4.名案

「この大宮殿、僕の家『ぬくもり温泉』と瓜二つじゃないか!」


 僕は、パレットが示した黄色い本の、951ページ、スキル『温泉』の使い方に書いてある、写真を見てそう言った。こりゃあ、一体どういうことでござんすか。


「確かに、これは『レベル10 大宮殿』そのものだにゃん...」


 パレットがぺらぺらと本をめくり、この現象を説明してくれるページを探した。

「無いにゃ、これでも無いにゃ!」



 やがて、パレットは黄色い本をぱたりと閉じた。

「説明が付かんにゃ...。お前、確かハジメって言ったかにゃ?」

「う、うん。そうだけど」

 パレットが目をしぱたかせて言った。


「いきなりレベル10が使えたやつなんて...。大昔、それはそれは昔に、たったの1人だけなんだにゃん...」


「もしかして、僕、2人目の大賢者?」


 きゅるんとした目で、ほっぺに両手を沿わせてかわいいポーズをする僕。パレットの「何言ってるにゃ。アホかにゃ」みたいな罵倒を期待していたんだが...その返答は予想と全く異なるものだった」


「い、いやもしかしたら、本当にそうかもしれんにゃ」

 妙に真剣な顔のパレットに、驚いた。


「でも、大昔の『大賢者サマ』と、お前との間には、大きく違うことがあるにゃん」


 パレットは続けた。

「ちょっとやってみてほしいことがあるにゃん」

 パレットは、僕にレベル2のスキルを使うよう言った。


「しかし、さっきのレベル1も呪文言っただけで、偶然できたようなもんだよ?それに、どうやってレベル切り替えるんだ?」


 僕の疑問はもっともだった。レベル1は、なんとなくぽけーっと、呪文を読むだけで使えた。本当に、本を読むみたいに、つらつらと『読む』だけだった。

「いいから、やってみるにゃ。少し、使うスキルの出力を上げる感じにゃ。そうだにゃ...。オレンジホースに乗る時みたいな...。あ、知らないかにゃ。うーん、うーむ、にゃ」


 あ、そうだ。もしや、こんな感じかな?

 いい例えを出しかねているパレットに、僕はいい例をプレゼンすることにした。

「なあ。もしかして、こういう感じか?」

「にゃ?」

「レベル1!!!」

 僕の尻から、プスと小さな音がした。

「そしてレベル2!!!」

 今度は、少し大きく「プ」と。

「もういいにゃ!汚ねえにゃあ!」

 パレットは、僕のオナラプレゼンを聞いて、ついに狂った。そして僕から20メートルほど離れた位置まで遠ざかってしまっていた。

 パレットは、ふうと息をついてから、離れた位置から大声で僕に言った。

「で、でもそんな感じだにゃー!スキル使う時のレベル調整は、その汚ねえ感覚に近いかもしれんにゃ」

「よおし!そんなら上等だぜ!」

 遠くからこちらを見るパレットを前に、僕は、レベル2のスキルの使用を試みた。

 えーっと、呪文なんだったっけ?

「パレット〜!呪文なんだったっけ?」

「ああー!?ちょっと待つにゃん」

 パレットが黄色い本で呪文を調べ始めた。僕は、スキルの使用に備えて、ストレッチを始める。出力上げたら、どんなことが起きるかまだ分からないからな。

「いち!に!」

 スクワットをしながら、パレットの方を見てみる。

「むむ〜」

「おーい!確か、900ページらへんだったぞ〜」


「そんなことは分かってるにゃ!でも、おかしいにゃ!」

「何がだよ〜!」

 僕は疑問に思って、パレットの方へ近づいた。


「ほら。ここ見ろにゃ。レベル1の使い方は、ここにあるにゃ。でも...」

 ぺらとめくった次のページに、レベル2、その次がレベル3と続くはずだった。しかし、あるはずのその数ページが、白紙になっていた。

「これは...どういうことかにゃ」

「わ、分からん...」

 これでは、レベル2以上のスキルを使うことができない。


 どうしたものか。

 僕は、パレットに罵られる気配を感じた。でも、こいつの反応は、予想とは大きく異なっていた。

「レベル2とか3が使えなくても、ここに『大宮殿』があるにゃん。戦闘には使えない力かもしれないけど、これはすごいことだにゃん。それに、お前この温泉施設の...『大宮殿』の経営者だとか言ってたにゃんな?」

 僕はこくりと頷いて、「そうだぜ。まだ業務指導さえ受けてないけどな」と言った。

「これだけ大きな温泉施設は、この世界にはないにゃ。『温泉』とはいっても、小さな泉みたいなのが、点在しているだけだにゃ」

「そういうことなら、この『ぬくもり温泉』使って異世界経営とか...うへへ」



「それだにゃ!」



 パレットがぴーんと思いついたように、目を大きくして言った。

「マジでどういう理屈かわかんないけど、とにかくお前はレベル10を使えるにゃ、善は急げにゃ!『王都』に行くぞにゃ!」

 え、ちょっと状況が飲み込めないんだが。

「こういうことだにゃ!」

 パレットは、僕の考えを感じ取っていたかのように叫んだ。そして、ポケットから不思議な道具を取り出し、話し始めた。

「あ!皆もしもし〜!召喚無事成功にゃ!でも、何かの手違いで」



「『伝説の大賢者サマ』呼んじゃったにゃ!そういうことだから、連れて一回王都に戻るにゃ〜!ばいばーい!」



「ちょ、ちょっとパレット!あんな嘘ついてよかったのか?皆、その...『大賢者サマ』が来るって期待しちゃうんじゃないか?」

「ふっふっふ。私は、名案を思いついたのにゃ。さっき、お前は、『異世界経営とか...うへへ』とか言ってたにゃん?それだにゃん!」

 た、確かに言ったが。

「まず、私は『勇者サマ』の呼び出しに失敗したにゃん。でも、一応『伝説の大賢者サマ』、つまりレベル10のスキルを使えお前を呼び出すことには成功したにゃん」

「つまり...?」




「初期メンバーは私とハジメで、温泉の異世界経営するにゃん!」





「ええ〜!!!!!!」

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