuberのファンの子も多く、俺がアニメ作っているというと「VTuber作れたりするの?!」と聞かれたりする。そのたびに俺は「めっちゃ面白いけど、大変そう」と答えている。3Dはなー、かじってるけどムズくてなー。

 教室に入って一番後ろの席を見ると、そこに田見さんが座っていて、熱心に本を読んでいた。

 実は昨日の夜「田見さん……どこの席だったかな……」と必死に思い出した。

 俺は自分の席に鞄を置いて田見さんの席にいく。


「田見さん、おはよう」

「!! おはよう、ございます」


 田見さんは俺のほうをチラリと見て、でもすぐに本に顔を隠した。

 読んでいる本は……、


「『インパールの戦い ほんとうに「愚戦」だったのか』……どうしてこの本を……?」

「あ、あの……あまりに学校で暇なので、図書館で『あ』から順番に読んでいて、昨日から『い』で……」

「それでインパール……なんだっけ、インドだっけ」

「インドってものすごく変な形して……みょと伸びたみたいな所にインパールってあるんです」

「……みょ?」

「そんなところで補給なしで戦うと死ぬという話です……」

 

 そういう田見さんの表情は本の向こう側で真剣すぎて、俺は笑ってしまった。


「他にも色々あるだろうに」

「趣味があるなし関係なく……とにかく本を読むと歌詞に使える言葉が手に入るので……」

「あ~~。なるほど」


 納得だ。田見さんの曲の歌詞は、言葉の意味というより、響きで繋がっている……いうなれば今っぽい歌詞だった。

 どこからこの語彙力が来るのだろうと清乃と話していたんだ。

 手に取った本をとりあえず読むという読書量から来ている語彙力なのか。

 俺が田見さんの前の席に座って話していると、その席の芝崎千尋(しばさきちひろ)が来た。

 芝崎はアニメの設定でいうと、真面目系図書女子だ。


「おはよう、蜂谷くん。あれ? 田見さんと話す仲だっけ?」

「おはよ、ごめん、席借りてた。柴崎って図書部だよな。図書館の本って全部で何冊あるの?」

「5000くらいかな。あっ、そういえば昨日図書部で話題になってたよ。四月にして30冊読んでる田見さん……インパールの戦い。この本うちの学校で借りた人はじめてだって先生感動して泣いてた」

「あはははは!!」


 俺は爆笑してしまう。

 うん、うちの学校でインパールの戦い読む人居ない気がする。

 俺は芝崎に向かって、


「田見さんアニメ研究部入ってくれるみたいだから、昨日から友だちなんだ。他にうちの学校で誰も読んで無い本あったら田見さんに教えてあげてよ。田見さん『あ』から読んでるらしいから」

「えっ、おもしろい。たぶんたくさんあるよ。何でも読める?」

「……はい……」

「仮想戦記あたりは誰も読んで無いんじゃないかな。先生の趣味らしいから」

「あっ……だから佐藤大輔先生が一式揃ってるんですね……納得です……」

「……え? 佐藤大輔って、うちの高校で塩漬けされてシリーズだよ。田見さんヤバくない?」

「あはははは!」


 俺は再び爆笑した。

 俺はわりと話すのも、人を繋ぐのも好きだから、田見さんが少しずつ自分を開いて話が出来たらなあ……と思うんだ。

 俺はチャイムと共に席に戻ってスマホで佐藤大輔を調べたけど、全く分からなくて感動した。

 これは事実が書いてあるのか? 何なんだ? 仮想戦記って何だ?

 世界には俺が知らない本が山ほどあるな。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る