ぼっちなヒロインの作り方 ~真面目さしかない俺が、孤独女子を助けて一緒にワイワイする話~

コイル@委員長彼女③6/7に発売されます

第1話 出会い


「PVが全然伸びない……」


 俺……蜂谷優真はちやゆうまは、YouTubeの再生数を見てため息をついた。

 一週間前、春岡高校アニメ研究部のチャンネルに新作動画をアップしたんだけど、 今の再生数が35。

 全く再生されていない。アップしてから毎日再生数を確認してるんだけど、一週間経ってもこの数字なのは、かなり悲しい。


「……内容が暗すぎた……、かな」


 悲しく呟くと、ザザーーン……と大きな波が崖にぶつかった音が聞こえてきた。

 俺の家は海から近く、荒れてる日は波音が聞こえてくる。

 その音に誘われるように窓を開けると春の気持ち良い海風が首筋を抜けた。


「やっぱ素人アニメなんて、誰も見ようと思わないか……」


 俺は呟いた。

 俺は最初、ただのアニメ好きだったけど、作ることに興味が出て高校のアニメ研究部でアニメを作っている。

 アニメと言っても、プロが作っているようなすごいのじゃない。

 素人が好きで作っている静止画が多いものだけど、話はちゃんとしている……と思う。

 でも必死に作ってもPV35。悲しすぎる。

 ……気持ちを切り替えるために甘い物でも食べよう。

 俺はスマホを手に取り、コンビニに行くために部屋を出た。

 すると一階で温かい飲み物を作って階段を上ってきた妹の清乃きよのが居た。

 肩までの髪を揺らして、


「お兄ちゃん。どこか行くの?」

「おう。コンビニ行ってこよっかなと思って。何か食べる?」

「清乃、上にカリカリに冷えたチョコが乗ってるエクレアが食べたいな」

「おっけ。買ってくる」


 了解、と俺は手を振って外に出て自転車に跨がった。

 妹の清乃は身体が弱く、春岡中の通信制に所属して、家でひたすら絵を描いている。

 清乃は最高の絵を描いてくれてるのにあのPVは申し訳なさすぎる。


「せめて明るく楽しいギャグアニメにすべきだったのか?」


 と口に出して首を振った。

 笑いのツボは人によって全然違うからギャグは難しい。

 派手な魔法が出てくるファンタジーとか……?

 でもアニメ研究部とは名ばかりで、部員は部長の俺と、妹の清乃、そして幼馴染みの明日海も入ってるけど幽霊部員で全然活動してない。

 必然的に絵を描いているのは清乃ひとりで、そこにド派手な作画は無理だし、キャラが多いのも難しいし……、


「ああああ……部員が少なすぎて何も出来ない……」


 俺はうめきながら、海岸線沿いの道を自転車で走った。

 今は五時過ぎで、ゆっくりと太陽が沈みはじめている。この時間の海を見るのが好きで、よく走っている。

 昨日の雨が止んで空気が澄んでいて、こういう日の夕日は赤さが違う。

 それをゆっくり見たくなり岬の入り口に自転車を止めて歩き出した。

 ここは海岸線に向けて少し飛び出した島のような岬だ。

 建っているのは別荘が多く、使われているのは夏がメインで、春のこの時期に人はいない。

 俺は木の向こうに見える夕日の光を感じながら決意する。

 新入生が多い今、ひとりでも部員を増やす!

 絵を動かすのは当然すげー大変で「アニメを一緒に作らないか?」と美術部の子に声をかけても、みんな「私には無理」「出来ない」と言う。

 そのたびに俺は、俺も絵が上手くないけど、実写合成とか色々方法があるし、絵だけじゃなくて楽しいよ! とアピールし続けてるんだけど、ハードルが高く感じるようだ。

 そんなすごいの作ろうと思ってないけど、俺はわりと『物語』を考えたい人で、話が重くなる傾向がある。


「それが問題なのか……? もういっそ四コマ日常系……? いやでもそれを作りたいわけじゃないし……」


 考えてもどうしたら良いのか分からない。

 歩いていくと、森の終わり……一番海側にある大きな木の下に女の子が立っているのが見えた。

 海風でなびく高い場所で結ばれた三つ編み……そしてチェック柄のスカート……春岡高校の制服だと分かった。

 春岡の子でもここまで来るのは珍しい。だって別荘地の一番奥にある岬だ。

 わざわざここまで来る必要がなく海は見えるし、岬だってある。

 何度か散歩に来てるけど、ここで春岡の子に会ったことは無かったんだけど……と思って後ろから見てると、女の子は木にへばり付いているように見える。

 そして身体を上下に動かして、木に身体を擦りつけている……どうしよう……森で見つけた変態かもしれない。

 でもよく見ると、手に棒……違うな、あれスタビライザーを持っている。

 スタビライザーはスマホに取り付けて振動が無い状態で撮影できるもので、あれを持ってるってことは、今は夕日を撮影中ってことか……と思ったその瞬間、悲鳴が響いた。


「っきゃああああーーーー!!」


 スタビライザーを持った女の子が思いっきり崖から滑り落ちた。

 同時にジャバッ……と落ちた音がする。大丈夫か? と駆け寄ると、木の根をギリギリ掴んだ状態で、女の子は海を見て叫んでいた。

 どうやら自身は木の根を掴んでセーフだったけど、iPhoneとスタビライザーを海中に落としてしまったようだ。


「あーーーーっ、iPhoneが!! ダメダメっ! もおおお~~~!」


 そう言って女の子は木から手を離して海に落ちた。

 海に落ちたと言っても、そこはまだ浅く膝下くらいの深さで、スタビライザーとiPhoneは海中の石の上にあり、半分水没した程度に見えた。

 俺も同じ状況になったら、海に着地して拾う。

 俺も実はここで夕日を撮影してて、手を滑らせて何度もiPhoneを落としたことがある。

 俺は崖の上でしゃがんで、海側にいる女の子に手を伸ばして口を開く。


「同じクラスの田見たみさんだ。iPhone大丈夫? ていうか、地の声すごいね」


 俺は長すぎるツインテール状態の三つ編み……どっかで見たことあるな……と思ったけど、海に落ちた時に思い出していた。

 彼女は俺と同じクラス、春岡高校一年A組の田見さんだ。ごめん、名前は知らない。

 こんな所にいて、iPhoneとスタビライザーで撮影してるのも驚いたけど、一番驚いたのはその声だった。

 田見さんはすごく物静かで、クラスで声が小さな子で有名だ。とにかく小声で細い声で話す人だなーと思っていたんだけど、さっきの声はものすごく特徴的な声だった。いうなれば……、


「あれだ。その声、新谷真弓しんたにまゆみさんみたい」


 絶対田見さんは知らないと思うけど、かなり変わった声をしている声優さんで、俺は好きだから自然と口に出していた。

 俺がそう言うと、膝下を水没させてiPhoneとスタビライザーを持った田見さんは呆然と俺を見て、

 

「……好き」


 突然顔を見て『好き』と言われて心臓がドキリとするけど、新谷真弓さんが好きなのだと一瞬で理解する。


「えっ! ……あっ……びっくりした……え、知ってる? なんの作品が好き? キルラキル?」

「……フリクリ……あっ……うそうそ、ヘッドホンも落ちてる、だめっ!」

「え?」


 よく見ると落ちた時に首にしていたヘッドフォンも海中に落ちたみたいで、それを慌てて拾い上げた。

 両手が一杯になってしまったので、俺は「ヘッドホン受け取るよ」と手を伸ばした。

 田見さんはおず……と一瞬困ったけれど、俺にヘッドホンを渡した。

 受け取ったヘッドホンからは大量の海水がボタボタと滴れ落ち、共に音楽が流れていた。

 どうやら防水だったみたいで壊れてないらしい。

 踊るようなピアノのメロディー……。

 俺はその音に導かれるように濡れたヘッドホンを自分の頭に乗せた。


「……つめた」


 ヘッドホンは濡れていてじわりと頭皮が濡れる。

 そしてポタポタ……と耳の横、後ろを海水が垂れてくる。

 俺だって濡れてるヘッドホンなんて頭に乗せたくない。

 でもヘッドホンを外すことが出来ない。

 夕方が終わり、夜が迎えに来ている海。

 紫色のグラデーションの空に一番星が光る。そしてこの時間帯はいつも一瞬海が静かになる。

 海が夜を受け入れるために、一呼吸するのだと俺は思ってるんだけど、その波のように、同時に生まれた星のように音楽がキラキラと響いてくる。そして流れてきた声は、


音色ネイロサクラ」


 田見さんは俺を見て、コクリと頷いた。音色サクラはネイロイドという音声ソフトのキャラクターだ。

 ヤマハがボーカロイドを出しているように、ネイロ社が出したボーカロイドはネイロイドと言う。

 ネイロイドで一番人気なのは、音色サクラで高い場所に結んでいるピンク色の三つ編みツインテールがトレードマークだ。

 そのキャラと同じように結ばれている長い三つ編みが海風に揺れて波と踊った。


 夕方が消えて、夜が生まれて、一緒に君が来る。

 音色サクラが歌い、目の前に同じ景色が広がっている。

 ああ、なんて、音と共にある世界なんだ。

 これは『今の曲の物語』だ。

 俺は今、景色の音色を聞いている。

 その音楽に、語りかける力に、圧倒されて心が締め付けられる。


 俺がどうしようもなく感動していることなど田見さんは知らず、俺のほうを見て「どうしたらここから出られる……?」という仕草をしたので、俺は手を伸ばした。

 田見さんは俺の手を見て、おず……と一瞬たじろいだが、俺は真っ直ぐに手を伸ばして待った。

 俺の耳には田見さんがしていたヘッドフォンがあり、そこから音色サクラの聞いたことない曲が流れてきている。

 この音色に、景色の音に触れたくて、手を伸ばして待った。

 田見さんは、それ以外に上がる方法がないと決めて、俺の手に指先を乗せてきた。

 指先が細くて、冷たい。

 これが現実だ。

 俺は田見さんの手を握って、下から引っ張り上げた。

 昨日雨が降ったから、崖の土はドロドロで脆くて崩れやすくて、また田見さんが落ちないように俺は思いっきり引っ張った。

 引っ張りあげられたけど、勢いがすごくて、俺に田見さんが抱きつく形になり、俺は地面に転がり砂が舞った。

 田見さんは俺の足の間でパッと頭を上げて、


「!! すいませんっ、ありがとうございますっ……あっ……汚してしまって……!!」


 そう叫んだけど、田見さんこそスカートは砂だらけ、靴下は泥だらけ、靴もドロドロになっていた。

 俺は、


「……田見さんの方が大変なことになってない?」

「あの私が使ってる部屋そこなので、あの、タオル、あります!!」

「そこ?」


 俺が顔を上げると、田見さんはコクコクと頷いて少し奥にある別荘を指さした。

 この別荘を使っている?

 俺は田見さんに呼ばれるまま、そっちに向かって歩き始めた。

 これが俺の運命を変える田見笑衣子たみえいこさんとの出会いだった。

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