第2話 笑衣子の事情
「ダメだ、やっぱり映像がないと全然伸びない」
春岡中学校と高校の境界線にある広場の机で私……
私はパソコンで音楽を作って、ネイロイドを使って歌詞を付けて、YouTubeにアップしている。
昨日新曲が出来たんだけど、動画撮影が面倒で、適当に空の写真と共にアップした。
動画を撮影してアップすれば1日で2000再生はいくのに、今日は800。
やっぱり静止画はダメ。なんでも良いから動画が付いて無いとダメらしい。
聞いてほしいのは音楽だから、写真で良いのに……と思うけど違うようだ。
私はヘッドホンをして、YouTubeで自分の音楽を再生して動画を考える。
「うーん……何がいいかな……」
最初はネイロ曲だけアップしてたんだけど、全く再生数が伸びなくて、絵が無いとダメだと知った。
でも私に絵心は皆無。仕方が無く手持ちのiPhoneで自然物を撮影してネイロ曲にくっ付けてアップしている。
私の曲はすべて暗くて、言うなれば鬱曲なので、空が海のような抜けた絵が似合わず苦労している。
いつも夜中に散歩している時に撮影している地面の動画ばかりでサムネールが真っ黒だ。
でもそれだって編集ソフトに持ち込んで作業して……それなりに面倒だ。
本当は有名なネイロ曲みたいに音色サクラの絵をつけたいけど、どうしたら良いのか分からない。
依頼って……一応SNSはしているけど、リプが来るのも、来ないのも怖くて、誰も反応できないようにしてある。
引用が怖くて通知欄も見てない。そんな私が依頼……?
絵を描いて貰えるサイトでお願いしようかな……と見たこともあるけど、私の曲を聴いて「なんだこれ」って思いながら描いてもらうの申し訳ないな……と思って動けない。怖い、全部怖い。
「……はあ、つかれた」
私は小さな声で呟いた。
その声があまりにかすれていて、酷くて咳払いをして水を飲んだ。
私は自分の声が嫌いで、作曲以外は全く自信がない人生を歩んできた。
私の声は世にいう「ダミ声」というもので、とにかく低くて、ゴロゴロしている。
幼稚園の時に「変な声ー!」「かぜひいてるの?」「バケ猫みたい」とみんなに言われた。
声を笑われた私は、話すことも、歌うことも断固拒否した。
私が通っていた幼稚園は頻繁に歌を歌う幼稚園で、困り果てた先生が提案してくれたのが「じゃあ先生とピアノを弾く?」だった。
もともとお父さんがテレビ局の音響として仕事をしていて、音はすぐ近くにあるものだった。
歌うよりマシだろう……と習ってみたら、指でトントンするだけで音が出て、笑われない、なんなら上達すると褒められる。
私はどんどんピアノにのめり込んだ。
そんなある日ピアノの先生が「次はこの曲弾こうか」と聞かせてくれたのか、音色サクラの曲だったのだ。
合成音声。
そこには憧れのとっても可愛い声が、打ち込むだけで出てきた。
すごいすごいすごいすごい。
私は一気に夢中になった。幼稚園の年少からピアノを続けていた力があり、お父さんは昔使っていたパソコンをくれた。
そこには趣味で買ったという音色サクラのソフトも入っていた。
そこからは沼。
小学校三年生から今までずっと私はひたすらピアノを弾き、ネイロ曲を作り続けている。
脳に浮かぶ曲は無限大、一歩外を歩けばメロディーが浮かぶ。
地味にアップし続けたYouTubeのチャンネル登録数は6000人を超えた。継続は力なり!
思わず広場でピンと両手を上げてみる。
「……」
誰もいない広場でひとり、何をしてるんだろう。
「はあ……」
ため息をついて、お弁当を片付けた。
そして中学校の敷地を抜けて高校側に入り、教室に戻って一番後ろの自分の席にスススと座った。
教室をこっそり見渡してみるけど、私が居なかったことも、私が居ることも、誰も気にしてない。
この私立春岡高校がある県に、高校入学のタイミングで引っ越してきた。
転校してきて、今までの私を知っている人はひとりもいない。
心機一転、人生やり直し。私は少し声が変わってるけど、そんなこと気にしてませんって感じにして、普通に話せば良いだけ。
私が必要以上に気にしてるから、みんな気にするだけ。私の声なんて誰も気にしてない。
自意識過剰。
高校生にもなってさすがにかっこ悪い。
最初が肝心、頑張れ、いける。
何度もクラスメイトに話しかける練習をして挑んだ入学式。横の席の女の子に話しかけられた。
「知らない子だ、高校から組?」
私はものすごくものすごくものすごく勇気を振り絞って、
「うん。こっちに引っ越してきたんだ、よろしくね」
と普通の声で言った。すると横に座っていた女の子は大笑いして「なにその声、風邪? 喉壊れてるならマスクしてよ」と言ったのだ。
喉壊れてる。
その瞬間に私は鞄からマスクを出して黙った。
悪気はないと思う。声が変すぎて、喉が壊れてると思ったんだよね、わかる。
風邪引いてるなら移されたくないと思ったんだよね、わかる。
だって入学式で、その日に風邪を移されたくないよね、わかる。
わかるけど、もう完全に、一瞬で心が折れて全部無理になった。
喉も壊れてて、心も壊れた。
それから一ヶ月、ずっと引っ越し前と同じ、小声で話してる。
「おーい、授業はじめるぞー!」
先生が教室に入ってきて、五時間目の授業が始まり、私はノートを取り出した。
所詮学生なんてあと三年で終わる。
もう良い。
学校にいる間はひとりでいい。
幸いこの学校は敷地が広いし、色んな所に隠れて逃げ通そう。
げじげじとノートに線を書いていたら、芯がペキリと折れてノートに転がった。
……淋しいなあ。
ひとりは淋しい。
中学までは給食だったから教室で普通に食べられたけど、高校はお弁当で、みんな友だちと席をくっ付けて食べる。
お弁当初日に、みんなが自然と机を移動させはじめた時、近くの席の子が「あ……」と私の方を見て、明らかに『困った』。
困られるくらいなら、拒否されたほうが良かった。
気を使われるくらいなら、無視されたほうが良かった。
でもそんな風に、孤独さえ人のせいにする自分の思考も、自分も嫌で、そのタイミングでお弁当箱を掴んで外に逃げ出した。
あれから三週間……ずっとひとり、外でお弁当を食べているんだけど……それがもう、すっごく淋しい。
誰かと一緒にお弁当が食べたいよ。ひとりで食べたくない。
でも幼稚園からずっとひとりだった私に、自分の声が大嫌いな自分に、人に声をかけるのも、和に入って行くのもハードルが高すぎる。
声をまた笑われるんじゃないか。
変だって言われるんじゃないか。
怖くて怖くて仕方が無くて、もう動けない。
「一回やってみよう」
六時間目の授業が終わり、誰よりも早く教室を飛び出してお父さんが作ったスタジオに来た。
私のお父さんはこっちでずっと単身赴任をしていて、このスタジオ兼別荘にひとりで住んでいた。
お父さんはテレビ局で音響の仕事をしていて、趣味で音楽を作ってMIXをしている。
「俺はテレビ局を早期退職して作曲の仕事をする!」とスタジオを作ったけど、結局仕事が忙しくて全然使ってない。
私たちがこっちに引っ越してきてからは、家のほうに居てここには全く来ない。
だから私が勝手に使っているのだ。
家から自転車で15分、海がすっごく近くて誰もいなくて、私はここが大好き。
スタジオに置きっぱなしにしてあったスタビライザーを持って、岬の先へ向かう。
ここは誰も来なくて、夕日がピカピカでまん丸で、ここに引っ越してきてから「いつかこの景色に似合うような明るい曲を作ろう」と思っているけど、毎回暗い。でも気がついた、絵を私の曲に合わせれば良い。
作る歌が暗くて何が悪い。私の性格が暗いのにハッピーな曲作ってたらそのほうがヤバいと思ってほしい。
こんな明るい海は反転させて色いじって、真っ黒にしちゃお。そしたらうごめく何かになるかも。
ちなみに夜の海は月が出ていても真っ暗にしか撮影できなくて諦めた。
「ここで撮ればいいかな」
私は大きな木にしがみ付いて、iPhoneをスタビライザーにセットした。
スタビライザーはいうなれば、撮影時の振動を無くせる撮影棒だ。
歩きながら撮影しても画面がガタガタ揺れなくて、私みたいに長い尺の映像が欲しい人間には神のようなアイテムだ。
いつもこれを持って深夜歩き回って、それを曲用の動画にしている。
私の曲には黒しか似合わない。
海に寄って撮影すると、キラキラが美しい。
「うん。良い感じ。これを反転して真っ黒にする、いける」
夕方になりかけの空と海。もう少し待ったらきっと一番星が見えてくる。
でも、もうちょっとあれだな……葉っぱをなめるか……太陽の日差しを受けてキラキラ……って透けられない?
これスタビライザーの角度……うーん違う。私が少し木に上って……と上下していたら足元の土がザララッと崩れて世界が反転した。
やばい落ちる!!
私は慌てて手を伸ばして何かを掴んだ。
その瞬間手からiPhoneとスタビライザーが落ちてしまった。
「っきゃああああーーーー!!」
思わず叫ぶ。
このふたつがないと私は生きて行けない!!
よく見てみると、崖は私の身長くらいで、iPhoneとスタビライザーは海の浅い所にあった。
膝から下が濡れるけど、それより一刻でも早くふたつを海から救出しないと!!
私は気合いを入れて飛び降りた。
足元がボコボコして滑ったら全身濡れるっ……それだけはイヤだっ!!
気合いを入れて着地したら、少しズルルッと滑ったけどセーフだった。
といっても、膝から下と革靴が海水の中に入って最悪に気持ちが悪い。
そんなことよりiPhone! 画面を確認すると……ああ、生活防水ありがとう。そしてスタビライザーも動いた。
良かったああああ……君たちが私の親友だよ……。
「同じクラスの田見さんだ。iPhone大丈夫? ていうか、地の声すごいね」
「!!」
声をかけられて顔を上げると、崖の上に人がいた。はじめて気がついた。
私と同じ高校の男の子……黒い髪の毛で身長高くて、いつもクラスメイトと楽しそうに話している……蜂谷優真くんだった。
これが私の運命を変える出会いだった。
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