第4話 狂乱の小夜曲 ~魔王の画策~
《.....超大盤振る舞いだからな? まったく。本来なら、わたくしの世界の人間らと協力して倒して欲しかったのに。だいたい、魔族も魔族だっ! 樹海を彼らの支配下にして、他は人間にと平等に割り振ったはずだっ! なのに、なんで樹海から出るの? あいつらこそ、バカなの? あーっ!! こんなんならなきゃ、アンタを喚ぶこともなかったのにぃぃーっ!》
『誘拐犯が拉致した被害者にいうべき台詞か、それぇぇーっ!!』
だああぁぁーっとお互いに髪を掻きむしって吠える女神様と勇者。
どっちもどっち過ぎて、伝説の裏側を知るマチルダにしたら素直に同情出来ない。
《女神の天秤》は、発動さえすればその悪行に応じた鉄槌がくだされるフルオート仕様の異能力だ。
これが伝説に残る勇者快進撃の真相だった。御先祖様はただ突っ走るだけで良い。
そう女神様に説明を受け、泣く泣く魔王討伐に赴いた勇者様。赴いたというか、とっとと行けと蹴り飛ばされたというか。女神様も容赦がなかった。
聞けば、魂の譲渡や交換は、神々の間でよくあることらしい。全ては創りたもうた神々の自由自在。
それぞれの世界を活性化したり、窮地の起爆剤にと余所の人間を招くことは、ままあるというから呆れてしまう。
『俺の人権は、どこだぁぁーっ!』
《人間が作った理など知ったことかっ! とっとと片付けてこいっ! 褒美は用意してやるっ!!》
そう叩き出された勇者は、号泣しながら樹海を突っ走った。
しかし、息を切らせつつ魔王の元に辿り着いた彼は、思わぬ想定外に直面する。
なんと魔王は、まだ年端もいかぬ幼女だったのだ。
人間の領地を損略し、魔族を率いていたのは周りの重鎮達。魔王自体は何もやっておらず、《女神の天秤》を発動させても断罪が起きない。
『うっそだろ..... どうすんのさ、これぇぇ.....』
ちんまい魔王を、唖然とした顔で見下ろす勇者様。
さすがに罪もない幼子を倒すわけにもいかない勇者は、仕方なく魔族らと和解を果たし、魔族が再び悪さをせぬよう樹海に残った。
結果、成長した魔王は、自分を慈しんで父のように兄のように厳しくも優しく育ててくれた勇者に恋心を抱き、めでたくゴールインする。
まあ、些事的な騒動が少し併発したが? それも御愛嬌。
『いやいや、三年しかたってねーぞっ? なんで、もうそんなデカくなってんのっ?!』
《魔族の成長期舐めんなよ? 元々、二十年くらい生きてたし?》
幼女の見た目で、実は二十歳だったという衝撃の事実。
ニヤニヤ悩ましい笑みを浮かべて勇者に迫る魔王の姿形は、どうやら変幻自在らしい。
実際、人間らを襲っていたのは暴走した重鎮達だが、彼女は敢えて子供姿のまま、それを静観していたのだ。
前魔王たる父親が荼毘にふし、周りの力ある魔族が、どういう思惑を持っているか確認するために。
成長しない新魔王を侮って、案の定、実力のある魔族は行動を始めた。
領地を広げ、新魔王を貶め、その玉座を簒奪しようと。そうして彼女があらかたの敵を見定めた頃。
何も知らない勇者が飛び込んできて、片付けるべき反逆者を蹴散らしてくれた。
濡れ手に粟で魔族の国を平定してもらった魔王は勇者と和解し、彼を懐に受け入れたのである。
そんな魔王の策略など知らず、勇者は魔族が悪さをせぬよう、あちらこちらと精力的に働いた。
非常に日本人らしい行動だが、結果、その実直さが仇となり、予想外にも魔王に惚れられてしまったのである。
子供の姿をやめ、年頃な肉体で勇者に迫る魔王様。
《いやぁ、助かったわ。ほんとに。お詫びというか、褒美というか、アタシをくれてやる。好きしてかまわんぞ?》
押し倒した勇者に馬乗りになり、魔王は一枚一枚着ているモノを脱ぎ捨てていく。
.....いや、これ逆だよね? 俺が好きにされそうなのでは?
『あ~..... 想定されてなあぁぁいぃぃっ!!』
《世の中、想定外だらけよ。ほれ、受けとれ♪》
年相応に戻った魔王は、ことほか美しく成長した。それこそ今のマチルダを彷彿とさせる絶世の美女に。
魔族の美醜は、魔力の高さで決まる。子供姿でも美しくはあったが、妙齢な女性に変貌した魔王のそれは、子供の頃の比ではない。
豊満な美を誇る肉食獣に見下ろされつつ、勇者は魔王に美味しく頂かれた。そりゃあもう、骨の髄まで念入りに。
《.....褒美はこれで良いか。子孫に余録でもつけてやれば》
そんなことを独り言る女神様に、遥か高みから鑑賞されているとも知らない二人。
最初は雄叫びをあげて逃げ回っていた彼も、超素直な好意を全力で寄せてくる魔王に絆され、気づけばいつの間にか夫婦になっていた。
極上の据え膳に心揺らされぬほど、勇者も聖人ではなかったのだ。
『これも縁かな。うん』
《そうそう♪ 荒事はアタシが任されたからさ。幸せにしたげるよっ!》
テレテレ視線を泳がせる勇者。それでも満更じゃない顔で、彼は、はにかむよう魔王に微笑んだ。
そうこうして月日は流れ、魔王が妊娠して子供が産まれた時。ある問題が浮き上がる。
生まれた赤子は双子で、一人は色濃く魔族の血をひいていたが、もう一人はまるっきりの人間だったのだ。
どうやら人間と魔族が交わると、どちらか片方の性質しか出ないようである。
『うわあ..... まずいよね? これ』
不安げな瞳で問いかける夫を見て、魔王も唸るように呟いた。
《かも? 魔族って、人間を餌くらいにしか思ってないしなあ》
今まで二つの種が結ばれた例はなく、人間な赤子は非力で、とてもじゃないが魔族の中で暮らしていけそうにない。
魔族とは力が正義の弱肉強食な種だ。己より弱い者が上に立とうものなら、全力で排除される。
人間で生まれてしまった我が子の命は風前の灯火。この子を守ろうとすれば、魔王にすら噛みつき、そこらじゅうで叛逆の狼煙が上がりかねない。
昨今のラノベみたく、規格外な能力や絶対的な忠誠心なんてものは存在しないのだ。
魔族とは己の欲望に忠実な生き物だ。強者に憧れ従うだけであって、その強者のオマケまで尊重したりしない。弱い者を上位に置こうものなら全力で反発される。
それこそ、魔王の足元を掬ってやろうなどと考える慮外者も出るだろう。
『.....いやっ、勿論そんなこた俺がさせないけどさっ? でも、ここじゃあ、この子は安心して暮らせないよな?』
そんなこんなで、どうしたものかと困惑した勇者は、人間の国に頼み込んで勇者の血族の家系を創ってもらうことを閃いたのだ。
それがマチルダの公爵家である。
当時、勇者に救われた多くの国々は彼に感謝しており、勇者が預けていった子供達を大切に育てた。時々、勇者も様子を見に来る。
多くは語らないものの、勇者はことのほか親密に子供を愛でた。
そこから、この子供は勇者の子供。訳あって育てられないのだろうと人々は噂し、彼の公爵家を《勇者の系譜》と呼ぶようになった。
貴族の最高位である公爵位を与え、下にも置かない待遇で受け入れる。
魔族の中でこそ弱者の部類だった子供だが、人間にしては凄まじい魔力を持っていたからだ。
後に『一人軍隊』と呼ばれるほどの異能力も。
これに喜び、人間側は《勇者の系譜》を歓呼で迎えた。
もし万一、また何かしらの困難が起きれば、きっと立ち上がってくれるに違いないと期待して。
そういった憶測や悲喜交々も、長い時の流れに洗われて風化する。
今では、正しく公爵家の経緯を知る者はいない。王家すら、勇者の系譜を大切にするようにと口伝が残る程度で、十把一絡げな貴族どもなど御察しだ。
そして種族を越えて契りを結んだ二人は、御互いの寿命を共有している。
死が二人を別つまでどころが、二人は命運を共にしているのだ。片翼が墜ちたら、もう片方も墜ちる比翼のように。
魔王の寿命は数千年。当然、勇者の寿命も伸び、彼は樹海に健在である。
己の血族を見守りつつ。
これを漠然としか認識していない王家は、未だに、やらかしたことの重大性を理解していなかった。
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