第3話 田見さんの部屋にいく
「こっちですっ……」
「え? ここが田見さんの家の別荘?」
「正確にはスタジオなんですけど……私しか使ってないので」
「スタジオ……? 何の……?」
田見さんは相変わらず小声だけど、必死に声を出して、海沿いから一歩入った所にある別荘に俺を連れて行った。
そこには二階建てで真っ白な箱みたいな建物があった。建物に入るための木のスロープも白くて可愛い。
庭は風避けの木で囲まれていて、ベンチと机が置いてある。
テントのような自転車置き場には春岡高校のシールが貼ってある自転車が置いてあり、それで田見さんが来たのだと分かる。
中に入ると机と椅子の置いてあるスペース、その奥にギターかな、ベースかな……ごめん、実はよく分からない……が見えた。
それを見てここが音楽のスタジオだと分かった。
奥から田見さんがタオルを持って来た。
「すいません、これ使ってくださいっ……」
「いや、俺は私服だから平気だけど、田見さん制服のスカート濡れちゃって平気?」
「スカートは濡れてないんですけど、靴下と靴が酷いので……すいませんっ、着替えてきますっ……」
そう言って田見さんは二階に消えた。
俺は渡されたタオルで少し濡れたズボンを拭いた。
室内を見ると、すごい……。俺は音楽全然詳しくないけど、ミキサー……って言うんだろうか、上下に動くバーのやつ、かっけー!
防音のブースだろうか、小さな密室があって、そこにドラムのようなものが見える。
確かにここは海の音がすごくて、大きな音を立てても文句を言う人はいない。スタジオとしては良いのかもしれない。
電子ピアノだろうか……ヘッドホンが付いているピアノの前に楽譜が見えた。
書きミスったのだろうか……ピアノの周りに楽譜が何枚も落ちていた。
それを拾うと走り書きのような文字と、何度も書き直した音符。
グチャグチャと書いた文字……『違うんだよな~~』『う~~ん?』……楽譜なのに叫び声が聞こえてくるようだった。
これってひょっとして……。
俺がそれを見てると、二階から田見さんが下りて来て、
「あっ……それっ……すいません、文字が汚くて人が見るのを想定してなくて……!」
「……やっぱりこれ……というか、さっきヘッドホンで流れていた曲、ひょっとして、このスタジオで田見さんが作ってる?」
状況的にそうとしか思えず、俺は田見さんを見て聞いた。
田見さんは三つ編みで顔を隠して、
「っ……はいっ……そう、で、す……」
「やっぱり! えっ、この別荘で一人暮らしして曲作ってるの?」
「いえっ、家は別にあります。ここはお父さんのスタジオで、お父さん音の仕事してて……私はDTMで曲を作っててっ……!」
「お父さんの仕事場なのか。ごめん、ソフトとか全然分からないけど、あの曲、田見さんが作ってるんだ。すごい……すごいな!! めっちゃすごいじゃん!」
「!! ……あっ……、うれしい、ですっ……」
そう言って田見さんは両手で三つ編みを持ってもじもじしながら言った。
俺はすごく嬉しくなった。
春岡は中高一貫校で、県で一番大きな学園だ。だからここに来たらアニメや映像を作りたいクリエイターがたくさんいるんじゃないかと思ってきたら、全く居なかった。
まさかこんな身近に居たなんて。
それに俺はさっき田見さんが作った曲を聞いて『ピン』と来てしまった。
俺は田見さんを見て、
「実は俺、春岡高校でアニメ研究部やってるんだよ。知ってる?」
「あっ……はいっ……知っては、います」
「俺そこの部長でさ、春岡中学にいる妹とふたりでアニメ作ってるんだよね、こういうの」
「え……ふたりで……?」
田見さんは興味津々で俺たちが作ったアニメを見てくれた。
俺はYouTubeで作ったアニメを再生してソワソワしながら、
「ねえ、田見さん、どこか部活入ってる?」
「いえっ……どこにもっ……」
「じゃあアニメ研究部入らない?」
「えっ……?」
俺は田見さんの曲を聴いた時に、自分が作っている作品に何が足りないのか気がついてしまった。
俺は『物語』を語りたくて、清乃しか作画出来ないのに、無理に重たい話を作っていた。
でも『物語』を『音楽が語ってくれたら』絵の負担はぐっと減る。
今まで俺は自分が作っている作品にフリーの音源を適当に付けていた。
アニメなんだから、全部絵で説明しないといけないと思い込んでいた。
音楽の重要性を、あまりに軽んじていたんだ。
田見さんの曲を聴いてそれに気がついた。
音楽にネイロが付けば、物語を、瞬間を、景色を語ることが可能だ。
俺たちみたいに力が無いけど物語を作りたい人間にこそ、音楽が必要だと気がついた。
俺はそれを伝えて、
「俺たち、全然なアニメしか作れないからこそ、田見さんと一緒に作ったら、すげー面白いと思うんだけど、どうかな」
興奮が止まらず早口で言うと、田見さんは三つ編みで顔を隠していたけど、少しだけズラして目を見せてくれて、
「……っ、楽しそう、ですっ……」
おお、良い反応。
慣れてくると三つ編みのカーテンが開くのだろうか?
でも……と俺は気にしていたことを口にする。
「あ、でもさ。音楽作ってることを学校では秘密にしたいなら、無理しなくて良いけど。作ってても表で言わない人もガチ多いし」
俺の周りにもデザインしたり文章書いたりしてるヤツが何人もいるけど、学校で知られたく無いという奴らばかりだ。
作ってることを秘密にしてないけど、別にオープンにしたくない……そういうヤツが多い気がする。
みんなでしたほうが、こういう出会いもあるし、楽しくね?! と俺は思うんだけど。
それに田見さんはクラスでも目立たない……というか、田見さんがクラスで何をしてるのか思い浮かばないレベルだ。
だから目立ちたくない可能性もあるだろうと思った。
田見さんは少し開いた三つ編みのカーテンをスッ……と完全に閉じて全面髪の毛状態で、
「……私……友だちいないので……秘密も何も……話す相手……居ません……私のことなんて……誰も興味ないと思います……」
そう言って完全に俯いた。
三つ編みカーテンが開いてきたと思ったのに、余計なこと言った。
俺は田見さんの方を見て、
「いや、俺がアップしてる動画の再生数35だよ?! 俺の作ってるアニメだって誰も興味持って無いよ。でも清乃の絵は上手いと思ってるからさ、もうちょっと何とかしたいんだ。田見さんの曲があったら、すげー良いなと思って」
そう言ってみたけど、なんだか見当違いな言葉を言っている気がして焦る。
だって俺は普通に友だちが多いし、何より田見さんに声をかけてるのは、自分のアニメを良くするためだ。
つまりは自分のため。俺は少し俯いて、
「……いや、ごめん。自分勝手すぎるよな」
そう言って立ち上がろうとすると、三つ編みで隠れた顔から田見さん本来の声で、
「いえ、嬉しいですっ! 嬉しいんです!!」
と叫んだ。
今まですげー小声でだったのに、あまりの大声に驚いて再び座った。
両手でもじもじと三つ編みをいじっていた田見さんが隙間から俺を見て、
「……この……声、すごく、変……じゃないです、か……」
「いや、会った時も言ったけど、新谷真弓さんみたいで俺は良いと思うけど」
「……ずっとこの声でいじられて、変って言われて、声が嫌いで、自分が嫌いで、友だちも、誰もいなくて、卑屈で……分かってて……」
田見さんは三つ編みをくっ……と握ったまま、俯いて、それでも少しずつ、必死に話そうとしているのを感じる。
これ以上変なことを言いたくなくて、田見さんのペースに合わせることにする。
田見さんはぽつりと、
「誰も気にしてない、高校からは……と思ったんですけど、やっぱり変って言われて」
「間違いなくオンリーワンだよ。他の人たちとは違うのは間違いない。だから変だって言う人はいると思うけど、俺は、その声好きだけど。励ますとかじゃなくて、そこにある事実として認識してほしい」
俺の妹……清乃は小さい頃ずっと入院していて、身長が小さく身体が細い。
今中学校二年生だけど、130センチくらいで、外を歩くと小学生だと思われる。
だから体調が良くなった今も病院以外全く家から出ない。
俺はずっと「清乃は清乃だ」と言い続けてるから、わりとこういう……言葉は悪いけどコンプレックス持ちのメンタルは分かる。
でも妹を出汁にして田見さんの信用を得るのはちょっと違う気がするので、言わないけれど。
ただ清乃で学んでるのは、心が弱い人にこそ、俺が思ってることを真っ直ぐに伝えることだ。
「はっきり言うし、酷いと思ったらごめんだけど、俺は田見さんの声に全然関係ないんだよ」
「!!」
「俺は田見さんの曲に興味がある。私欲で悪いけど、イケてない俺のアニメに、田見さんの曲が付いたら、すげー楽しそう。だからやろうよ、部活」
「!!」
そう言うと、田見さんはビクリとしてゆっくりと三つ編みを掴んでいた手の力を抜いていく。
「声に興味がないと言って貰えたほうが気楽です。それに、学校でずっとひとりで……ずっと淋しいと思っていたので……誘って貰えて嬉しいです……」
そう言って田見さんは三つ編みから手を離した。
同時に三つ編みがふわっ……と左右に動いて、やっと真っ正面から顔が見えた。
俺はやっと気がつく。
「あ。ひょっとしてこの髪型……音色サクラ?」
「!!」
俺がそう言うと田見さんは再び両手で三つ編みを掴んで顔の前に持って来て、隠れた。
「……そう、なんです……!」
「そっか、ごめん今気がついた。音色サクラで曲作ってるんだもんな。あ、ひょっとしてYouTubeに曲アップしてる? もっと聞きたいから、良かったら教えてくれないかな」
「あっ、これですっ……!」
そう言って田見さんが見せてくれたのは「花鳥加音(かちょうかおん)」というYouTubeチャンネルで、アップしてる曲が20曲もあり、チャンネル登録者数は6000人も居た。
俺は悲鳴を上げる。
「6000! ヤバ!」
「友だちがひとりもいなくて、ずっと曲だけ作ってきたんです……ネットにしか居場所がなくて……こうしてリアルに曲を褒めてもらえて、聞いて感想をもらったのは初めてですっ……」
そう言って田見さんはふにゃあ……と笑った。
はじめて顔が全部見えた笑顔を見て可愛いと思ったけど……可愛いの前に、登録者数6000人?!
力を貸してほしいと思ってたけど、これは予想以上にすごい……というか俺たち仲間にしてもらうにはショボすぎるのでは……。
俺は春岡高校アニメ研究部のチャンネルを見せて、
「……俺たちのチャンネル登録者数、80人だけど。しかもたぶん全員春高の子」
「あのっ……すっごく長くやってるんです……お父さんが私が小学生の時に作ってくれたチャンネルで……もう5年くらいやってるので……」
「いやいやいやいや……ちょっとまって、俺たち15だよね? 5年前って……」
10才から音楽作ってYouTubeにアップしてたってこと?! お父さんがプロとはいえ、ヤバすぎる。
とりあえず夜になってしまいそうだったので、月曜日に部室で話そうと今日は帰ることにした。
でも俺は自転車をこぎながら、ワクワクして叫び出しそうだった。
すごい子がクラスに居た。
この奇跡にワクワクが止まらない。
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