5.王都へ
「な、何でいきなり?」
僕は疑問をそのままぶつけた。「勇者サマ」を呼び出せなかったから、仲間に面目がたたないとか、そういう理由であれば。
パレットが自分で言ったように、僕のことを「大賢者サマ」だとか言って、ごまかしでもすればよかったはずだ。仲間に怒られる〜!とか言っていたが、その焦燥した様子は、本当に叱責を恐れている時のそれではなかった。なら、きっとどうにかなったはずだ。しかし、どうして?
「何で、温泉経営!?」
「ふふん。それはにゃ、私の勝手な都合なんだにゃ!後で説明するにゃ。とにかく、移動するにゃ」
るんるんとした様子で、僕の周りをスキップし始めた。そして、その回数が十回を超えた頃、僕に言った。
「それじゃ、王都に行くにゃ!あ!タクシーお願いしますにゃあ〜!」
突然、パレットが空へ向かって叫んだ。タ、タクシー?
僕も、パレットの見る方をなぞって見てみる。すると、そこには、箒に乗ったいかにも魔女っ子って感じの女の子が、空中にふよふよ浮いていた。
「もーう、タクシーじゃなくて、パレット様専属お付きのクリームですよ〜」
その姿を見て、僕は意外と冷静だった。
「もう、あんまりびっくりしないな、浮いてるくらいじゃ」
「ってどひゃ〜!」
僕が驚いたのは、その箒のサイズだった。
でっっかい!!木の幹じゃねーか!
「いや、っていうかこれ木じゃねーか!」
長さにして、大体10メートルはあるし、端には緑が茂っている。
ま、まあタクシーって言ってたし、これくらいは長さが必要か。僕は、無理やり自分を納得させた。
「じゃ、行くにゃ!ハジメ!」
パレットはそう言って、僕に手を差し出してきた。
「ふ、ふん!べ、別にあんたの手なんて...どわああ!」
「よいしょ!」
ツンデレを言い終わる前に、パレットが僕の手を掴み、頭上3メートルほどの位置に静止していた大木へ、飛び乗った。
「ハイ!2名サマ、ご乗車ですね〜。そちらは?」
ピポパポと、目の前の空間に表示された青い画面を操作しながら、僕を指さす魔女っ子。あ、これさっきの僕が出したステータスと同じ画面だ。
「クリームには教えとくにゃ。誰にも言うなにゃ?こいつが、『大賢者サマ』にゃ!」
「ありゃ?『勇者サマ』を召喚するハズでは...?」
「そこんとこは、気にすんなにゃ」
適当だな〜。
「え〜。そうですか。また教えてくださいよ?」
「えっと〜、王都までだと、360パフェですね」
「ちょっと負けてくれにゃん〜」
「ダメですよ、パレット様。ちゃんと払ってください。お付きにはチップを払うことが、規則で定められています」
ちぇ、と言いながら、パレットも空中を人差し指でなぞり、青い画面を出した。何か面白いシステムだな。
「ひーふーみー...ハイ!確かにいただきました!では、王都まで出発!」
その元気いっぱいの声を合図に、箒が急発進した。僕は危うく飛ばされそうになるが、何とか持ちこたえる。
「うひゃ〜!!」
時速で、多分100キロほどは出ているだろうそのスピードに、僕は顔をゆがませた。すると、前に座っていたパレットが僕の方を振り返って、
「ぶふーー!何にゃ、その顔!まるでレモンフロッグが寝てる時の顔みたいだにゃ」
「確かに、キモい顔ですね!あっはは!」
パレットだけでなく、魔女っ子までもが僕をバカにしてきた!
「こっちは客だぞお!ムキーー!ばるばるばばば」
「ほら、口閉じとくにゃ」
風圧でえらいことになった僕の顔を見て、やれやれとパレットが言った。
そうこうしているうちに、『王都』というのが近づいてきたようだ。
「お、見えてきましたよ!王都〜!」
「ぐが〜ぐがが」
「お前この状況でよく寝れるな!」
パレットは、十分かそこらの飛行時間の中で、しっかりと眠っていた。そんなに眠かったのか...すごい風圧なのに。これも慣れなのか?
慣れ...。その言葉を頭の中で繰り返す。僕は、このミルザルキルカ痛え舌噛んだ!
もう一度だ!
ミルザルキルカルザル界へ召喚されたけど、元の世界はどうなってるんだろう...。父さんは、急に僕がいなくなって、どう思っているんだ...。
そう考えていると、急に不安になってきた。
「分かるにゃ、ハジメ。不安な気持ちはにゃ」
「ぎゃああああ!お前、いつから起きてた!?」
パレットがこちらを凝視していた。怖いよやめてよ!
「ってか、何で僕の考えてること...」
「表情が、不安そうだったからにゃ」
こいつ、意外と繊細なところに気づいてくれるやつなんだな。
「ぶははは!やっぱり顔キモいにゃ〜」
「ばるるるぶぶぶ」
風圧でえらいことになった僕の顔を見て笑うこいつはやっぱクソ!
「何イチャついてるんですか〜。もう着きましたよ〜」
言われて、スピードがわずかずつ、下がっていることに気づいた。今まではしがみつくことに必死で、全く気づかなかった、王都の街並みを見てみる。
「な、なんじゃこりゃ」
王都、というからには、西洋風の整然とした、街並みを勝手に想像していた。
しかし、現実はそれとは大きくかけ離れたものだった。
木製の家が立ち並ぶ、市街地だろうか。そこには、バリエーション豊かな住まいが、ざっと見ただけでも5000程確認できた。しかし、驚いたのはこの立ち並ぶ家が、ほとんど破壊されていた、ということだ。
「こ、これは...魔王とかいうやつの...そいつらがやったのか?」
「そうだにゃん。だから、あいつらを倒してくれる『勇者サマ』が必要だったにゃん」
次に、少し高い土地にある『城』へ目をやる。こちらは、まだ被害が少ないようだった。自然や、人の姿も見える。そして、そこからたくさんの子どもたちが手を振っているのが確認できた。
「パレット様〜!」
「はいはいにゃ〜」
手を振られて、優しく応えるパレット。その姿は、先ほどまでとは違って、どこか神聖な雰囲気を持っていた。
そして、そのまま乗っている大木もとい箒は、城の前にある石でできた広場へと降り立った。
僕は、バランスを崩して箒からぐしゃと落ちてしまった。
「いだ!」
「おかえり〜!パレット様、『勇者サマ』ってこの人?」
僕とは反対に、ふわりと華麗なステップで地面に降りたパレットが応じる。
「ん〜?そのことは、後から教えてあげるにゃ!それより、悪い人は来てないかにゃ?」
子どもたちに挨拶されて、僕と魔女っ子も優しく応える。
「では、私はこれで!また用があったら呼んでくださいね〜」
魔女っ子は箒でどこかへ消えていった。いやしかし、すごいな。初めて空飛んだぞ。
「じゃ、行くかにゃ」
パレットに言われ、声の方を見る。
すると、先ほどまでとは違う服装の彼女がそこにいた。
「何かお前、服変わってない?制服みたい」
その服は、ネクタイをきっちり締めた、白いセットアップのタキシードのようなものに変わっていた。
「お前もこれ着ろにゃ。ほい!」
「うわあ!」
僕の周りを、流麗なエフェクトが取り囲み始めた。
5秒ほどたって、完全に僕はエフェクトに包まれた。
パッ!と僕の姿が再び現れると、パレットと同じ服装へ変化していることに気づいた。え?何で着替え?ってかすごいなこれも魔法?それともスキル?
「これは、さっきリュックを出したときの、『任意のものを呼ぶ』魔法を応用したものだにゃん」
へえ〜。すごいな。僕は、自分のセットアップを見て、にへ、と頬が緩むのを感じた。僕は、こういう騎士みたいな服装に弱い。
だって、かっこいいんだもん!
元の世界にいたときも、こういうのを着たアニメの主人公が好きだったっけ...。
「何ぼーっとしてるにゃん」
「今から王に会いに行くんだにゃん!『大賢者サマ』!」
温泉経営者である僕は、異世界に召喚されてしまった〜異世界民にいい湯を提供しよう〜 コーヒーの端 @pizzasuki
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