3.「ドラゴンのうんち踏んでるぞ」「にゃあ〜!!!」

 パレット・ガレットが僕に言った。


「おい、こんな『スキル』見たことにゃい...。表示されるスキル名は、こんなんじゃないにゃ...。『シャイニング・ハピネス』みたいにゃ感じの、かっこいいやつだにゃん」

「うーん、この『温泉』ってスキル心あたりしかないなあ」

 僕は、パレットの方をちらと見た。すると、「どういうことか教えろにゃん」と食いついてくる。

「僕、元の世界で『温泉経営者』だったんだよ。まあ、『温泉経営者になるところだった』って言った方がいいかもだけども」

 それを聞いて、パレットはむむ、と顔をしかめた。

「でも、召喚者のスキルが元の世界の何かに影響されるなんてことは、学校では学ばなかったにゃん...」

 ぶつぶつ言いながら、「よし」と、パレットが呪文を唱えた。



「アプレ・パック!」



 そう呟くと、流麗なエフェクトが発生して、目の前にハートマークのたくさんついた小さなバックパックが現れた。

「なあパレット。ちょっとダサくない?そのパックパック」

「次いらんこと言ったら、その時はお前をバックパックに詰めて、魔王の前に転送してやるにゃん」


 物騒なことを言いながら、がさがさと中をあさるパレット。

 僕は一つ思い出して、質問してみる。

「なあ。さっきはあんな状況だったから聞けなかったけど、それ『魔法』的なやつ?」

「そうにゃん。『スキル』と『魔法』は似てるようで違うにゃん。『魔法』はこんな感じで練習すれば誰でも使えるけど、『スキル』は個人が生まれ持ったものだから、そいつにしか支えないにゃん。それで、いま使った『アプレ』系の『魔法』は、任意の無機物を呼び出せるっていうものだにゃん。でも魔力消費が激しいにゃん」


 へえ〜。さっきの時止めるのもそうだが、便利なもんだな、後でやり方聞いてみよう。

「あったにゃん!」

 パレットが耳をぱたぱたさせながら、両手で掴んだ黄色の本を空に掲げた。

「えーとえーと、951ページ...これにゃん。ふむふむ...」

 それを熱心に読み出したパレット。

「...」

 30秒ほどだろうか。目を光らせ、そのページを確認した後で、パレットががばっと立ち上がった。



「にゃああああああああ!」



「うるさ!何ぃ!?」

「とんでもないことが分かったにゃん...!この魔法学園きっての天才の私でも、見落としていたページがあったにゃん」

 わなわな震えるパレットが目にしたものを見せるよう、せがむ僕。

「よく聞くにゃん...。お前のスキルは...!」

 ごくりと生唾を飲み込んだ。

 一体...何だってんだ!?



「あ、待って。お前の名前何にゃん?」

「温森一だ!」

「変な名前にゃ。それで、お前のスキルは...!」

 名前聞いた意味ねえじゃねーか!

「このページを見るにゃん...!」

 パレットが指を指している部分の文章を読む。すると、僕の全身を衝撃が走った。

「な、何だって〜!」

 そこに書いてあったのは...



『スキル』温泉

温泉をこよなく愛する者にのみ与えられるスキル。

まず、戦闘においてはまるで役に立たない。

効果は、「好きな場所に温泉を沸かせることができる」



「ほ、ほう。これ当たりじゃないのか?温かい温泉にいつでも入れるんだぞ」

 僕が言うと、パレットがじと、と僕を見てきた。

「アホにゃん。ここにアホがいますにゃん。変わったスキル名だったから、ちょっとは役に立つかなと思えば、これにゃん。何が「温泉を沸かせることができる」にゃん。屁みたいなもんにゃーん」

 文句を言うパレットは、また仰向けに倒れ込んでしまった。

「もう終わりだにゃーん。皆に殴られるにゃーん。あ、何するにゃん」

 僕は黄色の本を奪い取り、続きを読み始めた。



スキルの使用方法

呪文は「ビヤン・モンプティ・バン」

レベルは10段階。使うレベルは、その都度選択可能。

熟練度によって、生み出せる温泉の規模と質、栄養価が変わる。

レベル1 ぬるいお湯を手から出せる。勢いも調整可能。



 僕は迷わず、不貞腐れて寝そべるパレットの顔に右手を向けた。

「えと、『ビヤン・モンプティ・バン』」

「おりゃああにゃん!」

 くそ!避けられた!右手から出したぬるいお湯が、地面の芝生にかかる。

「へ、そんなへっぽこ攻撃が私に通じると思ってるにゃ?やっぱアホだにゃ」

「お前、ドラゴンのうんち踏んでるぞ」

「にゃああああああああ!」

 かわいそうなパレット・ガレット。

「ところでさ、パレット」

 靴に付いたうんちをその辺の石ころにこすりつけるパレット。涙目になっている。

「何にゃ」

「ここ、見てほしい」

 僕が指差したのは、さっきの「スキルの使用方法」のページだった。レベル別の効果が書いてある、1番下にレベル10の説明が。そこを見せる。

「この、『レベル10 温泉の大宮殿を生成する』って写真付きで書いてあるの、気になるんだよ」

「仕方ねえにゃ。教えてやるかにゃ」

「まず、『スキル』にはレベルがあるにゃ。レベルは、使用者が任意で選べるにゃけど、高いレベルのものほど魔力消費が激しくて、扱いが難しいにゃ」

 パレットは続けた。

「お前のレベル10も、例に漏れていないにゃ。だから、お前にはせいぜいレベル3までがやっとにゃ。あーあ。お前がせめてレベル7くらいまで使えれば、まだ勇者サマとしてギリギリ皆に嘘つけたのににゃん」

「いや、希望を失うのは早い!このイラスト。どっかで見なかったか?」

「どれどれ...ん?ありゃ?何か見たことある気がするにゃん」

 何だっけにゃ、と首をかしげるパレット。しかし、僕には見覚えしかなかった。


 これは、間違いなく僕の職場兼自宅の「ぬくもり温泉」である。僕たちの後ろにある、さっきまで仮眠していた20階建てのその温泉施設を指差す。

「見ろよ、これ」

「にゃ?」

「にゃ!?これいつからここにあったにゃ!?」


「これ、僕の家なんだけど」

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