第3話

 ユクシ村について二日目。その日は村人たちに挨拶回りに出かけた。その際に俺の作った回復薬を引っ越しの手土産にすることにした。


「あの、ジェイドさん」

「なんだ?」

「そのバッグってもしかして、マジックバッグですか?」

「そうだが?」

「そうだが? じゃないんですけど……」


 俺が村人全員分の小瓶に入った回復薬を取り出しているとリリファが変なことを言い出した。


「別に珍しくもないだろう。ジジイが片手間で作れるぐらいの粗悪品だぞ?」

「いや、結構珍しいと思いますけど」


 マジックバッグ。中に大量の荷物を入れることができる魔法が付与されたバッグだ。その形は様々で、俺の物は大きめの肩から下げる布製のバッグだ。


「あの、容量を聞いても?」

「大したことない。そうだな、大型輸送船三隻分ぐらいか」

「……大したことありますよね、それ」


 いやいや、こんなもん大したもんじゃない。あのジジイが作ったものに比べたら全然だ。


「ま、まあいいです。とにかく挨拶回りしましょう。住民とのコミュニケーションは重要ですからね」


 というわけで俺とリリファは村の住人に挨拶に出かけた。


「こんにちは! 昨日この村に越してきた錬金術師のリリファです! で、こちらが私の、じょ、助手? のジェイドさんです」


 あいさつ回りはそれなりに順調だった。まあ、俺のことを助手だと説明するときなぜだか疑問形だったのは気になるが、とにかく順調に進んだ。


 その際、家具の発注なんかも済ませてきた。どうやら事前にカルナが話しを通してくれていたようで、話しはスムーズに終わった。


 カルナはなかなかできる娘らしい。ありがたいことだ。


 途中、カルナの家にも挨拶に行った。そこで職人たちに話しを通してくれたことの礼を言った。


「すまんな、世話になる」

「いえいえ。村の仲間になんるですから当然ですよ。それで、挨拶に来ただけじゃないですよね?」


 まあ、買い出しをするつもりだったが、まだ挨拶は終わっていない。とりあえず、リリファは注文だけすませると店をあとにした。


「あ、待ってください。ちょうどお昼時ですし、一緒にどうですか?」

「ありがとうございます。でも今日は村の食堂に行こうと思っていて」

「そうなんですか。なら私も一緒にいいですか? いろいろとお話も聞きたいし」


 と言うことで俺とリリファはカルナと共に村唯一の食堂兼酒場へ向かった。


「おばちゃーん! 三人ね!」

「あいよ! 適当に座んな!」


 俺たちは空いているテーブル席に座った。するとそこへカルナが呼んでいた『おばちゃん』が注文を聞きに来た。


「見ない顔だね」

「初めまして。昨日越してきた錬金術師のリリファです。で、こちらが」

「助手です」

「そうかい。あんたたちが」


 おばちゃんは俺とリリファの顔を見比べてからニッコリと笑って手を差しだした。


「ジェーンだ。よろしくね」


 俺とリリファはおばちゃん改めジェーンと握手をする。それから注文を済ませた。注文したのはジェーンオススメのシチューとパンのセットを三人分。それを食べながら三人で世間話をしてカルナとは別れた。


「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」

「ありがとね。今後ともご贔屓に」


 食堂で昼食を済ませた俺たちはカルナと別れ、残りの挨拶回りを済ませて工房に戻った。

 

「さ、掃除の続きです」


 工房に戻った俺たちは掃除の続きと荷ほどきを始めた。一応、五日後ぐらいには店を開けたいとリリファは計画してしるようで、それまでにある程度体裁を整えたい。


 一通り掃除を完了し荷ほどきを終えた俺たちは店に並べる商品を作るための準備を始める。作業を始めるのは明日からだが、その前に道具の点検なんかは終わらせておきたい。


「この『錬金釜』、使えそうですか?」

「かなり古いが、まあ大丈夫だろう」


 錬金釜。大人の男が体を丸めて入れるくらいに大きな金属の釜だ。この中に材料を入れて魔力を込めて薬なんかを作る道具だ。


「ダメなら俺のを使えばいい」

「そういえば、ジェイドさんの荷物は」

「ああ、バッグの中だ」

「……あの、見せてもらっていいですか?」

「別にいいが、大した物はないぞ」


 俺はバッグを取ってくると工房で自分の道具を広げてリリファに見せた。


「……この釜って、まさか『ゴンドロア製』」

「そうだ」

「そうだ、じゃないんですよね」


 ゴンドロア製。名工ゴンドロアが作った錬金釜だがリリファは何を驚いているのか。


「ゴンドロア製なんて珍しくもないだろう」

「何言ってんですか! こんな名品滅多に見られませんよ!」

「そうか? ジジイも姐さんも使ってたから、そんなに珍しいとは思わんが」


 ジジイもゴンドロア製の釜を使っていた。俺の姉弟子の姐さんも使っていたし、ジジイの弟子は大体ゴンドロア製の釜を使っていた。確かにいい品だとは思うが、そんなに珍しくもないだろう。


「錬金術師の憧れですよ。それを当たり前みたいに」

「やろうか?」

「……本当に価値がわかってないんですね」


 リリファがジットリとした目で俺を見てくる。なんだか呆れているような、怒っているような。


「とにかくそれはとんでもないものなんです! それを簡単に人にあげるなんて非常識です!」

「まあ、いいじゃないか。予備はいくつかある」


 そう、持っている錬金釜は一つじゃない。壊れた時の予備はあと五つほどバッグに入っている。


「えっと、ちなみに何代目の」

「確か六代目だったかな」

「大名工じゃないですか!」


 なんなんですか! なんなんですか! うわーー! とリリファが騒いでいる。いや、こっちこそなんなんだと言いたいんだが、まあ、言わなくてもいいだろう。


「はあ、はあ、なんなんですかホント」

「落ち着いたか?」

「……もういいです」


 リリファがため息をついている。何をそんなに騒ぐことがあるのか、俺にはさっぱりわからない。


「こいつが嫌なら他にもあるが」

「いりません。見たくありません」

「そうか? まあ、それならいいが」


 まあ、他のも大した物じゃない。見せる必要もないだろう。


 それに、そんな物なんざ必要ない。


「この釜はいい釜だ。使い込まれているが手入れもしっかりされているし、この土地にも馴染んでいる」

「土地に馴染む?」


 この工房に備え付けられていた錬金釜に触れる。見ただけでも良い釜だとわかるが、触ってみるとさらにその良さがわかる。


「丁寧に手入れをして長く使い込んだ錬金釜には魔力が染み込んで質が良くなる。さらに同じ場所で長く使い続けるとその土地の『気』が釜に染み込んでいく。そうすると釜はさらに良くなるんだ」

「そうなんですね、知りませんでした」


 釜に魔力を注ぎ込んでみる。少し癖はあるが、魔力が抵抗なく流れていく。


 良い釜だ。本当に。


「この土地で使うなら俺の釜よりこの釜の方がずっと性能がいい。ただし、この場所以外で使うと普通の釜になるがな」

「つまりこの釜はこの村限定でゴンドロア製の釜を超える、ということですか?」

「ああ。ゴンドロア製どころかミスリルの釜よりいいだろうな」

「ミスリル……」


 リリファが驚いて目を丸くしている。なんでこんなことで驚くのか俺にはわからん。こんなことは常識だと思うんだが。


「ま、そう言うことだ。この釜が壊れない限りはこれを使うほうがいい。ただ、少し癖がある。慣れるまでは苦労するかもな」


 そう、これはいい釜だ。だが、扱うには相当な集中力がいる。ここを去った老錬金術師はおそらくこの釜を扱いきれなくなったのだろう。腕は良かったのだろうが、年老いて体力も集中力も衰えて、思うようにいかなくなったからここを去ったのかもしれない。


 歳には勝てない、ということなのだろうな。まあ、それが普通だろう。


「でも、本当にこの釜がミスリルよりいいんですか? 確かに良さそうな気はしますけど、ただの鉄釜ですし」


 リリファが疑いの目で釜を見ている。


「ミスリルの釜は見たことがあるか?」

「一度だけ。でも、触ったことはありません」

「なるほど。確かに触ったことがなけりゃ比べられないわな」


 それも普通だ。実際に体験してみなければ比べようもない。


 なら、比べてみればいいだけだ。


「一度試してみればいい」

「試すって……。まさか」


 リリファが青い顔をしている。よくわからんが、表情がコロコロ変わる娘だ。


「あの、もしかして、ミスリルの釜を」

「あるぞ。試してみろ」


 何事も経験だ。と考えて俺はミスリルの釜を出したのだが、それを見たリリファがなぜだか動かなくなってしまった。


「ドルガ王国製の、ミスリル釜……」

「まあ、大したもんじゃないが、これで一度」

「大したもんじゃないわけないでしょう!」


 何を大声を出しているのやら。変な娘だ。


「非常識にも、非常識にもほどがある!」


 なんだかよくわからんが、頭を掻きむしっている。そういや、ここについてから一度も風呂に入っていないな。毎日体を拭いてはいるが、そろそろちゃんと体を洗いたい。


 しかし、この工房に風呂はない。浴室はあるが、浴槽はなかった。


 いや、まて、風呂はないが釜はある。錬金釜を使えば湯を沸かすのは簡単だし、ミスリルの釜は保温性に優れている。風呂には最適だ。サイズも大人が入れるぐらいだ。浴槽にするには十分な大きさだ。


 我ながらいい考えだ。これで風呂問題は解決。あとで浴室に運んでおこう。


「ジェイドさん、何かまだ隠してませんよね?」

「隠すほど大したもんはないよ」

「……信用できない」


 まったく疑り深い嬢ちゃんだ。それよりもやることがあるだろうに。


「口じゃなくて手を動かせ。明日から仕事を始めるんだろう?」

「そ、そうでした。あんまりにも非常識過ぎて忘れてました」


 そう、明日から仕事が始まる。店に並べる商品を作らなくちゃならない。


 俺とリリファは工房の掃除を済ませ、道具の点検をしてから夕食を済ませ、風呂に入って寝た。


 ただ、なぜだかリリファに怒られた。


「ミスリル釜を風呂釜にするなんて何考えてんですかあんたは!」

「いいアイデアだろ?」

「ふざけんじゃないですよこの非常識!」


 なぜ怒っているのかさっぱりわからない。まあ、錬金術師の商売道具を浴槽代わりに使うのは、非常識と言えば非常識だが。


 確かにそこは反省しなくてはな。


「すまん。ちゃんとミスリルの浴槽を用意する」

「そこじゃない!」


 リリファは頭を掻きむしっていた。シラミでもわいているのだろうか。

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