野良のおっさん錬金術師

甘栗ののね

第1話

 善意が仇となることがある。


「クビだ。さっさと出てけ、汚らわしい平民が」

「ああ、さいですか」


 俺は旅をしていた。何の目的もない旅をしていた。その旅の途中、人を助けた。魔物に襲われている一団を助けた。


 助けたのは王子様だった。


 俺はうっかり王子様を助けてしまった。王子様は無事だったが、その部下には瀕死の重傷を負っている者もいた。俺はその瀕死の奴らもうっかり助けてしまった。


 俺は錬金術師をしている。野良の錬金術師だ。腕はそこそこ。俺に錬金術を教えたクソジジイに比べたら天と地ほどの差があるが。


 危ないところを助けられた王子様。別に恩を売りたかったわけじゃない。ただなんとなく助けてしまっただけだ。


 善意。まあ、そう言うことにしておくことにする。俺は王子様を助けた。


 王子様は言った。


「あなたを王立研究所に招待したい。いや、ぜひ来てくれ」


 ラ・リエス王立研究所。魔術や錬金術などを研究するラ・リエス王国で一番の研究施設だ。俺はそこに招かれた。


 で、一年でクビ。俺は研究所を一年で追い出された。


 別に俺は何もしていない。ただ研究所の偉いさんに嫌われただけだ。平民で、しかも『アカデミー』を出ていない俺が王国一の研究所にいる。それがアカデミー卒のお貴族様たちの気に障っただけのことだ。


 まあ、別に何とも思っちゃいない。嫌がらせなんかも受けたが、正直ジジイのしごきの方が何倍も辛かった。雑用も苦にはならなかった。徹夜で回復薬の製造をやらされたこともあったが、ジジイの修行の方がもっとキツかった。


 軍の遠征に同行したこともあった。お上品なお貴族様は泥にまみれるのが嫌らしく、毎回俺に押し付けて来た。


 で、クビ。俺は一年で研究所を追い出された。


 にしても性格の悪い奴らだった。俺をクビにした時も、俺を研究所に連れて来た王子様が遠征でいない隙にという用意周到ぶりだった。


 特に思い入れはない。未練もない。なんとも思わない。もとに戻るだけだ。


 何の目的もない放浪の旅をするだけだ。


「……さて、これからどうしますかねぇ」


 研究所を出た俺はまた旅を始めた。行くあてもない旅に出た。


 その途中、また魔物に襲われている奴らに出会った。で、また助けた。


 別に無視してもいいとは思う。だが、ジジイの名前に泥を塗るわけにもいかない。


 ジジイの弟子として、その名に恥じない錬金術師でいなくちゃならない。


「あ、ありがとうございます! 危ないところを助けていただいて、怪我人の治療も」


 助けたのは数台の馬車と女の子だった。その首には『大陸錬金術師協会』に所属している錬金術師である証の『錬金術師章』を下げていた。


「な、何かお礼を」

「気にするな。じゃあな」

「ま、待ってください!」


 善意が仇となることを俺はよく知っている。面倒事に巻き込まれたことも数えきれないほどある。


 そうじゃないこともたくさんあった。だから、人助けをやめるつもりはない。

 

 面倒事に巻き込まれたら、どうにかすればいいだけだからな。


「む、村まで護衛をお願いできませんか? また魔物に襲われるかもしれませんし」

「……まあ、それぐらいなら別に」


 俺は女の子たちに同行することとなった。


「ありがとうございます。あ、私、リリファって言います。錬金術師です」


 リリファ。彼女は最近アカデミーを卒業したばかりの新米錬金術師だった。


「ジェイドだ。一応、錬金術師をやってる」

「やっぱり! 臭いでなんとなくそうじゃないかとおもってたんです!」


 臭い。そんなに臭いかと気になった、どうやら違うらしい。リリファは薬草のにおいだか何かで俺を錬金術師だと判断したようだ。


「それにしてもすごいです! 一滴たらすだけで傷があっという間に! あんな質のいい真っ赤な回復薬初めて見ました!」


 俺とリリファたちは村へと向かった。ユクシ村という小さな村だ。


「最近、村の錬金術師さんが高齢で引退してしまって、代わりの錬金術師を募集していて」

「物好きなもんだ。もっといい職なんてのはいくらでもあったろうに」

「自分のお店を持つのが夢だったんです。小さくても、自分のお店を」

 

 アカデミーを卒業したばかりの希望に満ちた新米錬金術師。その対極にいるのが俺だろう。


 くたびれた野良のおっさん錬金術師。十歳でジジイに拾われて、三十歳でジジイと別れて、それから大陸中を放浪して、今年で四十歳になる、希望も夢も無い男。


「ま、頑張れよ。いろいろ大変なこともあるだろうが、挫けないようにな」


 そんなありふれた言葉しかかけられないただのおっさん。まったく、ちっとは気の利いたことを言えないもんかね。


「あ、あの、本当にもうしわけないんですけど。えっと、その……」


 善意ってのは誰かれ構わず振りまくもんじゃない。人生の中でそれを良く学んだ。


 だが、その善意が道を開くこともある。面倒事を招くこともある。


「厚かましいお願いだと言うことは重々承知しています。ですが、お願いします」


 さてさて、これはどっちだろうな。


「私と一緒にお店やりませんか?」


 俺は旅を続けてきた。ただただ旅をしてきた。


「ああ、いいぜ。別にやることもないしな」


 俺は錬金術師。腕はそこそこ。ジジイの名に恥じない程度の腕はある。そのつもりだ。


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 こうして俺はリリファの店を手伝うこととなった。


 まあ、何とかやってみるさ。

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