第2話
ユクシ村。ラ・リエス王国の端の方にある田舎だ。そこには一軒の錬金術工房があり、半年ほど前まで一人の老錬金術師がいたらしい。だが、その老錬金術師は年齢を理由に引退。引退後は息子夫婦と一緒に暮らすために村を出て行ってしまった。
その後、工房の主は不在。そこにアカデミーを卒業したばかりのリリファがやってきた、というわけだ。
で、俺はそこで『助手』として働くこととなった。
「……たぶん、いえ、絶対にジェイドさんの方が私より実力があると思うんですが」
まあ、実力が上かは知らないが、俺の方が年長者ではあるし、錬金術師としての歴は長い。修行期間も含めればざっと三十年は錬金術師を続けていることになる。
「回復薬を見せてもらいましたけど、あそこまで鮮やかな赤色は見たことがありません。今の私じゃ、絶対に作れません」
「んなことはないさ。腕を磨けば誰でも作れるようになる」
「……そうなんですかねぇ」
と言うような会話を俺は工房の掃除をしながらリリファとしていた。
村の錬金術師工房。かなり古い工房で、自宅と店舗も一体となっている。建物自体もかなり傷んでおり、外観も内観もボロボロだった。掃除もあまりされていないようだった。
まあ、仕方のないことだろう。この工房は半年前まで老人が一人で回していたという話だ。老人が錬金術師としての仕事をしながら、家事もすべてこなすというのは体力的に厳しい。
俺とリリファは村に到着し荷物を工房に置くとすぐに村長に挨拶に行った。一人で来ると聞いていた村長は俺のことを怪しんでいたが、俺の作った回復薬を見せリリファが事情を説明すると何とか納得してくれた。
それから工房に戻って掃除である。そんな中、誰かが工房にやって来た。
「カルナです。道具屋の娘です。よろしく!」
町の道具屋の娘カルナが工房の様子を見に来た。彼女はリリファの姿をいて喜び、俺の姿を見てギョッとしていた。
まあ、驚くのも無理はないだろう。なにせ俺は見るからに怪しいおっさんだ。ぼさぼさの髪にヒゲも伸び放題。しかもこの国じゃ珍しい銀髪。身なりもあまりキレイとは言えないと来れば浮浪者に見えても仕方がないだろう。
「大丈夫ですよ、カルナさん。この人は錬金術師で、えっと、私の、助手、です」
「どうも、助手です」
まだリリファは俺が助手になることを納得いっていないようだ。錬金術師歴の長い俺がアカデミーを卒業したばかりの新米ペーペーの助手になる、ということに違和感があるのだろう。
だが、それは仕方ない。なにせこの工房はリリファの工房なのだ。工房主を募集しているところに応募し、工房主として採用されたのはリリファなのだから、俺が工房主になるわけにもいかない。
「あの、何かあれば言ってくださいね。お手伝いできることはなんでもしますから」
「ありがとうございます。あの、じゃあ、さっそくなんですが――」
掃除の途中だがリリファはカルナと話を始めた。痛んでいる棚やベッド、錬金術に必要な道具類、その他諸々の手配をどうすればいいのか、とリリファはカルナに相談し始めた。
「じゃあ、俺は庭に行ってる」
俺はその会話には入らず庭へと向かった。
「……なかなかに荒れてるな。しかし、いい菜園だ」
柵で囲われた庭。そこはもともと薬草を栽培する菜園だったようだ。だが、半年間手入れを怠っていたおかげで雑草が伸び放題に伸びている。俺はその雑草の中から調薬に使えそうな薬草を探す。
「月光草に日輪草。いい薬草が揃ってるじゃないか」
確かに手入れはされていないが、雑草の中に紛れて珍しい薬草がいくつも生えていた。栽培の難しい薬草もあった。前の主はなかなか腕のいい錬金術師だったのだろう。
「ま、手入れは中の掃除が終わってからだな」
庭を確認し終わった俺は工房の中に戻った。するとそこにはすでにカルナの姿はなく、リリファが掃除の続きをしていた。
「話はついたか?」
「はい。改めて職人さんのところにお話に行くことにしました」
どうやら家具などの目途はついたようだ。
それから俺たちは掃除を続けた。そのおかげでとりあえずは寝床を確保することができた。
掃除がひと段落した頃には日が傾きかけていた。今日はこれくらいにして晩飯にしようか、と二人で話していると、再びカルナが現れた。
「どうぞ! 差し入れです!」
カルナが晩飯を持って現れた。いやいや、気の利くことで。
「助かる。今日はもう疲れた」
料理なんざする気もわいてこない。本当に助かった。
「カルナさんも一緒にどうですか?」
「そんな。お二人でどうぞ」
「気を使わないでいいですから、ほら、一緒に」
というわけでリリファが強引にカルナも誘って三人での夕食となった。
誰かと食べるなんざ、久しぶりな気がする。いや、遠征で兵士たちと食事をしたか。ただ、野営地で食事をするのと、ちゃんとした屋根の下で食事をするのでは趣が違う。
「美味い」
「ありがとうございます! 母ちゃんも喜びます!」
「本当においしいです! ありがとうございます、カルナさん」
穏やかな時間。こんな時間は本当に久しぶりだ。
本当に久しぶりさ。
「本当に美味かった。なんか礼をしないとな」
「いいですよそんな!」
「気にするな。これは俺の流儀だ」
美味い飯を貰ったらそれ相応の礼をする。それが俺のやり方だ。相手がなんと言おうと押し付ける。今までもそうしてきた。
「ほれ、持ってけ」
俺は部屋の隅に置いたバックからそら豆ほどの青いのついたネックレスを取り出すとカルナに渡した。
「こ、こんな高価な物いただけません!」
「そんなに高いもんじゃない。俺の手作りだ。そこらの石に俺が魔法を付与しただけのもんだ」
そう、本当にそこいらの石に魔法をこめただけのものだ。確かに石は青く光って綺麗に見えるが、実際はただの石ころに過ぎない。
「ほ、本当にただの石なんですか?」
「……騙されちゃいけません、カルナさん。これ、ヤバいですよ」
カルナに渡したネックレスをリリファも眺めている。その顔は真剣そのもので、なぜか冷や汗を流していた。
「守護の魔法が付与されてます。たぶん、ドラゴンのブレスでも耐えられるぐらいの」
「ドラゴン!?」
カルナが驚いている。いや、そんなに驚くことかねぇ。
「材質は本当にただの石みたいですけど……。というか、ただの石にこれだけの魔法を付与できるなんて」
リリファが俺を見つめている。化け物でも見るような目で。
「こんなもん、俺に錬金術を教えたジジイに比べたら大したことじゃない」
「……ジェイドさんのお師匠さんて、人間ですか?」
「……正直、怪しいな」
そう、正直怪しい。あのクソジジイは人間の範疇を越えている。
「ま、とにかくもらってくれ。それぐらいならいくらでも作れる」
「……非常識にもほどがあるんですけど」
リリファが呆れたようにため息をつく。それから諦めたようにカルナの肩をポンと叩く。
「もらってください、カルナさん」
「ほ、本当に? 本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。……たぶん」
カルナはおろおろしていたが、なんとかネックレスを貰ってくれた。
「気に入らなかったら売ってくれ。まあ、大した金にはならんだろうが」
「いや、これ一つで家が建つと思いますけど」
「家!?」
まったく大げさな。何を驚いているやら。
「ほ、本当に大丈夫なんですか!? 大丈夫なんですよね!?」
疑り深い娘だ。警戒心が強いことは悪いことじゃないが、そんなに警戒されると、まあ、ちっと、傷つくな。
おっさんには優しくしてほしいもんだ。まったく。
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