第7話 『 或る仕事 』
殺しを請け負う。それが俺の仕事だ。もちろん何でも良いわけではない。だから事の成り行きは予め徹底的に調べ上げる。無論依頼者についてもだ。場合によってはそこまでして仕事を受けないこともある。以前そのことで客と揉めた事がある。どうやら相手は俺と組織を政治的に利用する思惑があったらしいが、蛇の道は蛇。バレないはずがない。組織の担当者は別の者を使って秘密裏に始末したらしい。俺が生きてる世界はそう云うところだ。
俺がこの仕事に就いたのも言わば成り行きに他ならない。俺は身寄りがない子どもだった。かと云って要領良く人に取り入る才能もなく、そうなれば己の身体と無鉄砲さを武器に飢えを凌ぐしかなかった。或る日チンピラの喧嘩に巻き込まれ、半殺しの目に遭った俺は偶然組織の世話人に拾われた。相手をそれなりの金持ちだと踏んだ俺は、傷の手当てより「先ずは飯を食わせてくれ」とせがんだ。どうやらそれが相手には思いの他不憫に映ったらしい。そのまま俺は世話人から或る殺し屋に託され、殺しの技を一から叩き込まれることとなった。
師匠はいろんな事を教えてくれた気もするが、俺にとってそれは兎にも角にも飯の種に過ぎなかった。食うために仕事をする。極めて分かりやすい理屈た。師匠はそんな俺を見て「お前は其処ら辺の野良犬と変わらない」と嗤ったが、俺はちっとも可笑しくなかった。正にその通りだったからだ。
数はまちまちだが、少ない時でも三月(みつき)に一件は仕事が入る。それだけでも食うに困らない金にはなるが、組織は俺の都合にはお構いなし。馬車馬のようにこき使う。時々考える。これだけマメに働くんなら、もっと別の商売でも良かったんじゃないかと。しかしすぐに俺は思い直す。過去は振り返らない。起きてしまった事は決して元に戻らないから。俺たちにはそもそも「もしも」はあり得ないのだ。
「そうねえ。アンタだったら板前とか似合ってるんじゃない?」
俺の戯言に馴染みの女が応える。行きつけの呑み屋。板前かあ。俺は想像してみる。自分が客の前に立ち、包丁を扱う。もちろん切り刻むのは人じゃない。魚や肉、野菜の類だ。そこまで考えて俺は頭を振る。馬鹿げている。俺がそんなものと格闘し、客のご機嫌を窺うなんてあり得ない。それでなくても、これまで俺が手に掛けた者たちが冥途から黙ってはおかないだろう。何だ、アイツは。何だ、あの様は。彼らはそう口ぐちに罵りながら永遠に浮かばれることがないだろう。それは俺の本意でもない。俺たち殺し屋にはけじめが要る。生き続ける上での最低限のけじめだ。それから外れたら俺たちは人間ですらなくなる。いや、生き物以下だ。それは師匠から事ある度に言われ続けたことだ。
師匠の最期は確かに呆気なかった。簡単に云ってしまえば返り撃ちに遭った形だ。師匠はやはり一人で出掛けて行って、そのまま帰ってこなかった。成り行きは聞いていたので「ああ、師匠はしくじったな」と俺は悟った。雨の降る肌寒い日だった。俺は外を眺めながら、それでも師匠の足音が今にも聞こえてこないかとしばし窓際に立ち続けた。
最近年のせいかあまり飯を食わないし、酒も飲まなくなってきた。暇な時は専ら釣り堀で糸を垂れているが、時間だけが乾いた砂のように零れていく。
「いくつになったの?」
呑み屋の女が訊いてきた。どうやら俺は年齢不詳に見えるらしい。俺は何故か正直に応えた。
「まだまだこれからじゃない」
女は明るく言った。
「そうか。そうでもないだろ」
俺はそう返しながら、どこか救われた気がした。その日は仕事の日だった。少し怪我をし、組織の息の掛かる診療所へ行き手当を受けた。俺は黙って医者の小事を聞いていたが、だんだんと気が滅入って仕方がなかった。だから大して呑みたくもない酒を求め、馴染みの店まで足を伸ばしたのだ。
俺はいつまで人を殺しながら生きていくのだろう。この仕事がまともじゃないのはとっくの昔に分かっている。だが俺には他に生きていく術がない。またそれを新たに身につけて仕切り直すには、俺はあまりにも多くの人をあやめてしまった。連中だって、そのチンケな人生を一日でも長がらえようと七転八倒していたろうに。
今日も俺は仕事に出掛ける。願わくば、俺は師匠と同じく不意にこの世界から消えてなくなりたい。自分の死力を尽くしてもしそうなったら、俺は本当に本望だ。俺の「もしも」は最早その辺りぐらいしか存在しない。
今日も小雨が降っている。
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