第9話 屑の狂詩曲 ~悪因悪果~


『は? その王女ってのは、ここの王女なのか?』


 邸ごと隣国に移動したマチルダの父親は、ついてきた分家の邸も込みで小さな集落をつくっていた。

 国境近い長閑な平地。そこを領地として譲り受け、一族だけの小さな部落を。

 大きな森や水源の豊かな湖もあり、とても過ごしやすそうな土地だと、マチルダ始め皆が喜んでいる中、やってきた最恐コンビがもたらしたのは不穏な情報。


《そ。あの馬鹿な小物王を締め上げて判明したからさ。ちょいと後手になっちゃったね》


 ここに移動することは先に決まっていた。ある思惑もあって、公爵はエスメラルダの故郷でもあるこの国を移動先に選んだのだが、思わぬ余録が存在したものだ。


 .....キナ臭ぇな。


 公爵も隣国の王女の話は聞いている。その熱烈なアプローチに折れ、さらには有利な交渉を持ちかけられて、あの愚王がやらかそうとしたことは。

 だが、ただそれだけ。捨て去る国の実情など、何の得にもならないし興味もない。

 

『穿った見方だけど、《勇者の系譜》と国を仲違いさせ、身の内に取り込む作戦だったんじゃないかとも思ってね?』


 ハニートラップもどき。


 これに靡いたのが、あの馬鹿な国王だけなので、ハニトラとしては失敗だが、こうして公爵家は手に入ったのだ。ある意味、策略は成功したともいえる。


 しかし、現代人思考な勇者は腑に落ちないらしい。


『あちらの国王にも、ずいぶん気前の良い交渉をしていたみたいだし? 僕らにも同じだ。《勇者の系譜》を取り込めるなら高くはないと思うけど..... なんか怪しいよね?』


『まあなあ..... 結局、王太子とマチルダは元サヤなっちまったし、王太子も地位を返上しちまったし? ちょいと探ってみるわ』


 そう勇者に答え、王宮へとやってきたマチルダの父親は、呆れ返って言葉も紡げない。


 こうして話したことで、モヤモヤの晴れなかった理由に、やっと合点がいく。

 この国は、《勇者の系譜》が王家と縁を結ぶと思い込んでいるのだ。その相手が息子らでなく公爵本人であることに疑問ではあるのだが。

 未だ怯えすくむ国王らを蔑んだ目で睨みつつ、マチルダの父親は、ばっさり切り捨てる。


「だいたい、歳が離れすぎているだろうが。俺ぁ五十だぞ? 娘と同年代に欲情せんわ、馬鹿たれが」


「でも.....っ! 公爵家を継がせるには、公爵様のお子を授からないと.....っ」


 半泣きで呟くメアリーに眼を剥き、公爵はテーブルを力任せに叩いた。

 

「跡継ぎは足りとるわっ! 億に一も可能性はないが、たとえお前と俺に子供が出来ても、跡取りはエスメラルダの子供達だっ!!」


「そんな.....っ! 王女の子供ですよ? 平民との間に出来た価値の低い子供より優先されるべきではないですかっ!」


「はあああぁぁーーーっ?! てめぇ、そこを動くなっ! ぶっ殺してやるっ!!」


 だんっと音をたてて立ち上がった公爵を、別室で控えていたマチルダが羽交い締めにする。

 瞬間沸騰で名高くもある公爵家だ。念のためについてきていて良かったと、マチルダは心の底から自分を誉め讃えた。


「こうなると思ってましたわぁぁーっ! あなたっ! 結界をっ!」


「了解だっ!!」


 マチルダに言われるやいなや、元王太子が国王夫妻とメアリーを守るように結界を張った。

 伊達に王太子をやってはいない彼である。完璧に張られた結界は強固で、少し撫でた程度では公爵にも壊せない。

 その撫でるは、常人なら四肢が飛び散る威力であるが。


「くっそ、もう良いっ! 手加減しねぇ、王宮ごとその結界をブチ壊してくれるわっ!!」


 みし.....っと音をたててヒビ入る結界。それは王宮の壁をも軋ませ、嫌な音が室内のそここで聞こえる。

 漲る 殺気だけでこの威力だ。死に物狂いな形相で、元王太子は必死に結界を支える。

 今にも爆散しそうなほどの憤怒に彩られた空気。それが徐々に膨張していった。


「マチルダぁぁ! お義父さん、本気ぃぃぃっ!!」


 顔面蒼白で叫ぶ夫を素早く一瞥しつつ、マチルダは父親から手を離して正面に回り込む。


「いい加減になさいませぇぇーーーっ!!」


 如何に優秀な魔術師といえど元王太子は只の人間だ。《勇者の系譜》に勝てるわけがない。

《勇者の系譜》に対抗出来るのは《勇者の系譜》のみ。

 激昂する父親を止めるため、マチルダは異能を解放した。


「森羅万象にかしこみ申すっ! 我が手に鎮魂の一撃をっ!!」


 そう叫ぶと同時に打ち込まれる彼女の右ストレート。それは見事に公爵の鳩尾を貫き、その行動を停止させる。


「お.....っ、ぶっ!」


 メリメリ食い込む拳で撃ち抜かれ、その衝撃が公爵の身体を壁まで吹っ飛ばした。

 肉体でなく魂にダメージを与えて鎮める拳。父親の暴走を阻止するために編み出したマチルダの必殺技である。

 それが拳であるあたり、彼女も正しく公爵家の血気盛んな血を継いでいた。


「.....まったく。ついてきていて正解でしたわね」


「マチルダぁぁ..... 助かったよ、本気で死ぬかと思ったぁぁ」


 冷や汗びっしょりでへたり込む元王太子殿下。

 情けなくも見えるが、相手は一人軍隊と名高い公爵だ。あの父親の前に立ちはだかったいうだけで大したものだと、マチルダは夫を労う。


 だが、話はここからだった。


 キッと問題の三人を睨めあげ、マチルダの瞳に烈火のごとき炎が宿った。

 先ほどメアリーが口にした台詞はマチルダをも激昂させている。あれは、兄達を排斥して《勇者の系譜》を乗っ取ると宣言したも同じなのだから。


 .....しかも現公爵夫人を平民扱いとか。御父様が激怒するのも無理はないわ。


 別にマチルダ達は身分を重んじたりしてはいない。貴賤などくだらないとすら思っている。

 だが、家族を侮られるのと、それは別物だ。なぜに母親を侮辱されたのに、平然としておらりょうか。


 にっこり優美に笑うマチルダだが、その瞳は笑っていない。


「さて、皆様? 詳しくお聞かせ願えるかしら?」


 窮地を救われたと思ったのも束の間、新たな窮地が訪れただけなのだと理解する王家の三人。


 だが、公爵を相手にするよりは話しやすかったのだろう。彼らは洗いざらい吐いた。




「あっきれたぁぁ.....」


「本当に..... そんな馬鹿な企みのために、この国を危険にさらしたとは」


 マチルダ夫婦は二の句がつげない。


 発端は三十年前。マチルダの母たるエスメラルダが嫁いだことから始まった。


 当時、一人軍隊と名高かった公爵。《勇者の系譜》という付加価値もあり、独身の公爵は婚姻相手として垂涎の的である。

 しかし、当の本人は誰にも興味を示さない。それどころが組まれた縁談を悉く断る始末。対峙したご令嬢にも冷たくあたるため、みるみる評判が落ちていた。


 極悪非道、冷血漢、残虐無比など、色々な噂が出回り、戦場で派手な立ち回りをすることもあいまって、勝手な人物像が独り歩きしていたのだ。


 そんな悪評だらけの男に娘をやりたいと思う親はいない。だが、妙齢な女性のいる家には、《勇者の系譜》と縁を結べと王家から命令が下る。

 困り果てた貴族の一人が、マチルダの祖父にあたるエスメラルダの父侯爵だった。

 彼は婚外子のエスメラルダに公爵との縁談を取り付け、形だけでも王家の命令に添うよう画策する。

 もちろん娶られるなどと思っておらず、とっとと追い返されるだろうと考えていた。下手をしたら殺されるかもしれないとすら。

 なのにその予想をはずれ、マチルダの父がエスメラルダを気に入り受け入れてしまう。

 たぶん、母の生家も予想外だったのだろう。見事、公爵を射止めたエスメラルダは、この国で有名人になった。

 そして上手く《勇者の系譜》と縁を繋いだこの国の国王は、魔王や勇者の想像どおり、あちらの国と公爵を仲違いさせ、稀有な一族の取り込みを目論んだのだ。

 

 そこまでは良かった。双方の利害は一致していたし、マチルダ達にしたら所属する国はどこでもかまわない。

 王侯貴族が一丸となって冤罪をかぶせてくるような国に果たす義理もない。


 移動先にマチルダの母親の祖国を選んだのだって自然な流れだった。それを目的に結ばれた縁でもある。

 父侯爵からそのように母は言われていたらしい。《勇者の系譜》の一族に信頼され、いずれは祖国へ招くようにと。


 それは果たされた。これでエスメラルダも本気でお役御免だ。


 しかし、公爵家がやってきてから、その流れが変わる。


 勝手な噂の独り歩きで恐れられていた公爵がこちらの社交に顔を出すと、世間の評価が一変したのだ。

 魔力が美醜に影響する魔族の血を受け継いでいるせいだろう。《勇者の系譜》には類稀な美貌を持つ者が多い。マチルダの父など、その最たる者の一人だ。

 歴代最強の魔力があり、年齢に見合わぬ若々しさ。これに血迷うご婦人も現れ、にわかにざわめく社交界。

 さらに、大抵の社交は夫婦同伴である。エスメラルダを溺愛する公爵の甘い仕草。傍目にもイチャイチャな二人に、これまた勝手な嫉妬の渦が巻き起こった。

 ただでさえ、貴族の婚姻は政略が多い。結婚と恋愛は別物で、愛人を囲うような倫理観。

 そんな中、相思相愛で労り合う夫婦がいたら、そりゃあもう羨ましがられることだろう。下にも置かない扱いで甘やかされるエスメラルダに集まる羨望。

 そこに一つの邪な思惑の視線があったとは、マチルダはもちろん、公爵とて気づいていなかった。




「御母様の実家ねぇ。御母様は生家の話をしないから知らなかったわ」


「知っていたって考えないよ。娘の婚家に別の娘を送り込んで乗っ取ろうなんて」


 そう。エスメラルダの実家である侯爵家は考えたのだ。これが婚外子でなく、嫡流の娘であれば..... と。

 婚外子は正式な血族として認められておられず、せっかく良い所へ嫁げたのにその旨味は殆どない。

 あの外れ者が嫁になれたのだ。ちゃんとした令嬢を迎えさせても良いのではないか? 姉妹、従姉妹など血の近しい者で同じ人間の嫁になるのはよくあることだった。

 せっかくの縁だし、良い娘を送り込み、その子供を《勇者の系譜》の跡継ぎに出来れば、確固たる絆が出来る。

 あちらの娘も、こちらに貰ってやろう。元王太子とやらが婿になったらしいが、地位を辞した今、ただの平民だ。離婚させるのも容易かろう。.....など。

 そんな勝手極まりない妄想爆裂で事に及んだという。その選ばれた娘がメアリーだ。


 国王の養女にして名目上は王家との婚姻。そしてエスメラルダの生家は、正しい血の繋がりを求めていた。


 .....あったま痛ぁぁ。


 茶番にもならない暴挙。妻一筋で子供も溺愛する父侯爵を、母の実家は完璧に敵に回していた。

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