第6話 『 戸惑い 』
何かしっくりこない。普通に生きているつもりだが、自分は何か世の中とか人生に上手く馴染めていないと感じる。
つらいな。恵まれている人生だと感謝している部分は勿論あるが(少なくともこの国では飢え死をすることはない)、それでも毎朝起きがけは心底ウンザリした気分でいる。時々自分でも訝しい。何故自分は大人になった今でも、まるで他所者のような心持ちを抱えて生きているのだろうか、と。
子どもの頃、自分はほんの少しだけ、しかし確実に周りから浮いていると思っていた。そう感じていた。特に変わった子どもだったわけではないと思うが、いつも周囲との違和感に戸惑っていた。運動場や教室で、或いは廊下や階段の踊り場で、ボクはいつも少し離れたところから皆を眺めていた。仲が悪いわけではない。特にいじめられていたわけでもない。でも、そこはかとない皆との距離感がずっと自分の胸の中にあった。「これはボクだけの感覚なのだろうか?」そう思っていた。
それでもボクは「いつか大人になったら、この不思議で変な感じはサクッと、それこそ綺麗さっぱり無くなってしまう」と思っていた。それがきっと「大人になること」なんだと。「大人になればいろんな経験をして、そのことでこの戸惑いと違和感は消えてなくなる。だからこれは子どもの頃の一時のことなんだ」と。
或いはそう思っていたかったのかも知れないと今では思う。真夜中過ぎの眠れない時などは、そう思ってどうしようもなく哀しくなる。そして毛布を被って、無理矢理眠りが訪れるのを一人待つしかない。本当に一人で…。
大雨の夢を見た。外ではザーザーと降り続く雨の音が鳴りやまない。ふと窓の外を見ると、死んだはずの父親が屋根に雨漏り防止用のシートを被せている。家の中にはボクの他にも数人いるが誰かはよく分からない。そのうちドーンと云う音がして、突然ボクらは家ごと流される。「ヤバい」と思う一方、怖さの中にもどこかスリルを感じている変な自分もいる。そして「最後はやっぱり死ぬんだろうな」と思った矢先、家は何処かに漂着する。恐る恐る外に出ると、意外にも周囲の水は引いているが、当然家の大半は壊れている。ボクは家の者を探す。近くにいるのは一人だけだ。他は流されてしまったか?
そんな時、遠くから見覚えのある顔が呆然とした様子で寄ってくる。ボクはそれを見て驚く。遠い昔に別れた元恋人だ。ボクらはどちらからともなく歩み寄ってお互いの身体を抱きしめる。まるで自分の存在を確かめるかのように。そしてまた相手の顔を見つめる。間違いない、彼女だ。ボクは彼女にキスをする。そしてまた彼女の身体を力いっぱいに抱き締める。彼女の目にも涙が滲んでいる。良かった。本当に無事で良かった。ボクらは無言でそう讃え合う。
そこで目が覚めた。
ボクは不思議な気持ちに囚われている。「どうして今頃彼女が夢に出てくるんだろう?しかも父親まで」
二人の姿、顔ははっきりと見えた。彼女との抱擁はまだ手に感覚さえ残っている。自分にとって確かなもの。それは思い出の中にあると云うことか。それは或る意味さみしい事かも知れないが、ボクの心はそれでも十分に慰められている。
ボクにとって生きること、そしてこの社会は掴み所のない、何とも虚ろなものだ。しかしそれでも長い時間を掛けて残るものはある。今、それが分かっただけでもボクは嬉しい。生きていて良かったと思う。
外を見るとうっすらと東の空が白みかけている。
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