第7話 狂乱の小夜曲 ~一触即発~
「おまえも..... そちらもだ。私に赤裸々な告白をしたであろうが。.....寝所の中で、如何にマチルダが.....魅力的であったかと」
ギリギリ歯を噛みしめつつ呟く王太子。いったい何を聞いたのか。マチルダは、俎板から逃げようと必死な男どもを呆れた顔で見つめた。
「いやっ、そのっ、あれは.....っ」
「そんな話をしましたかな? 覚えがありませぬ」
「.....まあ、それはそれとしまして.....」
しどろもどろで言い逃れしようとする男性達のあまりに無様な姿を剣呑に一瞥し、公爵が唸るような声音で呟いた。
「はあ? マチルダと寝所にだと? 戯けたこと抜かしてんじゃねぇぞ?!」
ひぃっ、と小さな悲鳴を上げて、男どもは倒つまろびつ後退る。それを追い詰めるよう歩を進め、公爵は軽く首を斜にかまえて見せた。
「言ってみろや。うちの娘に何したってか? 答えろっ!!」
《そうねぇ? 聞かせてもらいましょうか? 話によっては、この国もいらないわ》
「.....それは民の迷惑だろう? とりあえず、こいつらの股間を潰しとけば良いんじゃない?」
容赦ない魔王と勇者の眼光に射竦められ、馬鹿な男どもは滝のように血の気を下げた。
劈く雷のごとき公爵怒号に震え上がり、彼らは肩を竦めてへたりこむ。そして泣き叫ぶよう口々に謝罪を吐き出した。
「申し訳ありませんっ! リナリア様に唆されて.....! ありもしない妄想を申しましたっ!!」
「許して下さいっ、許してくださいっ! 私もですっ! マチルダ様とは言葉を交わしたことすらございませんっ!」
ああだ、こうだと言い訳じみた謝罪を叫びまくる男達を王太子が憮然と凝視する。あり得ない事態に言うべき言葉が浮かばないようだ。
それでも絞り出すような声で、事実確認を彼は試みる。
「そなたら.....っ、私を謀ったのか? 事実無根な情事を我に語ったのかっ?!」
燃え上がる憤怒におされ、王太子から尋常ではない殺気が放たれた。
前門の公爵、後門の王太子に挟まれ、凄まじい殺気の刃で打ちのめされ、件の男どもは涙で顔面をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。
オプションは魔王と勇者の最強コンビである。
これに虚勢を張れる人間はおるまい。もし居たとしたら、それはただの愚か者だろう。
無様極まりない醜態を晒す貴族達。
それに愕然とする王太子は、今回の事態を引き起こした御令嬢に視線を振った。
始めに言い出したのは彼女だ。リナリアの告白から、あれよあれよと陳情が集まり、今回の婚約解消騒動に繋がったのだ。
「.....リナリア嬢。そなた、申したな? 殿方にしなだれかかるマチルダに苦言を申したら、池に突き落とされたと。相違ないか? 他にも色々されたと」
聞くまでもないと思いつつ、王太子は広間を見渡す。
「リナリア嬢の話が正しいと証言もあったな? 現場を目撃したとか、その場に同席していたとか? 女神様に誓って相違ないなっ?!」
押し黙る広間の貴族達。公爵の解放した力によって満身創痍な彼等は、これ以上偽りを口にすればただで済まないことを理解していた。
「なんてことだ..... わたしは冤罪でマチルダを責めたのか」
顔を凍りつかせて力なく呟く王太子を、公爵が一刀両断する。
「その偽証を信じたのはお前だ。マチルダに確認も取らず、申し開きもさせず、切り捨てたのはお前だ。人のせいにすんな。我が娘を信じもしなかったのは、貴様だっ!!」
公爵に恫喝され、言葉もなく俯く王太子。
信じていた。だからこそ衝撃だったのだ。しかし全ては言い訳に過ぎない。
事実、自分は彼女の言葉を聞こうとはしなかった。これだけの証人や証言が集まっているのだ。どちらが正しいかなんて分かりきっていた。.....そう思っていた。
多くの者が結託して彼女を陥れようとしているなど想像もしなかった。ほぼ全ての貴族が、何かしらの陳情を王太子に持ち込んできていたのだから。
「そうだ。分かるか? それがこの国の総意だ。この国にとって俺らは目障りで邪魔なんだよ。こうやって罠に嵌めようとするほどな。貴様はそれに対抗出来るか?」
.....まあ、奴等は大して深く考えていなかっただけなのかもしれないがな。
にっと口角をあげて笑う公爵。
浅慮な貴族らの思惑を口にせず、彼は大局に話を持ち込んだ。
この国の貴族にしたら、マチルダを王太子妃、あるいは王妃にしたくなかっただけだろう。あわよくば、その後釜に座ろうと目論む程度。勇者の系譜を失う事態に陥るとなど思っていなかったに違いない。
それを種火から業火に煽り、そのように持ち込んだのは公爵だった。
我が子を晒し者にされ、この先も辛い筵に座らせるくらいならば、すぱっと国を捨ててやる。今回の事態を静観すれば、きっと後々マチルダを嘲り貶め罵るに違いない。
ならば盛大に切り捨ててやろうではないか。そう考え、あえて派手に演出したのだ。立つ鳥跡を濁さずというが、そんな配慮は糞食らえだ。むしろ濁しまくって置き土産の絨毯爆撃をかましてやろう。
それが開幕の扉ぶち破りに繋がった。もはや、この国に未練はない。
マチルダを切り捨てた時点で、公爵からも切り捨てられていた王家。知らぬは王侯貴族らばかりなり。
己の殺伐とした思考に引きずられ、公爵の顔に残忍な笑みが浮かぶ。
その人間離れした雰囲気に、広間の人々は無言で震え上がった。
公爵の全身から醸される昏く静かな怒り。内に苛烈な爆発物を孕んだような一触即発の雰囲気に呑まれ、広間の人々は微動だに出来ない。
ここで下手を打てば、それこそ地獄絵図待ったなしな大惨事が起きるだろう。そうと自覚出来るほど、深々と人間の本能を蝕む凄惨な笑みだった。
《.....アレって人間の子よね?》
「たぶん? でもまあ、本気の怒りってのは人間も魔族も変わらないんじゃない?」
複雑な眼差しで子孫を見つめる勇者と魔王。
樹海にいる魔族の国の跡取りよりも、よっぽど魔王じみた公爵の姿に、二人は眼を据わらせる。
そんな人々など見向きもせず、王太子はマチルダの前に立った。
盛大な茶番劇の幕を下ろすため。
本人が至極真面目なだけに、マチルダは申し訳ない気持ちで一杯である。
.....ごめんなさい、父上と爺婆様が暴れてしまって。でも、これも自業自得よね?
共にあり、王太子と戦友のような気持ちでいたマチルダは気づいていない。
彼が死ぬほど彼女を好きだという事実に。
国王は王太子を隣国の姫と結婚させ、マチルダに第二王子をあてがうつもりでいた。
だが当の本人である王太子は、微塵もマチルダを諦めてはいなかったのだ。
公的な関係を解消したあと、個人的に求婚するつもりでいたのだから。
.....彼女が浮気しておろうがおるまいが関係ない。婚前である。自由恋愛の範囲だ。私にマチルダを繋ぎ止める魅力がなかっただけじゃないか。
.....ならば努力し、振り向いてもらえよう努力するまでだ。うん。
恋は盲目。
貞節を重んじる王侯貴族にあって、王太子はそれを歯牙にもかけない。マチルダであれば何でも良い。
むしろそんなものに拘り、彼女を失ってしまうことこそ愚の骨頂。
この腕の中に最愛を抱ける至福と比べたら些細なことだった。
.....結婚したら外には出さない。公務も政務も共にあり、絶対に他の男に目を向けさせたりしない。
マチルダ、逃げてーーーっと誰かが叫んだ気がしたが幻聴だろうか。
不可思議な声が聞こえた気がし、彼女は何気に天を仰いだ。
そんな暢気な娘を愛おしそうに見つめる王太子と、その王太子を唾棄するような眼差しで最終兵器どもが睨み付ける王宮広間。
満身創痍な周囲が固唾を呑むなか、茶番劇はフィナーレを迎えようとしていた。
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