第8話 狂乱の小夜曲 ~恋歌~
「詫びの仕様もないが。本当に申し訳なかった。己の愚劣さに反吐が出そうだ。.....隣国にあっても息災にな。私のような愚か者のことなど忘れて」
ふっと自嘲じみた笑みをはき、王太子はマチルダの手を取ると軽く口づけを落とした。
「彼の地にありて君想う。不断に.....」
寂しげな彼の言葉を耳にしてマチルダは固唾を呑む。それは永遠を誓う言葉だった。
つまり永遠に恋人を作らず、誰とも結婚せず、一生マチルダに心を寄せる言葉。
この世界の女神様は言葉に重きを置く。偽りを許さず、謀れば天罰覿面。しかも、先ほど公爵が使った力が蔓延しているこの広間。
下手な誓いは自殺行為間違いなしなのに、王太子は臆することなく口にした。
これを信じぬ道理はない。
はあっと乾いた溜め息をつき、マチルダは天を仰ぐ。そして面映ゆそうに口を開いた。
「彼の地にありて貴方を想う。幾星霜.....」
マチルダの言葉を理解した途端、王太子の眼がみるみる見開いていく。
彼女が口にしたのは永遠を受け入れる言葉だった。たとえ死が二人を分かとうとも、その身が朽ち果てるまで心を寄り添わせると。
「.....良いのか?」
「あれを誓われては、他に術はございませんでしょう?」
ふくりと微笑む少女を、王太子は力一杯抱き締めた。甘やかな娘のラブシーンに眼を剥いた公爵から、先程までの殺伐とした毒気が根こそぎ抜ける。
「んなっ?! 俺は許さんぞっ!! 我が家は隣国へ移動するんだしなっ! こんなふざけた国に嫁にはやらんっ!!」
全身を逆立てて唸る公爵を真っ直ぐ見つめ、王太子はマチルダの肩を強く抱き寄せた。若者特有の挑戦的な眼差しで。
「ならば私が共に参りましょう」
思わぬ王太子の言葉に、広間がシン.....っと静まり返る。
「誓いを立てた以上、ここに残れば私の子を望むことは出来ません。次代を残せぬ者を国王には据えられますまい。そうでございましょう? 父上」
マチルダに受け入れられ喜色満面の笑みを浮かべつつ、王太子は未だ呻く国王に視線を振った。
王太子は彼女が共にあってくれるなら、公爵も国王も怖くない。
前述したように、彼はこの茶番が終わったら改めてマチルダに求婚するつもりだったのだから。
王家と公爵家の契約は解消されたが、自身の伴侶を選ぶのは王太子の自由意思。二人の成就に王太子の地位が邪魔になるのであれば、弟に譲る心づもりでもいた。
彼にとって最愛はただ一人。
公人としての形式を守ったに過ぎず、彼の心はマチルダから一ミリも離れていなかった。だから今の状況は渡りに船。
息子の出奔宣言を耳にして咄嗟に反論しようとした国王だが、王太子の説明の正しさをも瞬時に理解し、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「.....ぐぅ、.....そうだな。そなたはマチルダに添うしかない。だが、それは隣国でなくても良かろう? 娘御が王子と結ばれたのだ。公爵よ、遺恨は流して、このまま我が国に.....」
調子の良いことを口にしようとした国王を鋭く睨めつけ、公爵は苦々しげに眼光をギラつかせた。
「ああ? なんだって? 戯けた御託をほざくなら、盛大な置き土産残してやるぞ?」
.....広間中が半死屍累々な状態なのに?
これが盛大でないなら、本気を出した公爵の置き土産なぞ一体どのようなモノなのか。想像もしたくもない王侯貴族達。
もはや返す言葉も思いつかず、力なく床に這いつくばった国王は、比較的軽傷な侍従らによって奥へと運ばれていった。
そんな人々を余所に、勇者の系譜の者達は苦笑する。
《なんだよ、最後通牒突きつけに来たのに結局元サヤかよ》
仏頂面で呟く魔王。
「良いじゃないの。子孫らが幸せなら」
魔王を抱き寄せながら、頬にキスを落とす元勇者。
「.....二度はねぇからな? あ~、誓い立ててんだったな。ちっ!」
忌々しげに王子を睨み付ける公爵。
女神様への誓いは違えられない。違える気もない元王太子は、清々しいまでの思い切り良さでマチルダの婿となる。
どうやら世界の終わりは回避されたらしい。
そんな終末兵器な保護者らに囲まれ、幸せそうにマチルダが笑った。
その後すぐ、事を聞いて駆けつけた彼女の兄らも加わり、公爵は邸ごと隣国へと移動する。
有言実行。馬鹿な色気を出した国王は、優秀な王太子をも失った。
数日後、更地に成り果てた公爵邸跡地に、茫然と立ち竦む国王夫妻がいたのも御愛嬌。
稀有な一族を失って失意に暮れる王国。その話が長く各国を笑わせたのは他愛ない余談だ。
そんな悲喜交々なぞ、どこ吹く風。こうして新たな伴侶を一族に迎え、今日も勇者の系譜の伝説は紡がれていく。
微笑ましく寄り添う若夫婦と共に。
.....と、ここで終われたら万々歳だったのだが、話は続いてしまう。
「ようこそお越しくださいました、《勇者の系譜》よ。心より歓迎申し上げます」
「世話になる分は働かせてもらう。それで良いかな?」
ここは隣国。その王宮の貴賓室に国王は公爵を招き入れた。両陛下揃った正式な出迎えである。
謁見室を使わず、お互いに同じ位置に座るこれは、王家最大級のもてなしだ。公爵を王家と同等に置くという表れでもあった。
.....隣の国の国王に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいねぇ。
魔王と勇者が交渉し、より良い条件で公爵一家を迎えてくれると約束した国だ。これも道理だろう。
ちなみに公爵家と連なる分家も移動してきている。《勇者の系譜》は一族の数が少ない分、結束が固い。
本家を蔑ろにされ怒り心頭。後ろ足で砂をかけまくって彼らは共に隣国へやってきた。
「こちらでも同じ身分を用意いたしましたので、これまでと同様の爵位をお名乗りくださいませ。一族の皆様も」
「へえ..... 豪気だな。まあ、妻の祖国であるし、恩義には報いよう。.....して。そちらの女性は?」
目の前にいる国王夫妻の他に、部屋の中には一人の女性がいる。年の頃ならマチルダと似たような感じの凡庸な少女が。
「お初におめもじいたします。国王が養女、メアリーでごさいます」
可もなく不可もなしな感じの少女は、公爵と父王に促されて席に着いた。そして、ここに彼女がいる経緯を語る。
「この娘は遠縁でしてな? 公爵様にお仕えしたいと申しまして。親戚より預かった娘なのですよ」
「御存知でしたかしら? エメラルド様の姪子にあたりますのよ」
「ああ..... あの家の.....」
クソったれ野郎んとこの娘か。.....という本心だけ呑み込むマチルダの父。
その不穏な空気を察したのか、国王や王妃がやや狼狽え始めた。
「いやっ、その..... 奥方と実家に擦れ違いがあったことは存じております。ですが、こうして同じ国で暮らすのですから..... これまでの遺恨は流し、良い付き合いが出来ればと、こうして娘御を寄越されたわけで.....」
しどろもどろな口調の国王を一瞥し、公爵は据えた眼差しをメアリーに向ける。
「全ては妻から聞き及んでいるからな。宜しくする気はない。ましてや我が家に迎えるなど言語道断。お断りする」
王家の養女などという箔をつけてでもメアリーを捩じ込みたかったらしい国王達は、酷く落胆した。
.....が、当の本人はその場の空気が読めないようだ。一刀両断にされたにもかかわらず、マチルダの父親に詰め寄った。
「なぜですか? 公爵たる者、妻の二人や三人居てもおかしくございませんでしょう? わたくしの生家は侯爵ですし、身分は王女でございます。十分釣り合うと存じますが.....」
そこまで口にして、ようやくメアリーは周囲に爆ぜる魔力の冷たさに気がついた。殺気にも似て、容赦ないイバラのごとき空気に。
「.....戯けたことを抜かすなよ、小娘。おまえを妻に? 悪い冗談だ。まだ場末の娼婦でも迎えた方がマシだよ」
侍女か行儀見習いの話かと思えば、まさかの求婚。青天の霹靂過ぎて、公爵の箍がさっくり外れる。
「そういや、この国だよなあ? うちの婿に横恋慕してマチルダから奪おうとした王女のいる国は。.....妻の祖国だから招きに応じてやったのに、この有り様かよ。俺らを舐めてるとしか思えないんだが? あ?」
婚家の義理を果たしたに過ぎないと言外に含ませ、公爵の顔が残忍に歪む。
魔王にして魔王らしいと言わせしめた笑顔だ。温室育ちな王侯貴族などひとたまりもない。
隣国の両陛下やメアリーは、爪先から頭の天辺まで悪寒が貫いて行く。三人共、肌が粟立つのを止められない。
そしてここに来て、ようよう公爵は隣国の意図を覚った。
.....狙いは王太子やマチルダじゃなく、《勇者の系譜》と俺かよ。馬鹿臭ぇぇ。
マチルダの婚約解消騒動から一ヶ月。
勇者や魔王と協力しつつ調べた結果がコレだった。
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