第6話 狂乱の小夜曲 ~最終兵器降臨~


「.....爺さんからの入れ知恵。力を天に返すことで、薄められるらしいんだ」


 即死級の稲妻から、お仕置き級の雷に。さらには単体でなく全体に。

 行ってきた悪行によっては死ぬかもしれないが、それはもう自業自得だろう。


 つまり今、周りの貴族達は、己の犯してきた罪の裁きを受けているのだった。

 小さな雷がそこここで発光し、描かれるは阿鼻叫喚の地獄絵図。

 なんと国王陛下までがうずくまり、悲鳴を上げているではないか。


 .....どんだけ、やらかしてきてるのよ。世も末だわ。


 思わず天を仰ごうとしたマチルダは、ふと一人だけ呻いていない者を見つける。呆然と腰を引かせて立ち竦むのは、婚約解消を言い渡した王太子。

 どうやら彼だけは、何も恥ずべき罪を犯していなかったらしい。

 騙され、唆されたのは頂けないが、人間とはそんなもんだ。

 

 ふっと小さな失笑を口の端に浮かべ、マチルダは父親を見る。


「そうでしたわ。わたくし、王子から婚約解消されましたの」


「知ってるよ。それで爺様達は怒髪天だしね。もう、こんな国に私達を置いておけないってさ。隣国に新たな家を用意してくれたらしいから、そちらに行こう」


 快活に笑い、愛娘を抱き締める公爵。

 だが、その話を耳にした国王は、火傷の痛みに呻く身体を無理やり起こして公爵を凝視する。

 眼球が飛び出しそうなほど見開かれた国王の眼。如何にも信じられないといったその顔に、公爵は唾棄するような一瞥をくれた。


「うちの娘にこんな真似をしておいて..... 俺らが残るとでも思ったのか?」


「しっ.....っ、しかしっ!」


 伊達に公爵家が《勇者の系譜》と呼ばれているわけではない。

 大広間の重厚な扉を吹っ飛ばしたように、代々の彼等は人ならざる脅威的な力を持っていた。

《言霊》と言われるその力で、何百年にも亘りあらゆる脅威からこの国を守ってきた。


 そこに有るだけで国を憂える優れた家系。


 その正しい意味すら、国王は忘れかけていたのだ。


 小娘一人どうとでもなると。公爵には息子が二人もいる。マチルダぐらい失っても何ともないだろうと勝手に思っていた。

 鉄壁な国の防衛や、その力による駆け引きで優位に進めてきた各交渉。通称『一人軍隊』とまで称される公爵家の面々。

 それら全てを失う危機なのだと、ようやく国王は自覚する。


「すっ、すまなかったっ! 婚約解消は無かったことにっ!」


「なるかよ、ばぁぁぁ~か」


 げほげほ咳き込みながら、すがるように顔を歪めた国王の頭上から声が降ってきた。

 見上げるとそこには二つの人影が浮かんでいる。


《ほんっと舐めた真似をしてくれたものね。可愛い子孫を晒し者になんて。旦那が人間じゃなきゃ、とっくに消し炭にしてやってるところよ》


 真っ赤に燃えるような髪を翻し、すたんっと大広間に降りてきたのは可憐な少女。猫みたいにややつり上がった大きな眼を爛々と輝かせ、彼女はマチルダの周囲にいる人々を睨めつけた。


「まあ、そう言うなって。俺もムカついちゃいるが、偉そうにふんぞり返る王侯貴族らなんざ、こんなもんさ。もっと良い待遇を約束してくれた国もあるし、そっちに移動しよまい」


 少女に少し遅れて広間に降り立ったのは細めの青年。黒髪黒目に縁なし眼鏡の彼は、悪戯げな眼差しで広間を一瞥する。


「爺様っ」


「婆っちゃ、遅ぇよ」


 どう見ても老人には見えない二人に対して、公爵親子は爺婆と呼んだ。それを黙って見ていた国王は、王家に古くから伝えられている口伝を脳裏に過らせる。


 彼の昔、魔王を諫め和平を結んだ外様の勇者。彼は漆黒の瞳に射干玉色の髪を持つ少年だった。


 そのような枕詞から始まる勇者の物語。後に勇者は魔王と縁を結び、樹海の魔族の国を治めたという。魔王と結ばれた彼は人の理から外れ、未だに樹海奥深くで生きていると。


 .....まさか?


 ただの言い伝えだと思っていた。過去の勇者を讃える伝説なのだと。人間側が勝利したことを広めるためのプロパガンダ程度にしか愚かな国王は考えてなかったのだ。


「.....勇者殿か?」


「さなり。懐かしい呼び名だな。もう、とっくに忘れられているかと思ったよ。でなきゃ、うちの身内にこんな真似を仕出かさないよなぁ?」


 にぃ~っと不均等に口角を上げ、黒髪の青年は国王に蛇蝎を見るごとき眼差しを向ける。それに酷く狼狽して、国王は這いずるように玉座から飛びだした。


「そっ、そのっ! 違うのですっ、誤解なのですっ!」


「誤解? 何がだ? うちの子に冤罪をかぶせて婚約を破棄した。これの何処に誤解が?」


 ぐっと喉を詰まらせる国王。


 適齢期の子供がいる場合、王家には勇者の系譜と娶せるようにとの不文律があった。強制ではない。大抵は王家が望み、縁を繋いでもらっていた。そうそう適齢期の子供がかぶることもなく、数代おきにあるかないか程度。


 ただ今回、王家に降って湧いたのが、隣国との縁談である。


 適齢期の王女が隣の国におり、その王女との結婚話が持ち上がったのだ、

 彼女は、ある夜会で王太子を見初めたらしく、王女側から熱烈なアプローチを受けた。

 勇者の系譜も魅力的だが、隣国からの支援も捨てがたい。さらに言うならば、国王には三人の王子がいる。二番目の王子とマチルダは同い歳だ。この婚約破棄のあと、マチルダと次男の婚約を目論んでいた国王陛下。

 隣国の支援も得られ、勇者の系譜との縁も結べる。一挙両得な計画を国王は考えていた。

 だから冤罪と知りつつも、見て見ぬふりをする。瑕疵を持つ御令嬢相手に情けをかける形で恩を売りつけ、第二王子との婚約を強いる腹積もりだったのだ。


 どこで計画が狂ったのか。


 顔面蒼白な国王は、ようやく、全てを手に入れるどころが失う寸前であることを覚った。


 音に聞こえし一人軍隊な強者公爵家を。類い稀な美姫と名高い御令嬢を。勇者の系譜を尊重し、諸外国から得られる敬意や称賛を。

 あって当たり前だったため失うなどと思いもせず、己の私利私欲のまま都合よく事を進めようとした。もはや取り返しがつかない。


 愕然と床を凝視する国王を訝しげに眺め、蚊帳の外だった王太子が口を開いた。


「どういうことなのだ? リナリアよ、そなたや他の者らも。あれほど私に陳情を持ちかけてきていたではないか」


 びくっと大広間の貴族らが身体を震わせる。疚しいことをした自覚があるのだろう。女神の裁きを受けた周囲は、それ以上の怒りを買うことに恐怖した。


「私に申したように正直に話せばよいだけだ。さあ」


 無意識に周りを死刑台へと誘う王太子の言葉。

 そこへさらなるトドメを穿つように、彼は忌々しげな眼差しで複数の男性らを睨みつける。


「.....そなたらが申したであろうが。彼女の舌使いはベルベットのようだったとか?」


 下世話を通り越した愚言。


 大広間に揃い踏みした最終兵器達は、王太子の言葉によって一触即発な空気を孕み、切れるような眼光で件の男どもを睨めつけた。


《マチルダと.....?》


「は.....? なんだって? お前らの口から言ってみろや」


「.....下品だね。戯れ言にしたってないないないっ、気色悪いっ!!」


 じわりと忍び寄る殺意に満ちた魔力の波動。

 それがさざめき、打ち返す波のようにおしよせ、馬鹿な妄想を王太子に垂れ流した男達を呑み込んでいく。


「ひ.....っ!」


「お助け.....っ、うわあぁぁっ!」


 この世のモノとは思えない迫力を醸す化け物の群れに囲まれ、男達は絶体絶命だった。


 .....自業自得である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る